第258話 千年前の真相 ②

 初めて聞けば驚きを覚えるが、よくよく考えてみると逆に納得がいく。ドレイク帝国の前身である四大国に魔人族が虐げられていた事実が伏せられ、何故彼等がさも世界の悪の根源みたいな扱いを受けなければならないのか。

 答えは簡単だ。戦いの勝利者が四大国だったからだ。歴史を記す権利は勝者があると言うように、四大国は創造神との戦いで勝利したことで自分達にとって都合の良い歴史に作り替えたのだ。

 世界の破滅を食い止めようとしていた創造神の温情を踏み躙り、挙句には彼女を魔王と仕立て上げる事で自分達こそが世界を救った英雄だと吹聴する。それは彼女に救われて忠誠を誓った魔人族からすれば、恩を仇で返す不遜甚だしい行いだったに違いない。


「――ヤクトさんが仰られた物語の通りです。魔人族と創造神様は彼等が異世界から召喚した人間に敗北しました。そして私達は四大魔人という罪名で捕縛され、創造神様の遺骸は解体され四大国に封印されました」

「封印?」赤岳が不思議そうに尋ねる。「何故に、そのような真似をなされたのだ?」

「創造神……即ち、神という存在に死という概念は存在しません。肉体さえ残っていれば、あの方は何時でも復活出来るのです。だからこそ、五体をバラバラにして封印する事で創造神の復活を阻止しようとしたのでしょう」


 とんでもない存在だな――と、クロニカルドが舌を巻いたかのような口調で思わず本音を零した。しかし、そう思ったのはきっと彼だけではないはずだ。


「そして創造神すらも打ち倒した四大国は増長し、更なる魔導の発展に舵を切りました。共通の敵である私達を打ち倒す過程で絆は育まれましたが、それでもやはり当初の野望が再び芽吹くのに、そう時間は掛かりませんでした」


 当初の野望……即ちディッシュ大陸の統一だ。共通の敵が居たからこそ四大国は手を結んでいたのであって、それが居なくなってしまえば本来の目的を思い出すのも必至というものだ。


「先の大戦で長期決戦のデメリットを身を持って知った四大国は、必然と短期決戦を目論みました。そして戦争に勝利する為に魔法や魔導といった技術開発の競争は再燃し、それに伴う軍拡は公然の秘密となっていきました。

 そうした中、当事の四大国が挙って取り組んでいたのが人造魔獣の開発でした。魔法で命を生み出し、それを基に強大な生物を作り、そして自分達の意のままに操る。今までにない魔導兵器です。

 それは四大国が人智を超えた代物を編み出せるまでに魔導を極めたと同時に、倫理を逸脱したモノを作ることに躊躇しない道徳心の無さを物語っているも同然でありました」


 ガイアの声色が今までにない刺々しいものとなる。魔導を極めた末に生命の在り方すら無視した四大国の姿勢に嫌悪を抱いているのだろう、其処に秘められた非難の思いは計り知れない。


「しかし、完成した人造魔獣は高ランクの魔獣に毛が生えた程度の性能しか持っておらず、戦争の趨勢を決するには不十分でした。そこで当時の大国人は私達(魔人)を制御核にし、更に創造神の遺骸を組み込み、最強の人造魔獣を生み出そうとしたのです」

「まさか、あの時の邪龍の後から出てきた足は……!?」

「ええ、そうです。アレは創造神様の右足です。遺骸とは言え神の一部である事に変わりはなく、そこに秘められた力は絶大なものです。そして私達が制御核として人身御供となったことで、最強最悪の人造魔獣――邪龍が完成したのです」

「せやけど、制御に失敗した……そうやろ?」


 ガイアは「はい」と答えた。その沈んだ声には多大な悲しみが含まれているが、それが創造神の遺骸を辱められた事への無念さなのか、それとも強大な力に溺れて自滅した大国人への憐みなのかは判断が付かない。


「何がきっかけで邪龍が暴走したのかは私にも分かりません。しかし、何もかもが大陸人の想定を上回る最悪の事態であった事は確かです。そうした不運が重なり合った結果、あっという間に四大国は滅亡し、彼等の誇りであった歴史と文化と技術は灰に還りました」

「皮肉なものだな」クロニカルドが呆れを込めて言う。「最強の人造魔獣の開発に心を奪われ、それが自らの滅びを招く引き金になろうとはな」

「しかし、その後はどうしてトウハイへ?」と、カクレイが言う。

「分かりません」ガイアは申し訳なさそうに首を横に振る「私も記憶が飛び飛びになって曖昧でして、気付いたら異国の地に居ました。恐らくですが、当事国が転移魔法を発動させて強引に国外へ飛ばしたのでしょう。邪龍の処分に失敗した場合に備え、せめてもの次善の策として……」

「やれやれ。その次善の策とやらで我が祖先が苦しめられたのかと思うと、ドレイク帝国には怒りしか覚えんわい」

「赤岳の言う通りだ」青海が相槌を打つ。「して、他の魔人族はどうしたのだ?」

「残された同族達は魔人狩りを恐れ、ディッシュ大陸から散り散りに脱出しました。今、彼等がどうしているかは分かりません。ですが、種の滅亡を免れているのは確かです」

「何故、そう言い切れるのだ?」

「そこに私達の末裔が座っておられるからです」


 ガイアの優しい目線がある一角に注がれ、それを辿ってヤクト達は振り返る。そうして期せず注目の的となったアクリルはキョロキョロと周りを見渡し、漸くガイアの言う末裔が自分だと気付くや目を丸くした。


「姫さんが魔人族やて!?」

「それは本当なのですか!?」

「間違いありません。その年齢にして既に膨大な魔力を持ち、尚且つ私達と同じ髪色をしているのが何よりの証拠です」


 何となく雰囲気や髪色が似ているなとは思っていたけど、まさかアクリルが魔人族の末裔だったとは……。だが、よくよく考えれば幼子とは思えない膨大な魔力量や、魔法や魔術における天賦の才などを考えれば却って腑に落ちる点も見受けられる。

 だが、アクリルが魔人族である事自体も驚きだが、それ以上に注目すべきは彼女の血筋だ。父親は絶滅危惧種である勇者スキルの保有者、母親は十中八九魔人族の生き残り。

 勇者と魔人のハイブリッド、力を渇望する人間からすれば羨むような組み合わせだ。しかし、だからこそドレイク帝国に狙われる羽目になったとも言える。

 父親はドレイク帝国に抵抗するレジスタンスのリーダー、母親はドレイク帝国に強い反感を抱く魔人族の生き残りだ。その子供が父母の影響を受けて敵対勢力に加担する可能性は十分にある。故に幼い彼女を排除する事で、未来の憂いを取り除こうと目論んだのだろう。

 

「彼女の力は私達魔人族から見ても強大です。ドレイク帝国がそれを知れば、本気で排除しに来るでしょう」

「安心しぃ、俺っち達に加えて今や伝説クラスの怪獣に進化したガーシェルが居るんや。他の邪龍と遭遇せん限り問題はあらへんやろ」


 そう、今の私は邪龍に匹敵する力と巨体を有している。例え他の三匹の邪龍に遭遇しても一方的にやられることは無いが、それでも平穏を求めるならばリスクを避けるに越したことは無い。だが、そんなヤクトの期待は次の一言で潰える事になる。


「いいえ、残念ながら……それは無理です」

「無理? それは何故ですか?」


 眉間に皺を寄せた角麗が怪訝な眼差しをガイアに向け、それに伴い他の皆も彼女に問い掛けるような目を向ける。彼女は口にするのも申し訳なさそうに閉口していたが、やがて腹を括ったかのように意を決して口を開いた。


「単刀直入に言います、このままでは世界は一世紀と持たずして破滅に向かいます」


 まるで回避不可能な死刑宣告を唐突に告げられたかのように、誰もが衝撃を受けた面持ちを浮かべたまま凍り付いた。解凍が進むにつれてジワジワと不安と困惑と動揺が滲み出し、けれども顎が外れたかのように開いた口からは乾いた息が零れるばかりだ。


「何時頃なのかは分かりませんが、ここ数年の間に地脈を始めとする魔力の流れが異常に増幅しています。私が……いえ、デイダラボッチが目覚めたのも、この魔力を多量に摂取したのが原因です」

「魔力の流れ?」


 と、マリオンが真剣に聞き返す。しかし、その一言は地脈という魔力の流れの意味を問うているのではなく、それと世界の滅亡がどう関わり合うのかという問い掛けが込められていた。


「生物を除いた魔力――地中深くを流れる地脈、魔素溜まりと呼ばれる地帯で発生する瘴気やダンジョン、これらは自然環境と密接な関係にあります。しかし、環境の変化に乱れが生じれば、魔力の流れにも乱れが生じます」

「そう言えば――」キューラが思い出したように呟く。「アタシがラブロス王国に居た頃、魔獣の発生やダンジョンの発生が増えているって報告を耳にしたけど……もしかしてソレが関係しているの?」


 ガイアは頷いた。


「自然と魔力の関係を一言で言い表すならば正と負、陰と陽、表と裏みたいなものです。自然の力が強ければ魔力は抑制され、逆に自然の力が弱ければ魔力は増大します。

 本来であれば、自然環境を始めとする世界の調整は創造神様が担う役目でした。しかし、四大国によって封印されて以来、世界のバランスは傾く一方です」

「因みに知りたいのだが……」青海が小さく手を挙げて尋ねる。「このままバランスが傾き続ければどうなるのだ?」

「自然界に魔力が充満すれば様々な障害が起こります。魔獣の増大、ダンジョンの発生、そして天変地異の発生源になる事も有ります。兎に角、未曾有の被害が待ち受けているとしか言い様がありません」

「即ち、世界を救う為には創造神を復活させる必要があるっちゅー事やな?」


 ヤクトは片目を開き、真剣な眼差しをガイアに寄越した。ガイアとしても自分が無理難題を私達に押し付けていると自覚しているのだろう、その表情は負い目を感じているかのように沈んでいた。


「貴方達には申し訳なく思っています。ですが、このまま世界が滅びるのはアルテミス様の望むところではありません。既に霊体となった身ですが、可能な限り協力します。ですから、お願いします。世界を……そしてアルテミス様を救う為に、力を貸してください!」


 ガイアは席から立ち上がると、深々と私達に向けて頭を下げて懇願した。常人であれば唐突に世界の命運を背負わされようものなら、理不尽に思ったりプレッシャーに負けて挫けていただろう。だが、ヤクトの反応は違っていた。


「はは、面白そうやないか」

「ヤクト殿?」

「最初は単なる両親探しの旅路かと思いきや、段々と物事が大きくなっていき、遂には世界を救うやで!? こんなに面白い展開、めったにあらへんわ!」


 まるで未知の冒険に心を躍らせる少年のように、ヤクトは活き活きとした笑顔を曝け出した。無論、そこに運命から逃げられないという諦念や悲壮は見当たらない。ましてやガイアを逆恨みするどころか、波乱万丈の人生を齎してくれた事に感謝すらしているみたいだ。


「請け負ってくれるのですか……?」

「まっ、強いて言えば乗り掛かった船っちゅーやつやな。姫さんの両親を探すついでに色々と旅が出来たらなって程度で考えていたけど、こうも規模が大きくなるとワクワクしてくるわ」

「おい、勝手に話を進めるでないわ」クロニカルドが不満そうに口を挟む「仲間の意見も聞かんか」

「何や? クロニカルド先生は世界を救うのが嫌なんか?」

「馬鹿者、貴様だけでは荷が重過ぎるであろう」


 ゴホンッと咳払いすると、クロニカルドは改めてガイアを見据えた。煌々と燃えた髑髏の眼孔の鬼火が、次に彼が何と言うのかを薄々と周囲の者達に予知させた。


「その世界を救うと言う話、己も参加させて貰おう。先にも言ったようにヤクト(こやつ)だけでは荷が重いのでな。それに魔人族なる種族に興味があるからな、一目見たいと思ってな」

「それと姫さんが心配やからやろ?」


 ヤクトにおちょくられ、クロニカルドはフンッと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。態度では違うと言っているみたいだが、敢えて公言しない辺りを見るにヤクトの指摘も満更外れではないようだ。


「では、その旅路に私も同行しても宜しいでしょうか?」

「角麗……!?」


 角麗が名乗りを上げた途端、青海から驚きに満ちた声が上がった。どうやら寝耳に水だったらしく、彼だけではなく他の二人も目を丸くしている。しかし、角麗の決意は既に固まっており、真っ直ぐに芯のある眼差しが三人へと向けられる。


「三賢人様、唐突な申し出を御許しください。ですが、私は彼等への恩義を返し切れておりません。個人的な恩義も然る事ながら、故郷を救ってくれた恩義も。どうか、この角麗に命じて頂けませんでしょうか?」


 胸に手を当てて恭しく頭を下げる角麗に対し、三賢人は互いの顔を見合わせて視線を交わす。彼女の真摯な願いに胸を打たれたのか、それとも私達への恩義というフレーズに心を揺さぶられたのか。角麗の方へ戻した時には三対の眼差しに同意が込められていた。


「角麗よ、其方の言い分は理解した。そして恩義に対して忠実であらんとする性根も見事である」

「其方は今日までトウハイに忠誠を誓い、その拳を国の為に捧げてきた。ならば、次は世界の為に拳を揮うが良い」

「されど、努々忘れるでないぞ。その拳はトウハイの力にして宝でもある。必ずや生きて帰るのだぞ」

「はい!」


 青海・真緑・赤岳の順に旅立ちの許可を貰い、角麗は胸を張って返事を返した。再び角麗と共に旅が出来ると知ると、ヤクト達もひっそりと顔を合わせて微笑んだ。心強さを覚える以上に喜びを覚え、正に百人力を得たかのような自信が漲る。


 こうして私達の会談は終わりを告げた。そしてアクリルの両親を探すべく、創造神と世界を救うべく、新たな旅路に向けての準備が始まった。それはドレイク帝国と真っ向から戦う事を意味する、新たな戦いの幕開けでもあった。

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