80 怪人の真相

 羽黒祐介は、説明を続けた。

「このトリックの直後です。重五郎さんの描いたあの怪人の絵画と、この殺人事件が合流したのは。早苗さんは、雪のトリックが無にならないか心配でした。あまり足跡が放っておかれては、また雪が降りだして足跡が消えてしまうかもしれない。そうでなくても、足跡の状態が悪くなれば、証拠にならないかもしれないという恐れがありました。そして、一時間たっても死体は発見されませんでした。早苗さんはそこで、死体を早期に発見させる為に手を打ったのです。それが、あの悲鳴でした。そればかりではありません。早苗さんは、あの殺人予告状とこの事件を関連付けることによって、犯行の動機を琴音さんの復讐に思わせることを思いついたのです。琴音さんの復讐をしそうな人間といえば、何と言っても村上隼人君です。また、都合よくあそこには「Mの怪人」と記されていました。このMは、村上隼人君のイニシャルだと思わせることができます」

「機転の利く犯人だな……」

 根来はじろりと早苗夫人を睨んだ。

「早苗さんが悲鳴を上げると、予定通り稲山さんが駆けつけてきました。ところが、早苗さんにはこのMの怪人とはどういう人物なのか想像できませんでした。ただ、早苗さんにとって、怪人といえば、重五郎さんが描いていたあの怪人の絵画のイメージしかなかったのです。そこで、早苗さんはあの怪人のことを口走ったのです……」

「見事に合流したな……」

 根来は満足げに頷いた。

「だが、分からないのは、怪人は現実に現れたじゃないか。しかも、それは男性だった……」

「ええ、深夜に麗華さんの窓をノックした人物がいましたね。この人物が誰なのか、また目的が何なのか、わたしにはしばらく分かりませんでした。しかし、この人物の目的は、怪人の正体が男性であると我々に思い込ませることだったのではないかと思います。また、この行動が早苗さんのアリバイを生み、早苗さんが怪人を目撃したことをより本当のことらしく思い込ませることができたのです。つまり、怪人の正体の人物は、犯人が早苗さんであることを知っていたのです。さらに、このような危険な行為ができたのは、自分は疑われないという絶対の自信に裏打ちされたものだと思います。そう考えたときに、怪人の正体である人物の特徴は、早苗さんと親しく、早苗さんの信頼を集めていて、かつ強固なアリバイをもつ男性だと考えました。そのような人物で、真っ先に浮かぶのは蓮三さんでした」

「蓮三は……」

 早苗夫人は震えた声で叫んで、それ以上ものが言えなかった。

「そもそも、殺人予告状の中にある、「琴音を殺した赤沼家の人々」という表現と、バルコニーの鉄柵に鞠奈さんの死体が吊るされていたということから、一年前においても、早苗さんには男性の共犯者が存在していたことは想像できました。その共犯者こそ、今回も怪人の仮装をして、犯人が男性であることを我々に擦り込ませた人物なのだとわたしは推理していました。そして、雪の足跡による不安定なアリバイしか持っていない、淳一さんや吟二さんには、とても危険で引き受けられない大役だと思いました。やはり横浜にいたという強固なアリバイがあってこそ、引き受けられる役柄です。早苗さん、その人物は蓮三さんではないですか……?」

 早苗夫人はなにも言わなかった。しかし、麗華は蓮三が帰ってきた日のことを思い出した。早苗夫人は蓮三に、話があると言って、自分の部屋に呼び出していたのである。まさにあの後、蓮三は早苗夫人から事件の真相を聞いて、怪人の役を引き受けたのではないか。(第三十一回参照)

「蓮三さんは、深夜に麗華さんの部屋の窓をノックして、稲山に姿を見せて、犯人は男性だということを擦り込ませました。そして、怪人が蓮三さんなのだとすると、蓮三さんと付き合いの浅い由美さん、真衣さん、長谷川瑠美さんは犯人ではないことになる。やはり、犯人が実の母であったからこそ、このような危険な大役を引き受けたのでしょう……」

 早苗夫人は、何も言わずに俯いた。

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