第49話 ライズの疑念

「今のうちに仲間を連れて撤退だ!」


 猫人間を吹き飛ばしたのはリザードマン達を運んできたライズの使い魔の一体、ミシガネビクであった。


「す、すまん、助かった!」


 ゲルドはようやく力が入るようになってきた体に渇を入れ、ヨロヨロと立ち上がる。


「動けるヤツは仲間を俺達に乗せろ!」


 シーサーペントが吹き飛ばされたリザードマン達を口に咥えては器用に背中に乗せる。


「急げ急げ! ヤツが戻ってくるぞ!」


 猫人間はどこまで吹き飛ばされたのか、未だその姿が戻ってくる気配はないが、ミシガネビク達はリザードマン達を急かして自分達の背中に乗せていく。


「残るはアンタだけだ! 早く乗れ!」


 シーサーペントに急かされ、ゲルドは痛む身体を推して彼の背中に乗った。


「よし逃げるぞ! しっかり捕まってろ!!」


 全速力で逃げ出すシーサーペント達。

 上に乗っていたリザードマン達は身動きの出来ない仲間を押さえつけて、必死で振り落とされない様にしがみつく。


「おのれ……父上達の仇を討つ筈であったのに……」


 ゲルドの悔しげな言葉だけが、敗北の戦場に取り残されたのだった。


 ◇


「……と言う訳よ」


 そうして、シーサーペント達はジュジキの沼で起こった一部始終を説明し終えた。


「なるほどな、とんでもない強さの猫人間か」


 話を聞いたライズは目を閉じて情報を整理する。


「ああ、とんでもない強さだったぜ。俺達が軽々しく吹き飛ばされて、リザードマン達の攻撃がまったく効かなかった」


「不意打ちで何とか吹き飛ばす事に成功したが、とてもアレで倒せたなんて思えねぇヤバさを感じたぜ」


 シーサーペントとミシガビネクは、己の力に誇りを持った自信家である。

 そんな彼等が相手の強さをここまで認めているのだ。間違いなく只者ではないだろう。

 否、ライズには既にその相手の正体がつかめていた。


「猫の頭をした、しかし獣人でない圧倒的な力を持った人型の何かか……」


 悩む必要などない。なぜなら彼はつい最近その存在の同族を見たばかりなのだから。

 

「また、悪魔がらみなんだろうなぁ……」


 深く、ため息を吐く。


「ライズ様、悪魔との戦いはそれほど珍しい事なのでしょうか? 先の魔の森の魔物討伐で我々は悪魔の使徒と戦いましたし、戦時中は他国の召還した悪魔と戦った経験もあるではないですか」


 ライズの悩みぶりにラミアが首をかしげた。

 事実ライズはコレまで複数回悪魔と戦った経験がある。

 最強の魔物ドラゴンを使役する彼は、常人では相手にすらならない危険な敵と戦わされる事が多々あったからだ。

 それがドラゴンを始めとした多くの魔物達を軍の予算で養ってもらえる最大の理由であった。

 では何故ライズが頭を悩ませているのか?


「それは敵国の召還師が悪魔を召還したからだよ。通常悪魔が自然召還される可能性は少ない。こんな短期間でそれほど遠くない土地に連続して悪魔が自然召還されるなんて通常ありえないレベルの偶然だ」


 つまりライズがいいたいのは、コレは本当に偶然なのかと言う事だった。


「それだけじゃない。相手が悪魔だとすれば……いや、まともに攻撃が通用しない程の敵だとすれば、何故ゲルドは策も講じずに戦いを挑んだんだ? 情報はあった筈だろう?」


 それもまたライズを悩ませる要因だった。

 何故ゲルドは対策もなしに以前惨敗した相手に戦いを挑みに向かったのか?


「それは、ゲルド様達があの魔物と直接戦った事が無かったからです」


 突如、ライズが聞き覚えの無い声が、会話に参加してくる。

 振り返れば、そこには包帯を巻かれて痛々しい姿を晒したリザードマンの姿があった。


「貴方は……」


「儂はジュジキの沼の氏族、ビヴォータと申す。族長であったアヴォダの補佐を勤めていた者です。まずは黙って話を聞いていたご無礼をお詫びいたします」


 ビヴォータは棒を杖代わりにしてライズの傍にやってくる。


「ラミア、彼に椅子を」


 ライズが指示を出すと、ラミアが尻尾のある亜人型の魔物が座れる様、背もたれの無い椅子を差し出す。


「おお、これは申し訳ない」


 ビヴォータは礼を言うと、ゆっくりと椅子に座る。


「それで、ゲルド達が戦っていないと言うのは?」


 ライズが促すと、ビヴォータは語りだした。


「長であるアヴォダ様は突如集落を襲ってきたあの魔物と最初に戦った戦士の一人です。しかし結果は惨敗、一族は集落を捨てて逃げるしかありませんでした。そしてアヴォダ様は敵の恐るべき強さに強い危険を感じられ、一族を存続させる策を練りました」


 ビヴォーダは仲間達が寝かされ治療を受けている様子をみる。



「まだ年若く経験の浅い戦士達ではあの魔物には勝てないと判断され、ゲルド様達若い戦士を村の女子供を守る為の護衛として置いて行ったのです。自分達が帰ってこなかった場合、子供達を守る為にジュジキの沼から逃げろと言って」


 そうして、アヴォダ達はそのまま帰らぬ人となったとビヴォータは締めくくった。


「ではゲルド達は自分達が戦わなかったが故に無謀な戦いに出向いてしまったのですか?」


「ええ、私がどれだけ諌めようとも、戦いに負けて逃げ帰ってきた私は臆病風に吹かれたと言われ説得する事も出来ず、血気に逸るゲルド様達若い衆を止める事はできませんでした」


 誰かに謝罪するように、ビヴォータはうな垂れながらその時の事を話す。


「今回の戦いで、全員が生きて戻れたのは奇跡と言っても過言ではない。ライズ殿、それを成し遂げた貴殿の魔物達には心から感謝いたしますぞ」


「いえ、お気になさらず。ウチの魔物達が勝手に協力しただけの話ですから」


 実際には意図的に協力させたのだが、それには触れないでおくライズであった。


「それでは、儂はゲルド様に説教をしにいってきます。今なら、年寄りの警告も身に染みるでしょうからな」


 そういって、ビヴォータは傷だらけの体をヨロヨロと揺らしながら帰って行ったのだった。

 その後姿を見て、ライズはため息を吐く。


「とりあえず、ミティックさんに連絡だけしておくべきだよなぁ」


 なんとなくだが、自分が何かの流れに流されているような気がしてたまらないライズだった。

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