第225話 二体目のウォーターゴーレム

 不意に背後に現れたウォーターゴーレムを目の当たりにし、アマンダは血の気を失せる感覚を覚えた。そして同時に疑問すらも覚えた。自分が大剣で核を切り裂いた感覚は、紛れもなく本物だった。となれば、今のが幻影という可能性は低い。


「まさか……二体一組!?」


 ダンジョンボスは基本は一匹だ。しかし、ごく稀に複数の魔獣が混在している高難易度のダンジョンもある。だが、よりにもよって同族種が二体であった事は、アマンダにとって不運以外の何物でもなかった。

 ウォーターゴーレムは右の剛腕を振り抜き、ダメージを負って身動きが鈍くなっていたライガーを殴り倒した。ライガーはすぐさま立ち上がろうとするが、水の触手に束縛されて身動きを封じられてしまう。


「ライガー!」


 相棒の危機にアマンダは咄嗟に立ち上がろうとするが、折れた骨――どうやら肋骨の一部がやられたようだ――の痛みが足を引っ張り再びしゃがみ込んでしまう。今の攻撃で一人と一匹が離れ離れになった事で人獣一体の効果は途切れ、その力も半減してしまった。

 それを好機と睨んだウォーターゴーレムは、身内の敵を討たんとアマンダを鷲掴みにした。本来の力を発揮できればウォーターゴーレムの束縛など意図も容易く脱せられるが、手負いのアマンダにその力は無かった。


「くっそ……!」


 ウォーターゴーレムはゆっくりと手を伸ばし、悔し気に歪んだアマンダの顔に覆い被せんとする。視界が半透明の掌に遮られ、アマンダはギュッと瞼を固く閉ざした――その時だった。


「コンゴウ!!」


 背後から両手を組み合わせたコンゴウの一撃を受け、ウォーターゴーレムは人型の輪郭を大きく崩した。それと同時に宙に放り出されたアマンダを、咄嗟に駆け込んだ影が寸での所で御姫様抱っこキャッチした。


「……遅い」

「悪いな、こう見えても直帰したんだぜ?」


 アマンダが文句を言うと、フドウは悪びれない笑みを返した。彼女を下ろしている隙にもう一人の仲間であるヤクトとキールも合流し、こうして本来の三獣士の面子が出揃った。


「……で、どうやって戻って来れたのさ? ダンジョンの最下層まで潜ったとすれば、地上へ出るまでに小一時間ぐらいは掛かるんじゃない?」

「転移魔法陣さ」

「転移魔法だって?」アマンダは眉を跳ね上がらせた。「そりゃダンジョンが正常に稼働していればの話だろ? ダンジョンが稼働していない今、転移魔方陣も使用不可なんじゃ……?」

「ああ」アラジンが返答を受け継ぐ。「だけど、幸いにしてヤクト達がダンジョン産の魔石を持っていたんだ」


 転移魔方陣はダンジョンの魔力を狩りて作動しており、ダンジョンが停止している以上は無用の長物となる筈だった。魔力を注いで稼働させるのも手だが、数人を移動させるだけでも膨大な魔力が掛かり、名案とは言い難いものだ。

 そこで役立ったのがヤクト達が手に入れていた魔石だ。これは人切り幽霊を誘き寄せる為に集めたモノだったのだが、その後すったもんだがあって結局使われず仕舞いのままガーシェルの中で肥しとなっていたのだ。

 その魔石の魔力を全て使い切って魔方陣を発動させ、アラジン達は迅速に地上へ脱出する事が出来たのだ。しかし、流石に全員で脱出するには魔力量が足らず、またダンジョンから這い出てきた魔獣を倒す為に温存した方が良いという結論に至り、アラジンとフドウと各々の従魔だけが一足先にダンジョンを後にする事になったのだ。


「成る程、それで戻って来れたって訳ね」

「ああ、それに俺達が一足先に脱出したのも幸いした。外へ出た直後にこの水だ。今頃、ダンジョンの中も水浸しだろうぜ」


 本来、ダンジョンは外の影響を一切受けない特殊な構造となっている。だが、その機能を失った今では只の特殊な構造をした塔に過ぎず、ウォーターゴーレムの水が雪崩れ込んで内部は水没しているだろう。

 だが、幸いにもヤクト達には水棲魔獣であるガーシェルが居る。例えダンジョン内が水没したとしても、ガーシェルのシェルターを使えば余裕で脱出出来るので余計な心配は抱いていなかった。


「ラカムさんは?」

「ヤクト達と一緒だ」アラジンが言う。「あの人も当初は一緒に出ると言ったんだが、まだやってもらう事があるからな。説得して彼等と一緒に行動してもらう事にした」

「そうかい。それじゃ話を戻して――やろうか」


 仕切り直すように振り返ったアマンダ達の目先で、コンゴウに粉砕されたウォーターゴーレムの巨体ゼリーが再結集・再構築を果たした。鉱物で出来た魔獣の筈なのに、此方を見下ろすかのような核は三人に対する恨みを抱いているかのように見える。


「おーおー、怒ってるねぇ」フドウはお道化たように言う。「こりゃ余程の怒りを買っちまったみたいだな、アマンダ?」

「まぁ、相棒をやっちまったしね。起こるのも無理ないさね」

「来るぞ!」


 ウォーターゴーレムは両手に作った握り拳を水浸しになった通路に叩き付けた。それを起点に通りを洗い流すような津波が巻き起こり、そのままアマンダ達を呑み込まんと押し寄せてくる。


「コンゴウ!」

「ウゴ!」


 コンゴウが四本の掌を通路に押し当てると、両脇に聳える建物をも超える岩壁が出現して津波を受け止めた。激しい衝突音を奏でて僅かに身じろぐものの、岩壁は破られず不動を堅持し続けた。


「キール、アマンダとライガーに回復魔法を!」

「わーってるヨ! 愛の暴風ラブハリケーン!!」


 キールの翼から桃色の粒子が凄まじい突風に乗って放出され、アマンダとライガーの身体に纏わり付いた。みるみると身体の傷が修復されていき、やがて両者は身体を動かしたり捩ったりして「うん」と納得したように頷いた。


「OK、問題ないよ」

「よし。丁度向こうさんも岩壁を抉じ開けようとしている所だ」


 まるで欠陥を抱えたダムのように岩壁の表面に亀裂が走り、そこからプシュウッと水飛沫の柱が飛び出した。亀裂が枝分かれするようにつれて水飛沫も増え、遂にはダムが決壊するかのように大量の水が岩壁を壊して雪崩れ込んできた。


「アマンダ! ヤクト! 援護を頼むぜ!」

「「了解!」」


 ヤクトとアマンダは従魔の力を借りて屋根上へと退避し、フドウはコンゴウの肩に乗って相棒と一緒に津波を受け止めた。凄まじい衝撃にコンゴウの巨体が揺さ振られるが、程無くして波を受け止める巌のように安定した。

 そもそもコンゴーレムはゴーレム種の中でも最重量を誇る魔獣だ。ちょっとの――3m以上の高さを持った津波をちょっとと言うのもアレだが――衝撃で倒されるほど軟じゃない。


「来るぜ!」

「うご!」


 押し寄せていた水の一部がウォーターゴーレムに変貌するのを見て、コンゴウは六本の腕を広げて身構えた。水のゴーレムと金剛石のゴーレムが真正面から激突し、互いに受け止めるように取っ組み合う。

 単純な戦闘力と防御力においてはコンゴウの方が圧倒的に上だ。しかし、ゼリー状の体質を持つ上に、オアシスの水という地の利を味方に付けているウォーターゴーレムは極めて厄介な存在であった。

 コンゴウはウォーターゴーレムの背後に六本の腕を回し、万力のように締め上げようとする。しかし、どれだけ圧迫してもゼリー状の肉体が腕に食い込むばかりで、ウォーターゴーレムにダメージを負わせているという実感も手応えも無い。


「やっぱり物理攻撃は分が悪いか!」


 すると、ウォーターゴーレムは人型の体型を解除し、スライムのようにコンゴウの上半身ごとフドウを取り込んだ。まるで深海に引き摺り込まれるかのような圧迫感に囚われ、フドウの生存本能が命の危機を訴える。


(このまま俺達を……いや、俺を溺死させるつもりか! だけどな――!)


 フドウが目配りをすると、コンゴウは身体をバラバラに分解して宙へと舞い上がった。だが、ウォーターゴーレムも獲物を逃したくないという一心でコンゴウの五体に取り付いたままだ。

 まるで水面から顔を出す首長竜のように、ウォーターゴーレムの本体と通りを埋め尽くす水流とを水の尾が連結させる。しかし、これはオアシスという地の利を失わないようにするというウォーターゴーレムなりに考え出した戦術である。

 事実、ウォーターゴーレムの肉体はオアシスの水を吸ってグングンと大きくなっていき、それに伴いフドウとコンゴウに掛かる水圧も増していく。防御力が高く酸素を必要としないコンゴウは兎も角として、酸素を必要とするフドウの負担は高まる一方だ。

 遂にはフドウの肺に残っていたなけなしの酸素が、一塊の気泡となって口から吐き出された。ウォーターゴーレムは勝利を確信し、水圧を高めて一気に決着を付けようとした――その時だ。


緋鳥矢フェニックス!」


 アラジンの矢と一体化したキールが炎のバリスタとなって空を駆け抜け、ウォーターゴーレムを繋いでいた水の尾を切り裂いた。断面部分から夥しい水蒸気が撒き散らされ、下半分は尾の形を維持出来ずバケツを引っ繰り返したかのような通り雨となって街に叩き付けられた。

 自然とウォーターゴーレムの意識はアラジンに向けられた。如何に尾が切断されたとは言え、未だに街を埋め尽くす水の支配権は彼にあるのだ。その事実を証明するかのように、大蛇を形作った水が街中に生え、大口を開けてアラジンに襲い掛かる。

 アラジンは立て続けに矢先から矢尻まで火を纏った魔法の矢を立て続けに繰り出し、その尽くを大蛇の頭に射当てた。矢が命中する度に大蛇の頭が爆ぜ、夥しい水蒸気が撒き散らされる。しかし、直ぐに大蛇は頭を取り戻してアラジンとの距離を詰めんとする。

 その一方的な戦い方にウォーターゴーレムは満足した。それは油断しているという言葉に置き換えても良いと言っても過言ではない。だからこそ、先程水の尾を切断した炎のバリスタ――キールが大きくUターンして迫っていると気付いた時には手遅れだった。


「ホォラ! おかわりだゼぇ!!」


 見惚れるような鮮やかな――されども全てを焼き尽くさんとする炎の翼を広げながら、バリスタは不細工な水球を形作ったウォーターゴーレムに飛び込んだ。冷水の中に熱した岩を落とすかのように、一瞬にして沸点に達した水球の彼方此方から気泡が噴き上がる。


「ガアアアアア!!!」


 ウォーターゴーレムの悲鳴が空に木霊し、大気を震わせる。多少の火なら物ともしないが、自分の身体でもある水分を一瞬で沸点に到達させる高熱ともなれば話は別だ。

 同時に疑問も抱いた。自分の体内には仲間がいるのに、何故敵は平然と攻撃出来るのだ。煮え滾るゼリーの中でウォーターゴーレムは振り返り、そして理由を悟った。バラバラになったコンゴウがフドウを閉じ込めて結界を張り巡らしていたのだ。

 そこで漸くウォーターゴーレムは気付いた。コンゴウがバラバラになって宙へ逃げたのは自分から逃れる為ではない。自分を追い詰める罠の一環に過ぎなかったという事に。

 魔法の効果が切れて本来の姿に戻ったキールがゼリーを突き破って外へと飛び出た。その頃には大半の水分が蒸発しており、残っているのはウォータゴーレムの体積分のゼリーだけだ。

 これ以上、攻撃を受けるのは良くないと判断したウォーターゴーレムは、空中に停滞したコンゴウとフドウを切り離すかのように分離し、湯気を立ち上らせながら真っ逆さまにダイブした。

 どれだけ攻撃を受けようが水さえ補給出来れば反撃の機会は十二分に得られる。だが、そんな考えはアマンダに見透かされていた。ライガーが助走を付けて跳び上がると、アマンダ共々金色の電流を纏って虚空を蹴った。そして天を切り裂く彗星のように放電の尾を描きながらウォーターゴーレムへと飛び込んだ。

 衝撃音と共に稲妻が爆ぜ、天空を金色で染め上げる。方々に四散したゼリーが急速に水分を失うクラゲのように縮れ、やがて四散して空へと溶け込んでいく。そして全ての中心となっていた核も雷撃の逆光の中でホロホロと崩れ落ちて無に還っていった。

 ライガーが屋根上に着地すると電流の鎧が解け、本来の姿を取り戻した。そして背に跨っていたアマンダは振り返り、塵となって消えていく核に微笑みを投げかけた。


「じゃあね、一足先に旅立った兄弟と仲良くするんだよ」


 と、決め台詞を吐いた直後で「……いや、相棒か?」と首を傾げるも、結局は答えを見出せず「まぁ、いっか」と投げ遣りに締め括った。

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