第268話 日照攻防戦 ①

 その日は生憎の曇り空だった。どんよりとした灰色の雲が大地を押し潰すように重々しい圧迫感を伴いながら広がっており、何処からともなく吹き荒ぶ寒風が何時雨が降ってもおかしくない事を訴えていた。

 外海湾の海岸沿いには複数の陣地が築かれており、戦支度を整えた侍達が陣取っていた。大戦力を引き連れたドレイク帝国との戦いを目前にしながらも、誰の顔にも臆した気配は見当たらない。皆、戦いに向けて覚悟を決めているようだ。

 しかし、悲しいかな。末端の連携が十分でも、上に行くにつれて柵や関係は複雑となっていがみ合うのが人間の性だ。それを証明するかのように最前線の司令部では、ドレイク帝国に対してどう打って出るかについて議論が紛糾していた。


「奴等が陸地に近付く前に此方から打って出るべきだ! 我々武士は陸戦が得意だが、それは船の上でも同じことよ! 小舟か漁船を徴収し、それに隠密魔法を施せば敵艦に忍び込むのも容易い筈だ!」

「いいや、ここは奴等が上陸してから叩くべきだ! 地の利を活かして各個撃破する! それが最良だ!」


 積極的な攻勢によって水際で食い止めるべきだとする武闘派の主張に対し、保守派は敢えて敵を内地に招き入れて地の利を活かして撃破すべきだと唱える。この遣り取りが始まってから既に小一時間が経過しているが、両者は歩み寄りを見せず平行線を辿り続ける一方だった。


「そこまでにしておけ」


 遅々として進まぬくせに白熱するばかりの議論の場に、進徳の制止が静かに――されども威圧感と存在感を伴って落とされる。途端に喧々囂々と言い争っていた武将達は口を閉ざし、緊張した面持ちで一斉に彼の方へと振り返った。


「今、重要なのは戦法や戦略の選択ではない。ドレイク帝国を打ち倒すという意志の確認だ。その前提を決める段階でいがみ合っていては、手を取り合うのも無理というもの。貴様達は己の面子の為だけに国を潰す気なのか?」

「め、滅相もございません!」


 進徳の苛立ちの籠った眼差しを突き付けられ、幾人かの武将が震え上がる。が、その殆どが保守派の肝の小さい人間ばかりであり、武闘派からは期待と熱の籠った眼差しが今尚向けられていた。しかし、進徳はソレを無視して纏まりに欠いた軍議を締め括るべく意見を呈した。


「既に今回の指揮権は父上直々の命によって弟の善徳に委ねられている。ならば、彼の言い分に従うのが筋であろう」

「進徳様!」


 保守派は思わぬ援護射撃にほくそ笑み、武闘派は不意打ちを受けたかのように愕然となる。そして進徳が司令部のテントを後にすれば、数人の武闘派の武将が後を追い掛けて隣に並んだ。


「進徳様! 何卒、何卒御再考を!」

「再考も何も決定権は弟が持っている。それにコレは父の命でもあるのだ」

「ならば、せめて善徳殿を説得してくだされ!」


 進徳は足を止めると、言い縋る武将達をジロリと睨み上げた。その目が訴えるは『これ以上、口を出すな』という苛立ちの籠った命令。しかし、対する武将も彼の眼圧に負けじと睨み返す。その目が語るは『いいえ、聞けません』という固い不退転の意志。

 進徳とて武将達の気持ちが分からないでもない。戦場を知らぬ文官達に彼是と指揮されるのは、生粋に武人肌である彼等からしてみれば堪ったもんじゃない。ましてや共に戦場を駆け抜けた武士や兵士の命も懸かっているともなれば、抵抗感や反発を覚えるのも当然というものだ。

 互いに暫し睨み合った末、先に根を上げたのは進徳の方だった。降参するかのように諦念に満ちた溜息を吐き出すと、目に浮かべた苛立ちと命令を掻き消して武将達と向き合った。


「拙者とて兵士の命を徒に消耗させるような戦はしたくない。だが、口出しする事は出来ん。これは日照の存亡が掛かった戦であると同時に、今後の未来図を描くのに必要な試練でもあるのだ」

「どういう事ですか?」

「親父は善徳に現実を突き付ける気だ。自国主義が如何に脆弱かを分からせる為に」

「だから、弟殿に指揮権を御預けになられたのですか……」武将は納得するも、直ぐに異論を呈する。「しかし、だからと言って味方を犠牲にするのは……!」

「ああ、それに付いては俺も同意見だ。しかし、弟は親父に似て頑固者だ。目に見えた犠牲を直視しなければ、その思想を変えようとはしないだろう。もしも此処で俺の意見が通ってしまえば、弟は学びの機会を失ってしまう。そうなれば日照の未来は閉鎖的なものとなってしまう」

「ですが、国が滅んでは元も子もありません! 帝の御考えは理解出来ますが――」


 尚も家臣は粘り強く訴えを続けようとしたが、進徳の突き出した手を前にして口を噤んだ。


「分かっている。だからこそ、弟に内緒である手を打つ」

「手を? それは一体……?」


 進徳は近くに待機させていた兵士に命じ、武将達に大きめの麻袋を手渡した。武将は中を覗き込み、そして――皆一様に困惑を入り混じった顔を浮かべた。


「これは……?」

「それを兵士達に持たせろ。理由は……御守りでも秘密兵器でも構わん。兎に角、言う通りにすれば人死には大幅に軽減される。拙者を信じろ」


 武将達は戸惑いを浮かべた互いの顔を見合わせた。しかし、不思議と説得力以上に信頼を植え付ける自信を漲らせた進徳を前にしては断る事も出来ず、ぎこちないながらも了承の意を彼に伝えた。



 栄えあるドレイク帝国の侵略艦隊の旗艦を務める戦艦バルボス。最低限の光量に抑えられた薄暗い艦橋には乗組員の他に艦長、そして総司令官を務める高齢の貴族とその取り巻き達が集まっていた。


「先行艦からの映像が届いております」

「中央に映せ」

「はっ!」


 艦長の指示に従い、通信を受け取った兵士が手元のパネルをピアノでも弾くかのように操作する。中央に置かれた球体状の魔石が光を放ち、その頭上に先行艦から送られてきた映像がホログラムのように投影された。

 映像には外海湾に面して布陣を敷いた犬人達が映し出されており、既に戦闘態勢にあることを物語っていた。しかし、それを目にした肥満体の総司令官は警戒するでもなく、嘲りを込めてフンッと鼻を鳴らした。


「汚らわしい獣擬きめ。人類に対して歯向かう等と愚かな」

「如何なされます、バロムの叔父上?」20代程の狡猾そうな若い貴族が問い掛ける。「数は此方が上のようですが?」

「ふふふ、そうだな。戦いは常に数の優劣で決まる。船を島の近くにまで接弦させて兵士を上陸させろ。そのまま敵を圧倒するぞ」

「失礼、一つ宜しいでしょうか?」


 艦長の傍に並び立っていた副司令官が振り返り、司令官の前に立ちはだかる。同じ黒を基調とした高位軍人の軍服を身に纏っているが、その鍛え上げられた肉体からして叩き上げの軍人――貴族派と相対する軍閥派である事が窺える。

 だが、司令官の方は自分の考えに口を挟んだ副官に良い思いを抱いていないようだ。げんなりと顔を顰めるも、取り合えず話だけは聞いておこうとぞんざいに手を振って許可を出した。


「日照の犬人は接近戦で無類の強さを誇ります。数では勝る我々であっても、陸地に足を付ければ戦いは互角になる恐れがあります。ましてや、向こうには地の利があります。態々敵の思う壺に嵌る必要はございません」

「つまり、何が言いたいのだ?」

「敵地に乗り込まず、この艦隊の有する最大火力で敵の陣地を一掃するのです。そうして敵の戦意を挫き、尚且つ混乱したところで兵力を投入すべきです。さすれば、此方の戦力は最低限の被害で済み、最大限の戦果を獲得出来るでしょう」


 バロムは椅子から腰を剥ぎ取るように立ち上がり、副司令官の前へと歩み寄る。そして蠅でも叩き落とすかのように副司令官の頬を手の甲で打った。乗組員達は突然の暴力に騒然となるが、片頬を赤く染めた副司令官はビクともせずにジロッと司令官を睨み返した。

 今の一撃は暴力と呼ぶには余りにも非力だ。恐らくは叱責とは名ばかりの、自分を辱めたいだけの憂さ晴らしであろうと副指令は当たりを付けていた。事実、その予想は的中しており、総司令官は胸の内を透かされている事にも気付かずに嗜虐に富んだ笑みを綻ばせた。


「馬鹿者! 帝国軍人が聞いて呆れる! 我々は軍人である前に誇り高き帝国人ぞ! あんな獣風情相手に艦隊の力を見せ付けるような大人気ない真似が出来るか!」

「ですが――」

「貴様の意見は聞かん! オスター、部隊を率いて先陣を切れ! 一番槍の名誉を果たし武勲を上げよ! チェーンスター家の名誉に賭けて!」

「はっ! チェーンスター家の名誉に賭けて!」


 狡猾そうな若者――オーベルは総司令官である叔父に敬礼を返すと、取り巻きの貴族達を引き連れて艦橋を後にした。ドカッと司令官用の豪奢な椅子に腰掛けるバロムを見て、副司令官――ローベンはギリッと歯軋りを立てた。


(兵士達の命よりも自分達の武勲の方が大事か!)


 軍人として大事なのは如何に自分達の被害を最低限に抑え、対照的に最大限の勝利を引き出せるかだ。兵力を……仲間の命を無駄に散らせるなど、指揮官としては無能の証しと言えよう。

 しかし、貴族達の認識は違う。彼等にとって戦争とは武勲や栄光を飾る華々しい舞台であり、大勢の血が流れれば流れる程に自分の肩書きも磨かれると思い込んでいる。この御スターやバロムもその一人であり、つまらぬ見栄の為に兵士を死地へ送り出す事を何とも思っていない。

 いっそのこと、立場を無視してバロムを殴り飛ばせればと考えて握り拳を作るも、それが齎す結果と混乱を思い描いただけで拳から力が抜け落ちた。自分が軍規を違反してでも得られるモノは皆無に等しく、寧ろ貴族達の暴走を引き起こして事態を悪化させる恐れすらあった。

 腹の内に渦巻く鬱憤と遣る瀬無さを沈めると、ローベンはガスを抜くように溜息を鼻から逃して艦橋前方を見据えた。既にバロムの命令は正式なものとして下されており、先行していた巡洋艦の数隻が陣形を離脱して日照へと向かいつつあった。


(……すまない、皆)


 貴族達の暴走を止められなかった事、兵士達を死地へ向かわせる事……諸々の罪悪感に心を押し潰されながら、ローベンは胸の内で謝罪を呟いた。



 正午を過ぎた頃、日照とドレイク帝国の戦闘は幕を開けた。

 当初、帝国側は巡洋艦の馬力に物を言わし、強引に荒波を突破して本土の接近と上陸を試みようとしていた。が、水面に隠れた暗礁に行く手を阻まれてしまい、止むを得ず少し距離を置いて強襲用のボートでの上陸に切り替えた。

 だが、この決断が彼等に苦難を齎した。なだらかで島国へのアクセスがし易い内海湾とは対照的に、外海湾はイギリスのビーチー岬のように切り立った断崖絶壁が端から端まで続いている。

 これによって陸地に乗り込むには反対側の内海湾に回り込むか、唯一陸地へアクセス出来る入り江に入る他なかった。しかし、この入り江もΩを描くように入り口が狭く、大量のボートが一斉に通り抜けるのは実質不可能に近かった。

 そして地の利を熟知している日照軍が、この最大の好機を見逃す筈がなかった。帝国軍が殺到するであろうルートを割り出した上で、そこに砲撃を集中させられるよう部隊を展開させていたのだ。


「攻撃開始ー!」


 各部隊に配備されていた大砲が火を噴き、更に兵士達が構えた火縄銃に似た魔具が次々と魔法弾を撃ち放った。大小の――それも物理と魔力が入り混じった――砲弾が雨のように降り注ぎ、海を渡っていたドレイク帝国のボートに襲い掛かる。

 ボートを包み込むように結界が展開され、次々と襲い掛かる砲弾を弾き返す。だが、時の経過と共に砲弾も苛烈さを増していき、遂に過負荷となった結界は虫に食い破られるかのように所々に穴を広げて消滅した。

 直後、無防備を晒したボートに魔法弾が次々と命中し、爆発・炎上を引き起こす。ある者は炎の抱擁に包み込まれて藻掻き、ある者は爆風に吹き飛ばされて無慈悲な海流に呑まれて水底へと引き摺り込まれて行く。

 だが、全てのボートが脆弱な結界であった訳ではない。一部の――貴族達が搭乗したボートは丁寧に五重の結界が施されており、苛烈極まる砲弾の雨を受けても未だに健在していた。とは言え、軍勢が入り口で詰まっているので、身動きが取れない事に変わりはないが。


「何をしている!」オスターが操舵手に怒声を浴びせる。「さっさと砲撃地帯から抜け出さんか! これでは良い的だぞ!」

「し、しかし! 入り江の入り口が狭い上に、そこを重点的に砲撃されてしまっては抜け出すのも困難であり……!」

「ええい、言い訳など聞かん! 他のボートを先行させろ! それを盾にして上陸するぞ! 手の空いている者も反撃させろ!」

「わ、分かりました!」


 オスターの命令に従い一般兵ばかりを乗せたボートが突出し、それに乗っていた兵士達が銃に似た魔具で反撃を試みた。複数の魔法弾が鮮やかな色の軌跡を描きながら崖上に飛び掛かるが、その手前で張り巡らされた結界に阻まれて四散してしまう。

 そして倍返しと言わんばかりに大量の魔法弾が撃ち返され、先行していたボートは瞬く間にハチの巣となって撃沈した。ドレイク帝国の強みである数の暴力が効果も発揮出来ず海の藻屑となっていく様に、後方から眺めていたオスターはもどかしさを覚えて歯軋りを立てた。


「くそ! 何たる醜態だ! 叔父上に連絡を取って増援を寄越してもらえ!」

「こ、ここは撤退すべきでは――」

「馬鹿者!」


 オスターはパッと振り返り、撤退を打診した部下を殴り飛ばした。部下は上官を戒めようと口を開き掛けるも、彼と目があった途端に「ひ!」と短い悲鳴を上げて竦んでしまう。

 部下を見据えるオスターの目には並々ならぬ屈辱の怒りが満ちていた。それは犬人相手に一方的にやられている事に対してなのか、それとも格下に意見された事に対してなのかは分からない。確かなのは彼の怒りに触れれば自分は容赦なくリンチされるという事だ。


「死を恐れるとは何事か! 此処で逃げ帰っては武人の誉れが廃る! 多少の犠牲無くして戦は出来ん! このまま押し通るぞ!!」


 上官の――ましてや貴族であるオスターの命令に逆らう事も出来ず、一般兵達は『はっ!』と了承の意を告げた。しかし、内心では自分達の犠牲を多少の一言で片付ける彼に対する反発も少なくなかった。



 押し引きを繰り返す波のような攻防戦が始まってから既に五時間が経過したが、未だにドレイク帝国は日照の大地を踏めずにいた。増援が逐次投入される都度に強行突破を試みるも、入り江の入り口付近に漂う多数のボートの残骸が無残な結果を知らしめている。

 小舟の墓場と化した一帯はボートから燃え上がった炎で埋め尽くされ、赤く染まった血の海を輝かしい朱色で塗り潰していた。しかし、このような地獄絵図となっても猛攻を止める気配を見せない帝国軍に、流石の日照軍も心胆を寒からしめた。

 そして日の入りを迎えると、漸く帝国軍も攻撃を諦めて撤退を開始した。流石に夜戦は危険だと判断したのか、それとも戦力の消耗に目を当てられなくなったのか。どちらにせよ、こうして初戦は日照の勝利に終わったのであった。

 だが、戦いに勝利したという喜び以上に、漸く戦いが終わったという安堵が圧倒的に上回っていた。最早、勝利の余韻に浸れる余裕も無く、何処も彼処も緊張の糸が切れたかのように疲れ切って崩れ落ちる兵士の姿ばかりだった。


「何とか勝ったか……」

「はい……」


 進徳は武将の相槌を耳にしながら疲弊した兵士達を見回した。これまでに援軍要請を受けて派遣された経験のある武士や武将はケロリと――それでも辟易に似た鬱陶しさを禁じ得ない様子だが――しているが、そうでない者達は一層と疲れ果てているのが一目瞭然だった。


「善徳の方は何と言っている?」

「家臣共は大勝だと無邪気に喜んでおります。善徳様は納得しておらぬ様子でしたが」


 進徳が振り向きざまに問いを投げ掛けると、家臣の武将は苦虫を噛み潰したような面持ちを浮かべる。それは今の一戦がドレイク帝国の本気に打ち勝ったものではなく、相手が無能だったからこそ得られた当然の勝利に過ぎないという見解を遠回しに訴えていた。

 そして進徳も家臣と同じ意見であり、「そうか」と相槌を打つと再び外海湾へ目を遣った。既に日が沈んで夜の闇と同化してしまっているが、昼間以上に寒気が強まった強風に煽られて波浪が高くなっているのが波音から手に取るように分かる。


「一つ聞こう、ドレイク帝国は明日も同じ手段で打って出ると思うか?」

「向こうが愚か者ばかりであれば、今まで通りでしょう。しかし、一人でも敏い者が居れば必ずや手を変えるはず。最も、このような数頼りの芸も品もない戦法を許可するような司令官です。果たして敏い者の言葉に耳を貸すかも怪しいものですが……」

「何にせよ、準備をしておくに越したことは無いか……」と、そこで進徳は家臣の方へ振り返る。「例の物は皆の手に行き渡ったか?」

「はい。進徳様の御加護が宿っていると言い聞かせれば、皆嬉々として受け取りました」

「拙者の加護と聞いて何の気兼ねなく受け取るのもアレだが、全員の手に渡ったのならば良しとしよう」


 進徳と家臣は踵を返し、本陣へ向かって歩き出した。今回は勝利で終わったとは言え、まだ戦いは続くのだ。そして明日の戦いに向けてやるべき事は、まだまだ山積みであった。それは敵とて同じだろうが……。



「馬鹿者!!!」


 バロムは指揮官専用の椅子の手摺にガンッと拳を叩き付け、命辛々逃げ延びて来た部下達に向かって怒声を浴びせ掛けた。上司の叱責で艦橋の空気がピリピリと張り詰め、乗組員達は居心地が悪そうに彼等から目を反らした。

 だが、命辛々逃げ帰ってきた部下達は擦り切った理性を働かせるも、背筋を正すだけで精一杯だった。その表情には憔悴と落胆の色がありありと浮かび上がっており、戦いに対するモチベーションが底を貫かん勢いで下落しているのが窺える。

 だが、叱責されている彼等の中に先の戦いにおける指揮を執ったオスターの姿は無い。彼は叱責しているバロムの斜め後ろに陣取っており、命を張った部下達に役立たずの烙印を押すかのように憎々しい眼を突き付けていた。


「先の戦いにおける敗因は貴様達の献身と覚悟の不足が原因であると考えている。よって帰国次第、貴様達には軍法会議を受けて貰い然るべき処罰を与える事にする!」

「お待ちください!」副官のローベンが前に踏み出る。「彼等は多くの同胞を失いながらも、オスター殿を始めとする貴族を御守りしました! 何卒、寛大な御処置を!」


 司令官はバロムを怒鳴ろうとするも、何かを思いついたのか怒りを喉奥で堰き止めた。代わって悪巧みでも思い付いたかのようにニヤッと口角を釣り上げると、先程までの怒りとは打って変わって猫撫で声に似た声色で言葉を切り出した。


「成る程、副官の言い分はしかと理解した」

「叔父上!? 一体何を……?」


 オスターが不満と困惑を露わにしながら叔父に歩み寄ろうとする。しかし、バロムは片腕をサッと持ち上げて甥を制止すると、肩越しに一瞥を寄越した。その目には狡猾な企むが閃いており、それを悟ったオスターは叔父を信じて一歩引き下がった。


「部下を思う副官殿の気持も分かった」そう言ってバロムは副官に目線を戻した。「されど、甥の名誉を回復したい。そこでだ、一つ提案がある」

「提案……と、言いますと?」

「先程、其方が言った提案……艦隊による大火力をぶつけるという戦法だが、アレを甥の手柄にしてほしい。さすれば、その者達の責任も不問とする。如何かな?」


 ローベンは内心で舌打ちを打ち、胸糞の悪い気持ちに支配される心を自覚した。このような場面でも他人の未来を人質にし、栄光と名誉を欲する貴族達の姿勢に嫌悪を覚えずにはいられなかった。

 しかし、馬鹿な貴族の名誉欲に付き合わされた挙句、処罰されようとしている部下達を見捨てられるような真似は出来ない。何よりも、今回の戦いで自軍の戦力を徒に消耗してしまった。一刻も早く、決着をつけねばジリ貧だという思いもローベンの中にあった。


「分かりました」


 ローベンは苦々しい気持ちを巧みに隠しながら平伏。バロムが満足そうに頷き、オスターも自分の手柄が確約されて満更でもない笑みを浮かべる。彼等から賛辞を投げ掛けられるが、最早それさえも耳を腐らす呪詛のようにしか聞こえず、ローベンは徹底的に聞き流す事に専念した。

 自分の手柄を奪われるのは今回が初めてではない。多少理不尽とは言え、味方を救う為ならば苦でもない。しかし、まだ本格的な戦いが続くと思うと、忸怩たる思いが胸中に渦巻いていた。

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