第58話 魔物蠢く町

「あの男の弱みを握るぞ」


 全身包帯塗れのミイラ男が口を開く。

 否、彼はミイラ男ではなかった。

 テンド王国の至高神教に所属する聖騎士隊団長エディル=ロウの成れの果てだった。

 成れの果てと言っても死んで魔物になった訳ではない。

 ドラゴンに吹き飛ばされた事で全身打撲の重傷を負ってしまったのだ。

 既に回復魔法である程度回復はしたものの、術師」の技量的問題で治療は段階を踏んで行われていた。

 その為彼は治療の補助の為に全身に治癒効果を高める魔術の込められた包帯を巻いていたのだった。


「ママー、アンデッドがいるよー」


「しっ、指さしちゃだめよ!」


 エディルの姿にはしゃぐ子供と、関わり合いになりたくないと黙らせる母親。

 はっきり言ってエディルは思いっきり目立っていた。


「え、ええと、弱みと一言で言いましても……」


 部下達が若干引き気味で声を上げる。



「相手は下賤な魔物使いだ。なにかしら人に言えない様な事をしている筈! その弱みを握って我等聖騎士を侮辱した事を後悔させるのだ!」


 既に悪魔の件はどうでもよくなっているらしく、彼の思考はライズを陥れる事だけに注力していた。


「やめましょうよ団長。向こうには本物のドラゴンが居るんですよ」


 ライズの下に居たのが本物のドラゴンと分かり、部下達は既にライズへの敵対意思を失っている。

 下手に逆らってドラゴンに襲われたらたまらないからだ。


「何を弱気な事を! 奴は聖騎士を侮辱したのだぞ! それに相応しい報いを与えるのだ!」


「いやしかし、実際にドラゴンが居た以上、悪魔を倒したのは事実でしょう」


「ええい、情けない! ならば私だけでもヤツと戦ってくれよう!」


 そう言って説得しようとした部下達を置いていってしまうエディル。


「ま、待ってくださいよ団長ー」


 部下達がエディルを追いかけてゆく。

 ここで付いてゆくあたり、以外にエディルの人望は高いのかもしれない。


 ◇


「ヤツの弱みを握るためにはヤツの魔物を監視するべきだろう。下賎な魔物を労働力として働かせるなど、必ずボロが出るに違いない! 人間のような繊細な仕事は魔物には無理なのだ!」


「なんか姑みたいっすね」


「うるさい!」


 正面からでは勝てないと察したエディルは、ライズが派遣した魔物達の働き振りから彼を非難する材料を探す事にしたようである。


「来たぞ、蛇女だ」


 エディルが指差したのは、ライズの秘書であるラミアだ。

 彼女が向かうのは建設途中の家だった。


「おう来たなラミアの穣ちゃん」


「おはようございます皆さん」


「「「おはようございまーす!」」」


 親方の弟子達が満面の笑顔でラミアに挨拶する。


「そんじゃ仕事を始めるから上に運んでくれ」


「かしこまりました」


 親方が号令を発すると、ラミアの前に弟子達が並ぶ。


「では運びますね」


「よろしくお願いします!」


そうしてラミアが後ろから弟子の体に抱きつく。


「おほぅ!」


 ラミアに抱きつかれた弟子が蕩けそうな笑顔で声をあげる。


「えいしょっと」


 そのままラミアは尻尾をくねらせて身体を上昇させ、屋根の上まで伸びる。


「よいしょ!」


 そして屋根の上に弟子を置いた。


「ありがとうございました!」


「どういたしまして」


 凄くいい笑顔で弟子がお礼を言う。


「では次の方」


「はい!」


 次々に運ばれてゆく弟子達。そしてそれを遠くから見るエディル達。


「良いなぁアレ」


「良いな」


 部下達がその光景をうらやましそうに見ている。


「バカ者! あんなものはこの町の男達を堕落させる為の罠だ!」


「罠に堕ちたい」


「堕ちたい」


 しかし弟子達の後頭部に密着して変形するラミアの胸に視線が吸い込まれている彼等は積極的に堕落したい感情に支配されていた。


「やはりヤツは邪悪だ! ああやって町の人間を悪の道に誘い込んでいるのだ! 他の魔物達も調べるぞ!」


「さすがに考えすぎじゃないですかねぇ」


 ◇


「ラララ~♪」


 他の魔物を調べようと移動していたエディル達の耳に、一際美しい歌声が聞こえてくる。


「これは……?」


「酒場の方からですね」


 歌声に惹かれる様にエディル達は酒場にフラフラと入ってゆく。

 そして入った先には、美しい少女が歌っている光景を目にした。


「ルララ~♪」


 少女はこの世の者とは思えぬほど美しい歌声で聴衆を魅了する。

 次から次に人が店内に入り、そこには老若男女問わず聴衆であふれかえっていた。

 そうして、少女が歌い終えると、正気に返った聴衆達が盛大な拍手で彼女を褒め称える。

 正気に返ったエディル達もまた少女に盛大な拍手を送る。

 冷静になった思考で彼女を見れば、なぜか少女はタライの中に座っていた。

 少女の膝の上には大きめの布がかけられており、タライには水が張ってあるのだろう、布が濡れているのが見て取れた。

 何故少女はそのような不思議な事をするのであろうか? 

 まったく分からない彼等だったが、とりあえずは他の客に混じっておひねりを差し出してゆく。


「ありがとうございます」


 少女がお礼の言葉を口にする度に、聴衆は短い歌を聞いた様な幸福感に囚われ、自分も感謝の言葉を聞きたいが為におひねりを差し出していった。


 ◇


「いや良い歌だったな」


 少女のコンサートを聞き終えたエディル達は大満足で宿への帰路についていた。


「ええ、すばらしい歌姫でした」


「あの歌声なら王都の劇場でも人気No1ですよ!」


 彼等は気付かない。自分達が心酔した歌姫の正体が、彼等が蔑む魔物セイレーンだという事に。

 彼女こそ歌で人を惑わし船を座礁させるといわれた恐ろしい海の魔物だという事に。

 最も、実際のところセイレーンに船を座礁させるつもりなど全く無かったりするのだが。

 単に船乗り達が彼女達の歌に聞き惚れてもっと近くで聞きたいと思って近づき、船の操作を誤らせて座礁させているだけなのだ。


 だが彼等にそんな事実は関係なかった。

 良い歌を聞いて良い気分になった彼等は、自分達が何の為に町に出たのかの理由を忘れて宿に帰り、たっぷり歌の余韻を楽しんだ後で自分達の目的を思い出してあわてて町へと戻ってゆく事になるのだった。


「おのれライズ=テイマァァァー!!!」

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