第31話 皆のお家

「遂に完成したな」


「はい、完成しましたね!」


 感慨深げにそれを見ているライズに、ラミアが寄り添いながら肯定する。


「俺達の暮らす家が……」


 それは大きな屋敷だった。

 依然建てた掘っ立て小屋が嵐で吹き飛んでしまった為、新たに建設を依頼した家だ。


「皆の要求を聞いていたらだいぶ大きくなっちまったけど、とにかく完成した!」


 ライズが感激に涙ぐむ。


「ようやく、ようやくだ! ようやく壁の無い家からはおさらばだ!」


「壁の無い家って斬新よねー」


 かつてのライズ達の我が家を見ながらレティがつぶやく。

 彼女がそう思うのも無理はない。

 だがこのデクスシの町は雨季になると嵐が良く来る町だ。

 その為当時のライズの予算で作れる家ではすぐに嵐に吹き飛ばされてしまうのは目に見えていた。

 その為、大工の棟梁が嵐が来ても倒れない、倒れる壁の無い屋根だけの家を考案したのだ。

 そして壁の変わりに大柄な魔物達を四隅に配置し、プライバシーは天上から垂らした布で保護するという原始人もビックリな画期的構造の住居で何ヶ月も暮らしていたのだった。


「これでようやく初見の客から好奇の目で事務所を見られないで済む! 今日からはこの屋敷が俺の家兼事務所だぁぁぁぁぁぁ!!」


 ライズの新しい屋敷の正面には、大きく『モンスターズデリバリー』と書かれた看板がかけられていた。

 それは、誰が見てもお店であった。


「それにドラゴン馬車の待合室も出来ましたから、混乱も少なくなりますね」


 ラミアの言うとおり、ライズの屋敷の横には、ドラゴン馬車と書かれた大きな看板と簡素だがしっかりとした作りの小屋があった。


「頼まれたとおり、客が座って待てる小屋も作っておいたぜ」


 大工の親方が工具袋を片手にやって来る。


「お疲れ様です。お陰でドラゴン馬車目当てのお客さんが迷わず来れる様になりましたよ!」


 これまでのドラゴン馬車はドラゴンの姿そのものを目印にしていた為、明確な待合室はなかった。

 しかしそれではドラゴンが飛んでいる間は紛らわしいという事で、待合所を作って欲しいと町長から直々のお達しが来たのである。


「まぁこっちは町長が代金を立て替えてくれたからな。支払いは町長の方に頼むわ」


 親方の言うとおり、待合所に関しては町の利益を考えた町長の独断であった為、町長が賛同者達からお金を集めて先払いで作らせたのである。

 これはドラゴン馬車がこの町から出発する始発駅である利益を見込んでのものだ。

 ドラゴン馬車は生き物である為、ドラゴンが飛ばない時間がある。

 また、ドラゴンが既に飛んでいる場合も同様だ。

 その場合、ドラゴン馬車に乗る事を求めた旅人や商人は宿に泊まる必要がある。そして食事もだ。

 更に言えば消耗品の類や旅の商人から買い取った品も売れる。


 ドラゴン馬車の始発駅であるデクスシの町は、近隣の交通の要として、かなり早い段階で商人達に注目を受けていた。

 ソレゆえ、ドラゴン馬車のおこぼれで儲けたい連中はより快適な環境を旅人に与える事で売り上げを伸ばす事を見込んだのである。

 既にライズの事務所の近くには町の宿屋や料亭の支店の建築が始まっている。

 今はまだ土台だが、大工達が総動員で働いている為にそれほど遠くない内に完成するだろう。

 大工達の中にはライズの従魔であるミノタウロス達の姿もあった。


「ドラゴン馬車のお陰でウチにも依頼が大量に舞い込んできてな。嬉しい悲鳴だぜ」


 親方が楽しそうに笑う。


「そんな訳だから、家の支払いは焦らなくてもいいぜ。なんなら増築も請け負うぞ」


「ははは、増築は建築費を払い終えてから考えさせてもらいますよ」


「そうかそうか! そんじゃ何か問題があったらすぐに言ってくれ! じゃあな!」


 それだけ言うと、親方は建築途中の宿に向かって歩いていった。


「建築費、ある時払いにして貰えて本当に助かったよな」


「ええ、なんだかんだでかなり当初の予定よりも増築してしまいましたからね」


 当初、ライズの屋敷は普通の家程度であり、ライズと一部の建物で住みたい魔物だけで住む予定だった。

 そこに事務所としての窓口、待合室、客室、途中から家でも住めるようにして欲しいと要求してきた魔物達、更にはユニコーン達乗用の魔物の厩舎、それと何故かついでにレティの個室まで追加されていた。


「私はライズの護衛でもあるから。基本はこちらで寝泊りするのがスジなのよ」


 しかしその割には部屋の追加費用が自分持ちである事に納得がいかない気持ちになるライズ。


「まぁまぁご主人、運がよければ着替え中のお姿に遭遇するかもしれないニャ」


 そっと耳打ちしたケットシーの言葉に、ライズはつまらない事にこだわるのはやめようと決意した。決してスケベ心はない。


 その様な経緯もあり、完成したライズの屋敷は、驚くほど訳の分からない珍妙な形状の屋敷となったのだった。

 入り口には何の店か分からない看板、その片隅には何故か騎士団出張所の小さな看板、屋根にはハーピー達飛行魔物の止まり木と入り口、裏手には厩舎や猫用入り口、土の上で暮らす魔物用に長い軒先と用途を知らない人間が見たらまったく用途の分からない構造をしていた。


「でも嬉しいです、まさかラミア専用の部屋まで用意していただけるなんて!」


 ラミアが嬉しそうに微笑む。

 彼女達ラミア族は下半身が大蛇の姿をしている。その為本来は洞窟などに住む種族であり。人間の建物ではとても窮屈な思いをしていた。

 しかし今回の新住居建築では、ライズの配慮で魔物達の要望を100%反映させてもらえたのだ。

 ラミアが全身を伸ばしてもぶつからない長細い部屋、さらに部屋にあわせた長いベッドに布団。変温動物の彼女が快適に暮らせる様に朝日の入る窓とラミアのラミアによるラミアの為の部屋を彼女は手に入れたのだった。


「私の厩舎も良い感じだ。干草のベッドは最高だな! あとは乙女が居ればいう事はないのだが!」


 ユニコーンは何処まで行ってもユニコーンだった。

 そして割と安上がりでもあった。


 魔物達がそれぞれに割り当てられた部屋へと入ってゆき、思い思いのアレンジを部屋に加えてゆく。

 鉱石の精霊でもあるコボルトは小遣いで買った鉱石を部屋に敷き詰め、猫の魔物であるケットシーは木箱とタオルを部屋の片隅に置いてベッドを作る。


「そんじゃ俺も自分の部屋に荷物を置いてくるかな」


 魔物達の様子を見ていたライズもまた、自分の部屋へと向かっていく。


「私も宿から荷物を持ってくるわ」


 レティが自分の荷物を運ぶために町へと戻ってゆく。


 そんな光景を、植物の魔物であるドライアドは眺めていた。


「私達は植物の魔物ですので、家の中で暮らす利点がありませんわね」


「寂しいのかぁぁぁ?」


 一人距離をとるドライアドに、トレントが話しかける。


「そうではありませんわ。私達にとっては土の上こそが家と同じ。不便など感じることなど無いですわ。ただ、ああやって人間の暮らしに入ってゆけるあの子達は幸せだと、そう思ったのですわ」


「主優しいからなぁぁぁぁ」


「ええ、その通りですわ。従えた魔物の為に自由に出来る個室を与える魔物使いなんて聞いた事がありませんもの」


 それは実感の篭った声だった。

 植物の魔物であるドライアドは同属の知識と経験を共有する事が出来る。

 どこの誰がどんな経験をし、どんな光景を見たのか。

 その知識の中には、魔物使いに使役される魔物達の姿もあった。

 多くは道具として使われ、一部は愛情をもって接されるが大半は魔物と言う獣扱いだった。

 ライズの様に人間と同じ待遇で迎え入れる魔物使いは非常に稀な存在だったのだ。


「それでも、ここまでする方は見た事がありませんわ」


 歪に増築された屋敷を見て苦笑するドライアド。


「あとから来る連中も驚くだろうなぁぁぁ」


「ですわね。彼等も、そろそろこの町に到着する頃ですわ」


 ドライアドとトレントの会話は、新たな騒動がこの町に持ち込まれる事を暗示していた。

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