第11話  新しいお家

「さらば我が家よ」


 ライズは悲しみを称えた表情で朽ちた木材を見つめていた。


「お前との日々は忘れない」


「なにせあっという間だったからな。ブヒヒンッ」


 ユニコーンが愉快そうに笑い声をあげる。


「ガチャッとな、ガチャッとドアを開けた瞬間にガラガラだからな!」


 心底愉快そうにその時の事を語るユニコーン。

 そう、目の前の残骸はライズが住んでいた掘っ立て小屋のものだった。

 あの嵐の日、ライズとドラゴン達が隣町へと向かったその晩、掘っ立て小屋は激しい風雨によって致命的な打撃を受けた。

 掘っ立て小屋を守ろうとトレント達が壁になって守ってくれたが、それでもドラゴンほど大きくない彼らでは掘っ立て小屋を完全に守り切る事は出来ず、遂先程ライズがドアを開けようと取っ手を引っ張った衝撃でその短い生涯を終えた。


 ライズは現実逃避の為に掘っ立て小屋の葬式をしていたのだ。


「主よ、そろそろ現実に戻って来るがよい」


 ドラゴンがあきれた口調でライズを諫める。


「壊れたものは仕方がない。新しく建て直すのだ」


 彼の言う事は正しい。壊れたものは元には戻らないのだから。

 それゆえに彼の言葉は非常に理にかなっていた。


 ライズにもそれは分かっていた。

 壊れたものは仕方が無いと。

 新しく立て直すのが建設的な意見だと。

 しかし、それでも彼はやるせない思いを抱いていた。

 ドラゴンの背に乗せられた特注の鞍を見ながら。


 彼の鞍は特注品である。

 最大15人の乗客が乗れる座席に、荷物を置く荷台、それにドラゴンの空中挙動に耐えられるだけの固定具に金具。

 その素材は希少で高級な部品で出来ており、普通の家どころか豪邸が数件建つ金額の品である。


 一見商売繁盛のための必要経費に思えるが、これは初期投資という名で職人と商人にハメられた経営素人の苦い記憶の証でもあった。

 本来ならドラゴンの背中に人を乗せるだけのお気楽な運送業を営むつもりだったライズだが、より多くの客と荷物を運べるという甘い言葉に乗ってしまったせいで想定外の出費となってしまったのである。

 初回の搭乗費を安くするという約束で商人達がくれた材料を見て、予想よりも安く済むと考えたのが甘かった。

 彼等商人は、ライズの提案した空中輸送業の有用さに誰よりも早く着目し、彼がいつか十分に稼いだと判断して途中で運送業を辞めたりしない様に、止めざるを得ない理由を用意したのだ。

 その第一弾がこの高価すぎる商売道具である。

 そして彼らはこれからもライズの油断を誘って高価な商品を売りつけにくる事だろう。

 ライズの役に立ち、彼が望む品を提供する。

 真の商人は客が本当に欲しい物を読み取り、その1ランク上の品を売りつけてこそ一人前なのである。


 という訳でライズは今、金に困っていた。


「さて、事務所兼我が家がつぶれてしまいました。どうしましょう」


 膝をつき、両手を大地に乗せたその姿は、まるで彼が見えない運命に土下座をしているかのようにも見えた。

 ぶっちゃけて言えば金銭管理が甘かったのであるが。


「とりあえず大工の親方さんの所に行って見積もりをしてもらってはどうですか? そのうえでドラゴンの売り上げを新しい家の建築費用に充てましょう」


「そうだな」


 ラミアの現実的な提案を受け入れ、ライズは親方の家に向かうのだった。


 ◆


「おう良いぜ! 支払いはある時払いで構わねぇ! 用意出来次第ある分を納めてくれ!」


「ええ⁉ 良いんですかそれで⁉」


 新築の相談に来たライズは、親方から提示された予想外の好条件に驚く。


「驚くことはねぇだろう。お前さん家のドラゴンの稼ぎは鞍を作った俺達もある程度は知っている。それにお前さん達は息子の嫁の恩人だからな。こんな時くらい礼をさせてもらうさ!」


 正に情けは人の為ならず。産婆の件は親方にとって大きな恩であったのだ。

 彼は早速その恩を返せると考えてライズにある時払いでの取引を持ちかけた。

 勿論本人の言うとおり、ライズの稼ぎを信用しての事だが。


「じゃあ青図面を引くからよ、新しい家に欲しい物を言ってくんな!」 


 かくして、ライズの新しい家の計画は立てられるのであった。


 ◆


ライズが新宅の相談をしている頃、デクシズの町には新たな騒動の種がやって来ていた。


「見つけたぞ。人を運ぶドラゴン馬車」


「ああ、ドラゴンをあんな事に使えるのはあの男しかないな」


 フードを目深に被った男女の声。


「ここがあの男が、『千獣の王』ライズ=テマーが居る!」


 新たな嵐が、ライズに迫る!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る