第6話 ドライアドと麦畑
「ここが町の食糧事情を一手に引き受ける集合畑か」
ライズ達の前には、視界一面に広がる麦畑の姿があった。
「人間達は何でこんな風に植物を詰めて植えるのかしら? もっと伸び伸び過ごせるように植えれば良いですのに」
農業という概念のないドライアドが首をかしげる。
「何でだろうなぁぁぁ」
トレントも不思議そうに麦畑を見ていた。
「お~い! あんた等例のなんでも屋だろ~」
ライズ達が麦畑を眺めていると、彼等を呼ぶ声が聞こえてきた。
声のした方に振り向けば、純朴そうな若者がライズ達の元に向かって走ってきていた。
「どうも、モンスターズデリバリーのライズです」
「ああどうも。俺はこの辺の畑を管理してるモンでジョンって言います」
「よろしくジョンさん」
ライズが手を差し出すと、ジョンもまた手を出して握手をする。
「ジョンでいいですよライズさん」
「ならこちらもライズで良いですよ。それとこっちは今回の依頼の助手として連れてきたドライアドとトレントです」
「ドライアドと言います。よろしくお願い致しますわ」
スカート状の花びらをつまみ、貴族の令嬢の様に挨拶をしたドライアドは、にこりとジョンに笑みを向ける。
「あ、ど、どうもドライアドさん。お、俺のことはジョンって呼んでください!」
人外の美貌を持つドライアドに微笑まれたジョンは、顔を真っ赤にして再度自己紹介を行なう。
まさに男を惑わす森の乙女の名に恥じぬ手際である。
「俺はトレントォォォ」
トレントが枝をざわざわと動かしながら挨拶をする。
「う、うわっ! ……あ、ああこれが例の魔物ってヤツか」
トレントを見て驚いたジョンだったが、魔物を見た驚きよりもドライアドの美貌の方に注意が向いていた為に、それほどトレントに嫌悪感を示す事はなかった。
これはトレントが一見ただの木に見える事も大きいだろう。
「ところで依頼主の方は?」
ライズの記憶では仕事の依頼をしてきたのは老人の筈だった。
「えと、依頼をしたのは俺のオヤジなんですけど、腰が痛いから馬の医者に治してもらうって言って町に行っちゃったんですよ。そんで俺が変わりに」
事のあらましを説明し、自分が代理である事を告げるジョン。
「ああでも、畑の事は俺も知ってますから。こっちです。あ、ドライアドさん、足元が悪いですから気をつけてくださいね」
「ふふ、お優しいのですね、ジョンさんは」
「い、いやぁ! それほどでも」
まだドライアドが魔物だと気付いていないのか、ジョンは彼女にデレデレであった。
◆
「この辺りの畑はずいぶんと手入れが行き届いていますのね」
道すがらの畑の様子を見ながらドライアドが嬉しそうにジョンに話しかける。
彼女は植物の魔物だ、それゆえに植物が元気だと彼女も嬉しくなる。
「い、いや大半はオヤジの仕事ですよ。でもまぁ最近はオヤジも腰を悪くしちゃったんで、俺が変わりに畑の管理をしてるんですけどね!」
あまり謙遜にならない謙遜をしながらジョンはドライアドに応える。
彼女の注目は植物に集まっているのであって、管理しているジョンの事は毛ほども気にしていないのだが、それを言うほどライズは野暮ではなかった。
「まぁ、そうなんですの? でもこれだけの畑を任せられるのですから大したものですわ」
「そ、そうですか!? いやぁ、貴方のようなキレイな人からそう言ってもらえると嬉しいなぁ!」
とはしゃいでいたジョンだったが、突然うつむいてため息を吐く。
「どうしたんですの?」
「いえ、そんな親父に任せられた畑だったのに、まさか俺の代で見た事も無い病気にかかるなんて」
せっかく畑の管理を任せられたのに、トラブルに巻き込まれたとジョンは落ち込む。そして少し歩いた先で、ジョンは足を止めた。
「この畑です。ここの麦だけ妙に萎れてるんですよ。他の畑は大丈夫だけに、何が原因なのか分からなくて」
ライズが傍にある麦を見ると、確かにジョンが言うとおり麦は萎れていた。
周囲の麦畑の麦はそうでもないのに、この畑だけが萎れているのだ。
「どうですか? 分かりますか?」
「俺にはなんとも。ドライアド、トレント、何か分かるか?」
ライズが二人に声をかけると、ドライアドが難しい顔をして麦を見つめていた。
「ドライアド?」
ドライアドは問題の畑だけではなく、周囲の畑の様子も見に行く。
そして近隣の畑をすべて確認し終えるとライズ達の元へと戻ってきた。
「どうだ、分かったか?」
ドライアドは、ゆっくりと首を縦に振る。
「はい、この麦達が萎れている理由は病気ですわ」
「病気?」
「ええ、それにこのままだと他の畑も同じ様になりますわ。一見元気ですけれど、既に同じ病気にかかっていますの」
「やっぱり病気だったですか……けど、こんな症状になる病気なんて初めてなんです」
麦が病気と聞いてやっぱりかとジョンはため息を吐く。
「それで、このままだと麦はどうなるんだ?」
ただ茎が萎れるだけで食用となる部分には問題が無いのか、それとも急いで治療する必要があるのか。ライズはドライアドに答を求める。
「このままですと、麦は全て枯れてしまいますわ」
「そ、そんな! この辺りの畑が全滅したら大損だ!」
「麦も苦しいって言ってるぞぉぉぉ」
トレントが麦の気持ちを代弁する言葉を発する。植物の魔物であるトレント達には、植物の気持ちが理解できるのだ。
「ええ、知らない人間が来たら苦しくなったと言っていますわ」
「知らない人間……あっ!」
ドライアドの言葉に、ジョンが声をあげる。
「何か思い当たる事が?」
ライズの声にジョンはうなずきを返す。
「ええ、少し前に、旅の商人が麦を売ってほしいとやって来たんです。どうしても必要なので、多少古い麦でもいいから売ってほしいと頼まれまして。提示された買取価格も良い値段だったので、在庫の麦を出して売ったんですが」
「おそらくはその人間が原因で畑の麦に病気が移ったんですわね」
ドライアドが病気の感染源を推測すると、ジョンは頭を抱える。
「そんな、あの時麦を売らなければ良かったなんて! でも売れる時に売るのは商売の鉄則だし……」
それは自業自得ではないかと思ったライズだったが、そこはソレ、大人なので胸の内にそっとしまっておく。
「ともあれ、病気を治す方法はあるのか?」
「一応ありますが……」
「あるんですか! あるならすぐに治して下さい! 麦畑が全滅してしまったら、町の備蓄が無くなって冬を越せなくなってしまいます! そうなったら責任問題だ! 畑は私のものだけではありません、他の方の管理する麦畑もあるんです!」
ジョンがすがる様な目つきでライズ達を見てくる。
「ドライアド、方法があるのならやってくれないか?」
「……かしこまりましたわ」
ライズからの頼みを聞きドライアドが了承の声をあげる。
「通常植物が病気になった場合、人間は他の植物に病気を移さない様に周囲の植物を全て刈った後、纏めて燃やしてしまいますわ。でもそれは人間の病気と違って、植物の病気を治す為の薬が無いからですの」
ドライアドが機嫌悪そうに眉をひそめる。
「回復魔法で直す事はできないのか?」
「そ、それです! 例のユニコーンに頼んで魔法で直してもらいましょう!」
名案だとジョンが歓声を上げるも、ドライアドは首を横に振って否定した。
「それはダメですわ。ユニコーンの回復魔法の効果は一人に対してです。ですが畑の麦は何百何千とあります。とても回復魔法では治しきれません。最悪治った麦が別の麦からまた病気を移されます」
範囲を攻撃できる攻撃魔法と違い、回復魔法は一部の例外を除いて個人にしか効果を発揮しないからである。
「で、でも何か方法はあるんですよね!」
ジョンが一縷の望みにすがってドライアドを見る。
「ええ、あります。それを今から説明するところだったんですわ」
ドライアドに呆れ顔を向けられ、ジョンは彼女の前で取り乱した事に顔を赤くする。
「麦の病気を治す方法、ソレは薬の代替となる物を与えれば良いのですわ」
「代替と言うのは?」
ドライアドは一呼吸の間をおいてからその代替の名を告げる。
「それは、植物の魔物の蜜もしくは樹液ですわ」
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