第101話 入国料
「ドラゴンの入国料を支払って貰おうか」
ソレは突然の事だった。
テンド王国の二つ隣先にあるセーガ国の使者がデクスシの町に現れ、ライズのドラゴン馬車が自国に入る際は入国料を支払えと言ってきたのだ。
「申し訳ありませんが、そうしたお話はテンド王国騎士団団長フリーダ団長が担当していらっしゃいます」
カウンターで突然入国料を要求されたラミアだったが、慌てず騒がずフリーダ団長の名前を出す。
以前のメルクとの交渉で、政治的問題は彼が手を貸す事になっていたからだ。
もっとも、本人としては心の底から受け入れがたい譲歩ではあったが。
「その話はすでについている。貴様はおとなしく入国料を支払えばよいのだ」
しかしセーガ国の使者は取り付くしまもない。
「では騎士団に確認を取らせていただきますのでしばらくお待ちください」
だがラミアの言葉にセーガ国の使者が眉根を上げる。
「貴様、わが国に恥をかかせるのか?」
「恥……ですか?」
「そうだ。わが国とテンド王国との間の話し合いはすでにすんでいる。それを本当ですかと聞くという事は、私を、セーガ国の言う事は間違っていると批判する事であるぞ」
なんともめちゃくちゃな話ではあるが、セーガ国の使者はある意味では間違っていない。
組織で働く人間としては、金銭が関わる事である以上、確認を取るのは当然だ。
だがそこに貴族の面子、ましてや国家の面子が関わってくると話はややこしいことになる。
セーガ国の使者の言い分は、他国からやってきた大貴族に貴方本物ですか? と聞くようなものだ。
職務としては正しい行為だが、間違いなく相手の貴族に不愉快な思いをさせる。
はっきり言って担当した人間にとっては災難以外のなにものでもないが、それを押し通してしまえるのが貴族の権力というものであった。
そして、だからこそ貴族の顔や紋章を覚える専門の職業が存在しているのである。
とはいえ、普通ならトラブルがないように貴族の側も書類なり紋章なりの身分証明を用意する。
だがセーガ国の使者と名乗る男は、そうした身分証明の提示を拒否してきた。
(どう考えても怪しいんですよね)
そう思っていたのはカウンターのラミアだけではない。
近くで別の仕事をしていたドライアドも同様に使者を疑わしげに見ており、周辺にいる客の商人達も使者の行動に不審なものを感じていた。
(ただ、この人からは貴族特有の傲慢なモノを感じるのも事実なんですよねぇ)
どうしたものかと困惑するラミア。
だからといって勝手に入国料を支払うわけにもいかないし、ましてはいくらなのかと聞くのはもってのほかだ。
(金額を聞いた時点でこちらに支払う意思があると言われかねませんからね)
ライズの下で働くうちに、人間のやり口に慣れてきたラミア。
まぁ本人としてはあまり慣れたくはないだろうが。
「申し訳ありませんが、主の許可なくお金をお支払いする事はできかねます」
当たり障りのない対応で時間を稼ぐことにするラミア。
時間さえかければライズかレティが帰ってくるはずだ。
そうなれば後の事は二人に任せればよい。
「ふん、噂の千獣の王の魔物も飼い主の命令がなければ何も出来ないデクの坊か。所詮は人の言葉を喋る獣よな」
使者はラミアに直接的な侮辱を吐いて挑発してくる。
しかしラミアはこの程度の事では挑発に乗ったりはしない。
(この程度の挑発はよくある事ですからね)
魔物使いに従う従魔を侮辱する人間は一定数存在する。
特にそういった人種は貴族のような特権階級の人間に多かった。
ラミアからしてみれば、海千山千のイヤミのエキスパートである貴族達の方が余程遠回りでムカつく物言いをするので、この程度のイヤミなど相手にするまでもない。
「この程度の魔物しか扱えぬとは、噂の魔物使いの二つ名も過大評価であったか。千獣どころか一の獣もまともに従えさせる事が出来ぬ無能の様だ」
(チャンスがあったら襲撃対象ですね)
ただし、主に対する侮辱を許したりはしない。
そうして、ラミアがのらりくらりと時間を稼いでいると、事務所のドアが開いて待望の人物が姿を現した。
「ただいまー」
ラミアの主ライズ・テイマーその人である。
その隣にはテンド王国騎士団デクスシの町支部団長レティの姿もあった。
なお未だ団員は団長一名である。
「ん? 何だこの空気?」
店内に流れる微妙な空気を感じ取ったライズが首をかしげる。
「お帰りなさいませライズ様」
ラミアがライズを出迎えると、セーガ国の使者がライズに向かっていく。
糠に釘のラミアでは話にならないと判断したからだろう。
「貴様がライズ・テイマーか」
セーガ国の使者は名乗る事もせずにライズに言い放った。
「貴様はわが国の領土に何度も無断で侵入した。よってわが国は貴様に罰金として入国料金貨2000枚を要求する」
そのあまりにめちゃくちゃな金額に商人達が驚きの声を上げる。
「金貨2000枚だって!?」
「むちゃくちゃだ」
商人達が驚くのも無理はない。
普通なら国への入国料は多少の差こそあれ、大体銀貨1枚程で済むのだ。
これに運び込む荷物の種類や人数を加味してさらに数枚銀貨が減るが、それでも金貨を支払う必要などありえない。
「貴様はわが国に無断で侵入した。これは関所破りに相当する行為だ。しかも多くの人間や荷物を載せての行為は集団密入国にあたる。だがそれらの人間達を個別に捕まえて罰則金を支払わせるのは事実上不可能である為、密入国の首謀者である貴様にまとめて支払わせる事にした!」
セーガ国の使者の発言は強引極まりないものであった。
すでにライズのドラゴンが他国の空を飛ぶ行為は、空に国境なしという理由で罰則を与えないことが黙認されていたからだ。
それほどどの国もライズのドラゴンによる高速かつ安全な飛行のメリットを理解していたのである。
セーガ国の使者の物言いは、そんな各国によるライズの非公式利用を阻害する行為だったのだから。
いったい何を考えているのか、ラミアとドライアドはセーガ国の意図を測りかねていた。
「待っていただこうか。ライズ・テイマーに関しての問題は我等テンド騎士団が担当することになっている」
そこに身を乗り出したのはレティだ。
レティはライズと使者の間に入り、自分が交渉の代理を務めようとする。
しかしセーガ国の使者は首を横に振った。
「その必要はない。すでに我等の間で話はついている。後はその男に金を支払わせるだけだ」
「そんな筈はない。ライズに間する問題は私にも伝えられる。私に情報が伝わらない条約が出来上がるものか!」
レティはありえないと否定するが、セーガ国の使者は取り付く島もなかった。
「それは貴国の問題だ。これ以上私の仕事を邪魔すれば、わが国も黙ってはおらぬぞ」
これ以上邪魔するなら、お前が原因で戦争が起きるぞと言外に脅す使者。
「くっ!」
国家に所属しているからこそ、うかつな行動の出来ないレティは、セーガ国の使者の発言に絡めとられてしまう。
「ようやく理解できたようだな。まったく、田舎の国の岸は頭の回転が遅くて困る」
さらりとイヤミを言う事だけは忘れずに使者はライズに向き直る。
「さぁ、犯罪者として捕らえられたくなかったら入国料を支払ってもらおうか」
満面の笑みで勝利を浮かべるセーガ国の使者。
それに対してラミア達従魔とレティ達は、ライズがどう対処するのかを固唾を呑んで見守る事しか出来なかった。
「なるほどわかりました。入国料はお支払いいたしましょう!」
なんとライズは使者の言い分をまるっと飲んでしまったのだ。
「「「「ええぇぇぇぇぇぇぇっ!?」」」」
これにはラミア達のみならず周囲の客達も驚きの声をあげる。
「ほう、なかなか素直ではないか。ではすぐに支払ってもらおうか」
さぁ、と手を出す使者にライズは首を横に振った。
「いえ、金貨二千枚というと相当な金額です。とてもすぐにお出しする事はできません。店にあるお金ではとても足りませんし、銀行に預けてあるお金を用意するにはこの町では無理です。王都の銀行に行きませんと」
ライズの言い分は正しいものだった。
なにしろ金貨2000枚というと相当な金額だ。
単純な置き場所の問題もある。
いくら大商人でもすぐに用意できる金額ではなかった。
「ですので王都にお金を取りに行く必要があります」
「ふん、そう言って時間を引き延ばすつもりだろう? そうはいかんぞ!」
しかしライズはまたしても首を横に振って否定した。
「いえいえ、時間を稼ぐ必要などありませんよ。何しろ私共にはドラゴンが居ますからね。王都までひとっ飛びです」
「成る程、それで王都から金を持ってくるまで待っていてほしいという事か。よかろう。だがその場合は利息をいただく。1日で一割を追加させてもらう」
またしてもありえない暴言。
もはや使者の常識を疑うレベルの内容であった。
「貴様いい加減にしろよ!」
レティがもはや我慢ならんと腰の剣に手をかけようとするが、それをライズが止める。
「大丈夫だレティ」
ライズは使者に向き直りにこやかに言う。
「心配は要りませんよ。使者殿も一緒に王都に来てもらえば一日といわずに半日でお金は用意できます」
「な、なに!?」
まさか自分まで連れて行かれるとは思わず、驚きの声を上げる使者。
「更に言いますと使者殿をお待たせする訳には行きませんから、お金はあらかじめ用意するように使者を送りましょう。一秒でも早くお金を用意できるように、テンド騎士団団長フリーダ団長に連絡してね」
「な、何だと!?」
突然騎士団の団長であるフリーダの名前が挙がって困惑する使者。
「ま、待て! なぜ金を支払うのに騎士団の団長の名前が出てくるのだ!」
だがライズは使者の言葉に首をかしげる。
「おやおかしな事をおっしゃる。今回の件は国家間の問題にもなりかねない重要な案件。であれば私の後見人であるフリーダ団長もこの案件の迅速な解決のために協力してもらうのは至極当然ではないですか。一日で一割利息が増えると言う事は、相当急ぐ必要があるのですよね」
どこまでも笑顔を崩さないライズの姿に、ゾクリと身を震わせるセーガ国の使者。
「さぁ、急いで王都に向かいましょう。なにドラゴンでいけばたいした事はありません。更に今日は特別にドラゴンに全力で飛べと命じますから、それこそあっというまですよ」
「い、いや……私は」
後ずさる使者だったが、その両脇をラミアとドライアドががっしりとつかむ。
「それではドラゴン馬車にご案内いたしますね」
「せっかくですので、地上がよく見える特等席をどうぞですわ」
使者は振りほどこうと抵抗するが、二人は魔物。
鍛えてもいないその体ではとても振りほどけなかった。
「では王都に向けて出発進行~」
「ま、待ってくれ! 私は、私はぁぁぁぁぁ!!」
そうして異国からの使者の声は、空のかなたへと消え去っていった。
◆
「いやー、それにしてもなかなか豪快な詐欺だったなー」
デクスシの町に帰ってきたライズは、ソファーに背中を預けて短い旅の疲れを癒していた。
「結局どういう結末になったわけ?」
デクスシの町に残されていたレティは、ライズに事の顛末をたずねる。
「いやなに、使者殿を乗せたままフリーダ団長殿の屋敷に降りてな、セーガ国に支払う入国料を立て替えて欲しいと頼んだんだ」
「うわっ」
その光景を思い浮かべて思わず声が出てしまうレティ。
「そしたらそんな話は聞いていないってフリーダ団長が言い出してな。それでどういうことだと使者殿に改めて事情を聞く事になったんだよ」
「フリーダ団長も災難ねぇ……で、続きは?」
「使者殿は確かにセーガ国の貴族だった。確か騎士爵だったかな」
「一応貴族ではあるわね」
使者が本当に貴族で会った事に内心驚きを感じるレティ。
「ただ国家間での話し合いが済んでいるという話は真っ赤な嘘である事が判明してだな、これはどういう事だとセーガ国にわが国から問い合わせたところ……」
「ところ?」
「その騎士爵家はすでに没落して爵位も取り上げてある。ゆえにそのような貴族はわが国には存在しないってさ」
「じゃあやっぱり偽者だったって事!?」
「いや、騎士爵家を示す指輪を持っていたし、城に勤める紋章官がセーガ国の貴族だとか帰任したらしい」
「でもセーガ国は否定したんでしょ?」
「ああ、テンド王国の紋章官が現役貴族だと認めたにも関わらず、セーガ国には居ないの一点張りだ」
「切り捨てられたって事?」
「だな。当の本人もその事を伝えられた時には何が起きてるのかわかってないって顔をしてたからな。そのあと半狂乱になって大変だったみたいだぞ。メルクがぼやいてた」
(あー、面倒事の大半はメルクに押し付けられたのかー)
同期の友人の苦労を内心で哀れむレティ。
「結局、その男は貴族を騙った詐欺師として投獄。重犯罪者として処罰されるってよ」
「……なんだかスッキリしない話ねぇ」
実行犯が切り捨てられただけで終わってしまった事に、レティはモヤモヤとした感情を抱く。
「まぁちょっとした嫌がらせだろうな。ひとん家の空で好き勝手してんじゃねぇぞって」
「そんな理由で周辺国から目をつけられるような真似をするの?」
「誰かに唆されたのかもな」
「誰が唆したのかしら?」
「さてねぇ」
お互いに話すことも無くなり、沈黙が部屋を支配する。
「ところでさ……」
レティが沈黙を破る。
「何だい?」
「もしかしてこの話を聞いた時点でフリーダ団長に押し付ける気満々だった?」
レティは、ライズが金貨2000枚を支払うことを即座に受け入れた事を未だに燻かしんでいたからだ。
もしもあの詐欺師が、正式な手続きを経て正規の手口でライズに支払いを命じたら、ライズは本当に2000枚もの金貨を支払う羽目になっていたのだから。
「ああ、偽者なのはわかっていたからな。けどせっかくなんで術宝の件の借りを返してもらおうと思ってフリーダ団長にご協力願った訳だ。
どうやらライズがわざわざフリーダ団長の下へと向かったのは、以前封魔の術宝を盗まれた件に対する意趣返しもあってのことだったらしい。
(それに、ケットシー達からの情報でも、そんな会談は行われていないって事はわかってたしな)
◆
「おのれライズ・テイマァァァァァッ!! この私に下らん詐欺事件の後始末を押し付けおってぇぇぇぇぇぇ!!」
そのころ王都では、ライズに仕事を押し付けられたフリーダ団長が雄たけびを上げていた。
(実際に処理するのは僕なんですけどねー)
そして、友人と上司に押し付けられた仕事を、メルクが泣く泣く処理していたのであった。
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