第88話 帰ってきた聖騎士達

「我々は重要な任務で王都に戻ってきたのだ。早く中へ入れてもらおう!」


「だから! 今は入れないんですよ!」


 王都の出入りを行う4つの門の1つ、南門では騒動が起こっていた。

 フリーダ将軍が非常線を敷いた事で、人の出入りを調べる城壁の門もまた出入りが封鎖されていたのだ。

 その為王都の周辺には大勢の人々が王都に入れず行列を作っていた。


 そんな中、豪奢な鎧をまとった集団が門を管理する衛兵達と口論を繰り広げていた。


「我々は至高神にお仕えする聖騎士エディル=ロウだぞ! その我々を締め出すと言う事は王都の教会全てを敵にまわす行為だと言う事を理解しているのか!?」


 そう、彼こそはかつてデクスシの町でライズと一騒動起こした聖騎士エディル=ロウであった。

 そして少々言い過ぎではあるが、確かに彼の言う通り騎士団と教会の関係に禍根を残しかねない状況なのも間違いない。

 何しろ騎士団の強権を発動しての一方的な道路封鎖を行っているのだから。

 もっとも、禍根を残すのは教会関係者だけではないだろうが。


 彼の後ろでは王都に入りたい他の旅人達もまた彼の発言に同調していっせいにブーイングをしていた。


「そうだそうだー! 俺達を入れろー!」


「詳しい説明をしろー!」


 人々の要求ももっともであった。騎士団からは凶悪な犯罪者を捕らえる為に道を封鎖したと言われるだけで、それ以上の説明が無いままに野宿を強要されているのだから。


 まぁ、当の騎士団も上がなぜこの様な強攻策を命じたのか理解していないので説明しようがないのであるが。


「上からの命令なんだ! 悪いが入れる事は出来ない。もしこの中に入ったら問答無用で犯罪者の仲間として捕らえよと言われている! 場合によっては殺傷も許可されている!」


 死という単語にブーイングをしていた人々の勢いが弱まる。


「私がその程度の脅しに屈すると思うな! 私は急ぎ犯人を見つけ出してド……」


「団長、ここはいったん引きましょう」


 と、そこで副長がエディルを引き止める。


「何を弱気な事を! ここで引けば大切な任務が……」


「相手は下っ端です。上と話が出来なければ堂々巡りですよ。いったん戻って作戦を練りましょう」


「だったら上を呼んでもらってだな……」


「駄目ですって!」


 そう言うと部下達がエディルの体にしがみついて後ろへと引きずってゆく。


「あ、こら、お前達!」


「どうもお騒がせしました」


「離せぇー!」 


 そうして、エディルは部下達によって門から引き離されてしまった。

 後に残った人々も矢面に立っていたエディルが居なくなっては、自分が衛兵に捕まってしまうかも知れないと考えそそくさと散開してゆく。


「はぁ、やっと行ったか」


「本当に……いつまで続くんだコレ?」


 残された衛兵達は五月蝿い聖騎士が居なくなって、ようやく一息つけるとため息を吐いたのだった。


 ◆


「まったく、なぜ止めたのだ! あのまま問答を続けていたら上司を呼べたかもしれんものを!」


 無理やり門から引き離されたエディルはお冠だ。


「いえ、多少上の人間を呼んでも無理でしょう。聞けば非常線は王都の中でも敷かれているみたいです。となれば我々が騒ぐよりも、教会の上層部から掛け合ってもらえるように連絡を取って欲しいと伝えたほうが良いかと」


 副長がエディルを無理やり引かせた理由を説明すると、エディルは怒りの声をあげる。


「だったらなぜさっき言わなかった!」


「あの状況で頼んだら任務を理由に無視されていましたよ。一旦冷静になる時間をとってから私が頼みに行きますから」


「ええい! 私は急ぎ王都に出向いて賊を捕らえねばならぬと言うのに!」


 そう、エディルが王都に来た事はこの騒ぎと無関係ではなかった。

 王都へと旅立つ前、ライズは事をミティックに伝えるべく鳥の魔物に手紙を託していたのだ。


「必死の説得の末、何とかミティック殿を説得し王都へ術宝の捜索に向かう事を許されたのだ。だからこそ、こんな所でまごまごとはしておれんと言うのに!」


「そうですねー、犯人を捕らえて術宝を手に入れないと、ドライアドさんに褒めてもらえませんからね」


「なっ!? ち、違うぞ! 私は聖騎士としての使命に燃えて術宝の奪還任務を申し出たのだ! け、けっしてその様な浮ついた理由などではない!」


 だが部下達はエディルの弁解をはいはい分かっていますよと言わんばかりに生暖かい目で見つめる。

 そう、彼がやる気になったのは全て、ドライアドに良い格好を見せたいからであった。


「た、確かにドライアドさんは美しいしとても理性的ですばらしい方だ。だ、だが私はあくまで神に仕える者として使命感から犯人追跡の任務を受けたのだ!」


 ドライアドの事を話にだされたエディルは、これまでの怒りと焦りを忘れて弁明に必死になる。


「ならばこそ、今は聖騎士として冷静になるべきでしょう。女性というものは頭に血の登りやすい短気な男よりも冷静で知的な男を好むものです。団長の様に」


 副長はコレ幸いとエディルの思考を誘導する。


「そ、そうか? うむ、そうだな」


 好きな女性の話から自分が女性に好まれる男と言われ、エディルはそうだろうそうだろうと部下の誘導に乗って冷静なフリをする。

 そうする事で実際にエディルは落ち着きを取り戻していった。


「では、門番への説得は私が行いますので、団長はいつでも不測の事態に対処出来る様に体を休めておいてください」


「承知した! 後は任せたぞ!」


(ふぅ、これでなんとか時間を稼げたか。騎士団とトラブルなんて起こされたら王都の神殿に戻る日が遅くなるからな。本当ドライアド様々だ)


 副長は内心で安堵する。

 今回の王都訪問はあくまで任務の一環、その為任務が終わったら彼等は再び修行の為に谷の村へと戻らなければならないのだ。

 早く王都に戻りたい、その為にエディルの部下達は暴走しがちな上司を必死で諌めていた。


 そして、エディル達が一息ついて野宿の準備を始めた時だった。


「ねぇねぇ、貴方達聖騎士よね?」


 それは子供の声だった。


「ん? 誰だ?」


 しかし周囲を見ても近くに子供の姿は無い。


「こっちよこっち」


 声のする方を見れば、近くの茂みから声が聞こえてきた。

 聖騎士達はお互いに目配せすると、茂みの近くに居た聖騎士が腰の剣に手をかけた状態で近づいていく。

 そして、茂みの中をのぞくと、そこには羽根の生えた小さな少女の姿がった。そう、ピクシーだ。


「よ、妖精か?」


 聖騎士がつぶやくと、ピクシーは茂みから飛び出して聖騎士の胸元へと引っ付いてくる。


「そう、アタシはピクシー。貴方達に伝言があってやってきたの」


 そういって、彼女は子供の容姿とは思えない程蠱惑的な笑顔を浮かべた。 


 ◆


「私に用があるというのはお前か?」


 聖騎士に連れられてやってきたピクシーは、エディルと面会していた。


「そう、アタシのご主人様がアンタに話があるんだって」


「お前の主とは誰だ?」


「もっちろん、ライズ=テイマーよ」


 ライズの名前を聞いてエディルの顔が嫌そうにゆがむ。

 彼が谷の村で宗派の違うミティックにしごかれる事になった理由が、ライズとのいざこざにあったのだからそうなるのも仕方が無い事ではあった。


「貴様ヤツの従魔か」


 思わず腰の剣に手をかけるエディル。


「ちょっとちょっと、落ち着いてよ。アタシはアンタ達に良い話を持ってきたのよ」


「良い話だと!?」


 疑わしげにピクシーを見るエディル。


「そうよ、ウチのご主人はアンタ達に術宝を盗んだ犯人を捕まえる手伝いをして欲しいって言ってるの」


「我等に協力を? 断る、なぜお前達を手伝わないといけないのだ」


(予想通りね)


 ピクシーはエディルの反応がライズの言うとおりだったと内心で笑う。


「ご主人はね、この仕事にはアンタ達の手を借りるのが一番手っ取り早いと思ったから声をかけたのよ。嫌なら他の連中と手を組むわ」


「何!?」


 手を貸して欲しいと言われたそばから他の人間に声をかけると言われ、エディルは眉を吊り上げる。


「団長、ちょっと良いですか?」


 と、そこで副長が会話に加わってくる。


「何だ副長!?」


 苛立たしげに副長に八つ当たりをするエディル。


「彼女の発言は時間を気にしていると思われるニュアンスがあります。これは一刻を争う自体なのでは?」


「何?」


 副長の言葉に、エディルはピクシーを見る。だが彼女はニヤニヤとするばかりでその内心をはかり知る事は出来そうもない。


「君、我々が王都に入れない事はすでに知っているだろう? その上で我々に協力を仰いだ理由は何故だね?」


 言われて見ればとエディル達が首をかしげる。

 彼等が協力しようにも、王都に入れなければ意味がないからだ。


「思うに、賊は王都の外にも居るのではないかね?」


「な、何だって!?」


 副長の言葉にエディルが驚きの声をあげる。


(へぇ、コイツがご主人の言ってた頭の回るヤツか)


 ピクシーに伝言を頼む前に、ライズは団長であるエディルではなく、部下に頭の回る聖騎士がいるからソイツを介してエディルを説得しろと言われていたのだ。


「話が早いじゃん。そうだよ、泥棒は王都の中と外にいんの。アンタ等には外に居る泥棒を捕まえて欲しいんだって」


「そして急いでいる理由は、王都の中の賊が外の賊に術宝を受け渡す前に止めたいからだね」


 副長の理解の早さに、ピクシーはうんうんと機嫌よく頷く。


「そういうことー。ご主人が中の泥棒を捕まえると、外の泥棒が逃げちゃうかもしれないからね。だからアンタ等には外の泥棒を捕まえて欲しいの」


「王都の中の賊はライズ殿の手柄、そして彼が手を出せない外の賊は我らの手柄にすると言う事だね?」


「せーいかーい! あったま良いじゃんアンタ!」


 ピクシーは副長の頭に乗って良い子良い子と撫でる。


「ははは……恐縮だね」


「成る程な! 理解したぞ!」


 エディルは副長の説明を聞いてようやく事を理解したらしく、立ち上がって剣を抜く。


「良かろう! 敵の本隊はこの私が捕らえて見せよう!」


 別に外の賊が本隊と断言した訳ではないのだが、エディルは勝手にそう判断した。


「さぁ、賊はどこだ!? 案内しろ!」


「はいはーい。案内するからついて来てねー!」


 すでにライズの偵察部隊が調べていた賊の潜伏場所にエディルを案内するピクシー。


(さーって、あとはよろしくだよ御主人!)


 副長の頭の上に乗ったピクシーは、まだまだ何かを隠している様であった。

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