第87話 優秀なる将軍閣下と華麗なるスパイ達
「王都の封鎖は完了した。後は各区画に騎士団を出動させてしらみつぶしに術宝を探すだけだ!」
フリーダ将軍は自らの迅速なる行動にうっとりとしながら宣言する。
「……」
同時にメルクは想定外にも程がある上司の奇行にお腹を押さえていた。
「む? どうしたのだ?」
「いえ、ちょっと胃が痛くて」
「ふむ、それはいかんな。キミは私の優秀な副官だ。しばらく休むと良い」
既に盗人の命運は尽きた。後は待つだけだと確信したフリーダは、部下であるメルクを優しく気遣う。
「い、いえ! この非常時に甘えた事は言えません! 事件解決まではこのメルク、将軍の為に身を粉にして働かせていただきます!」
「……ふっ、そうかそうか! さすがは私の部下! 素晴らしい忠誠心だ! マルド元将軍でもここまで忠誠心の深い部下は居ない事だろう!」
ご機嫌のフリーダ将軍だったが、メルクの内心はそれどころではなかった。
(馬鹿を言わないで下さいよ! この状況で貴方を野放しにしたらどんな恐ろしい事になるかわかったもんんじゃない!)
普通なら優しい上司と言えるフリーダ将軍の発言であったが、こと現状においてはどこまでも見当はずれな行動を行う上司の暴走を見逃すに等しい愚行であった。
そんな上司の暴走を放置するくらいなら、たとえ胃に穴が空こうとも働いたほうがマシだとメルクは考えたのだ。
(ああ、本当に胃が痛い……)
彼の胃の痛みは、まだまだ始まったばかりである。
◇
『テンド騎士団である! 凶悪な犯罪者がこの辺りに逃げ込んだとの通報を受けた! 家を改めさせて貰う!』
「「っっっっっっ!?」」
男達はその声に身を硬くする。
だがドアが開かれることはなく、よく聞けば音は隣家から聞こえてきていた。
『な、なんだあんた達!?』
『騎士団の勤めだ! おとなしく調べさせろ!』
「……お、俺達を探しにしたのか!?」
「だ、だろうな。おい、今のうちに裏口から逃げろ」
「ダメだ、おそらく裏側にも追手は控えている筈だ」
家主の男はあくまでも情報収集と隠れ家の確保の為に王都で暮らしていた為、騎士団の作戦行動については考えが及ばないようだった。
「おい、こっちに来い」
男が部屋の奥に声をかけると、隅でうずくまっていたナニかが男の下へとやって来る。
「いいか、コレを隠して……に変身するんだ」
男がそう命じると、ソレは頷き形を変える。
「お、おお!?」
その光景を見ていた家主の男が驚きの声をあげる。
そして、ソレの形が完全に変わった所で、家のドアを叩く音が響き渡った。
『テンド騎士団である! 凶悪な犯罪者がこの辺りに逃げ込んだとの通報を受けた! 家を改めさせて貰う!』
家主である男の許可を得る事なく、ドアが開いて騎士達が中に入ってくる。
「家の中を改める、家人は抵抗することなく捜査に協力せよ!」
上司の命令を受け、騎士達が家の中を手当たり次第に漁りだす。
「おい、家主は誰だ?」
指揮官と思しき騎士が家主の男に話しかける。
「わ、私がこの家の主です」
うかつに反抗しては怪しまれると思い、家主の男は素直に騎士の質問に答える。
「このくらいの大きさの宝石を持った人間は見なかったか? 同じくらいの荷物でもかまわん それはとある場所から盗まれた品だ。もし見たのなら正直に教えろ」
騎士は自分の手で宝石の大きさを示し、家主の男に質問する。
「え、ええと、このあたりでそんな物を見せびらかしたら間違いなく荒っぽい連中に襲われるとおもいますんで、これ見よがしに見える様に持ち歩くヤツはいないかと。荷物にかんしちゃ、買い物袋にはいりそうな大きさですんで、やはり私等じゃわかりません」
「ふむ、そうか。ところでその後ろの二人は何者だ?」
騎士は家主の男の後ろにいる二人の男女に目を向けた。
「ああ、この二人は遠縁の親戚なんです。祖父に結婚の挨拶をする為に王都までやってきたんですが、ごらんの通りお腹が大きくなっちまいましてね、しばらくウチで旅の疲れを癒してもらおうかと思ったんですよ」
確かに家主のいうとおり、女のお腹は大きく膨らんでいた。
「なるほど……だがこちらも仕事だ。すまないが服の中を見せてもらおう」
「っ!?」
騎士の言葉に女が震える。
「い、いや、脱ぐ必要はないぞ。腹の部分の布だけめくって貰えればそれでかまわない。妊婦のフリをして盗品を隠す女もいるかなら」
騎士の言葉は事実だった。時に盗品を扱う犯罪者は変装をして荷物を運ぶ。その中には妊婦に扮した女も珍しくはないからだ。
「……」
女はそばに寄り添う男に目を向けると、男はこくりと頷いて女を促した。
「騎士様のご命令だ。言うとおりにしよう」
男の言葉に女もまた頷くと、恥ずかしげに服をめくっておなかを見せる。
「……あー確かに身重の体だな。すまない、もうおろして良いぞ」
騎士がそういうと、女もまた顔を真っ赤にして服を戻す。
「隊長! 目的のモノはありませんでした!」
「こちらもです!」
「そうか、次の家に向かうぞ!」
隊長である騎士が命じると、騎士達は迅速に撤収していく。
「んんっ、あー、その、すまなかったな。これは奥方への迷惑料だ。これで滋養のあるモノでも食べるといい」
そういって家主の男に銅貨を数枚握らせると、騎士もまた家を出て行った。
「……はー、ビビッたぜ」
「うまく言ったな」
男達は脱力して床にへたり込む。
「くそったれ、人の家をめちゃくちゃにしやがって」
家主の男の言うとおり、騎士達は家の中をあさるだけあさると、かたずけもせずに出て行ってしまっていた。
「だがまぁ、何とかやり過ごせて何よりだ。もう戻っていいぞ」
そういって男が女を見る。
「まさか妊婦に化けれるとはなぁ」
家主の男がマジマジと女を見ていると、女の体が崩れてスライム状になっていく。
「シェイプシフター、どんな姿にも形を変えられる魔物だ。もっとも、人間の言葉をしゃべる事はできないから、俺の体に張り付かせて服のように着込む必要があるがな」
そいうってシェイプシフターの体の表面に浮かび上がったモノを手に取る男。
ソレこそが男がフリーダ将軍から、いやライズから盗み出した宝石、封魔の術宝であった。
「現在の騎士団長の屋敷の見取り図も出来た、騎士団の人間の顔を見る事も出来た。そしてこの術宝も手に入った。後は王都から出るだけだ」
「どうやって出るつもりだ?」
「それもコイツに協力してもらう。コイツを着込んで町の中を歩き、非常線を作ってる騎士達の顔や口調を調べる。それを繰り返して少しずつ外へと抜け出し、王都の外で待機しているだろう仲間に合流して術宝を渡す。ちと時間は掛かるが、このままだといつ非常線が解けるかわからないからな。コイツの変身時間もあるから、定期的に戻ってくるよ」
そういって男はシェイプシフターを撫でる。
「わかった、気をつけろよ」
「安心しろコイツの変身を見抜く事は誰にも出来ないさ」
「確かにな」
男達は笑いあった。
窓の外から彼等の会話を盗み聞きする小さな影の存在に気づく事無く。
◇
「情報を集めてきたニャ!」
夜、情報収集に出ていた魔物達がライズの元へと戻ってくる。
「お疲れさん、良い情報は手に入ったかい?」
「それニャんだけど……」
何故かケットシーは歯切れが悪い様子を見せる。
「何だ? 情報は手に入らなかったのか? まぁ初日だし、直ぐ情報が手に入るとは限らないさ」
「そうじゃないニャ。情報は手に入ったニャ。というかお宝を盗んだ犯人も分かったニャ」
「何だ、それなら全然問題無いじゃないか」
ライズの言う通り、退魔の術宝を盗んだ犯人が見つかったのだから喜ぶべき事だろう。
「確かにそうニャンニャけど、情報が混沌とし過ぎてるのニャ」
普段お気楽な彼とは思えない程真面目な雰囲気でケットシーは毛づくろいをはじめる。
「まずは報告をしな。その情報をどう生かすかは旦那の仕事だよ」
アラクネが悩めるケットシーに情報の開示を促す。
「……そうニャね」
意を決したケットシーはライズの膝の上にストンと収まって集めてきた情報を語り始めた。
「術宝を盗んだ犯人は、テンド王国騎士団の団長ニャ」
「フリーダ団長が!?」
まさかの犯人の名前にライズは驚きを隠せなかった。
(仮にも騎士団の団長が何故!? まさか団長は悪魔信奉者の一味だったのか!? それとも隣国と繋がっている裏切り者!?)
「盗んだ理由はご主人への嫌がらせらしいニャ」
ライズはベッドに倒れ込んだ。
「……アホか」
心からのつぶやきであった。
まさか一国の騎士団を預かる人物がそんなショボイ動機でこんなバカな真似をするとは思っていもいなかったのだから。
「けどそのお宝が別の人間に盗まれたニャ」
「っ!?」
即座に起き上がりケットシーを見るライズ。
「盗んだのは隣国のスパイで、今は仲間のスパイの隠れ家に匿まわれているニャ」
「場所は?」
「王都西側の一番外から二番目の通りの茶色い屋根の民家ニャ」
「でかした」
「けど騎士達が道をふさいでいるから行くのは難しいニャ。しかもあそこには魔物が居るニャ」
「やはり敵の魔物使いか」
「そいつらを国の騎士達が探してたけど、姿を変える魔物に化かされて見逃しちったニャ」
「なにやってんだか」
呆れるライズ。
「そんで犯人は変身する魔物を使って王都の外に出て、外で待機してる仲間にお宝を渡すつもりみたいニャ」
「ふむ、それはマズいな。後続の仲間には王都の外に居る敵の確保を頼むとするか。ピクシー連絡を頼めるか?」
「はーい! おっまかせー!」
プラックドッグの背中でくつろいでいた妖精のピクシーが飛び上がる。
「チャチャッと行って伝えてくるから、ご褒美の蜜はよろしくね!」
ピクシー達妖精は花の蜜を好む。特にライズと契約したこのピクシーは蜂蜜が大好き、人里に忍び込んでは蜜を盗み舐めていた。
あまりに頻繁に蜜を盗み食いに来るため、困った村人から討伐依頼が入りライズが捕らえに向かったのだ。そしてあっさりと罠にひっかかったピクシーだったが、さすがに人を傷つけた訳でもない妖精を殺すのも忍びないと思ったライズによって、罪滅ぼしの為に彼と契約する事になったのである。
もっとも、基本めげないこりない反省しないが信条のピクシーなので、罪滅ぼしの契約という概念があるのかは疑わしいのであるが。
「さて、それじゃあ次は犯人についてだな」
ピクシーが窓から出て行ったのを確認したライズは、王都に潜む犯人の確保を考える。
「ちょいまち、それだけじゃないニャ」
「まだ何かあるのか?」
犯人確保の方法を考えようとしたライズに、ケットシーが待ったをかける。
「そうなのニャ。実は王都の入り口でこないだご主人に難癖つけて来た聖騎士達が王都に入れろって騒いでるのニャ」
「聖騎士達が!?」
聖騎士の再びの登場により、自体は更なる混迷の度合いを深めようとしていたのだった。
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