第183話 ネクロマンサー②

 マシンガンのような勢いで撃ち出される聖水の弾丸が只管に群れるしか能の無いアンデッドの群れを玉砕する。既に百近い数のアンデッドを屠っているが、依然として相手の勢いに陰りが訪れる気配はない。


「うおらああああ!!」


 一方で貝殻の上ではヤクトが只管にマシンガンを四方へ乱射し、次々と押し寄せるアンデッド達を成仏させていく。対アンデッド用に作っておいて正解だったと、戦いの最中にヤクトは笑みを溢しながらそう呟いた。がしかし、その笑みは危機的状況から目を逸らす為の強がりや誤魔化しという意味合いがあった。

 既に私の周りには空となったマガジンが十個近く散乱しており、そして今ヤクトは最後のマガジンをマシンガンに叩き込んだ。これが尽きたら通常火器で闘わなければならず、アンデッドに対する優位が一つ失われてしまう。尤も、何百というアンデッドの前では優位もへったくれも有りはしないが。


『ヤクトさん! もしもヤバくなったら私の中に避難して下さい!』

「はっ! アホ抜かせ!」


 私の好意をヤクトは鼻先で笑い飛ばし、手にしたマシンガンを数発噴かせる。撃ち抜かれたアンデッドがゾンビゲームのように次々と倒れ、そして浄化の炎を吐き出して沈黙する。


「“二人が戻って来るまで一緒に持ち堪える”って約束したんや! これぐらいで音を上げてたら男としての面子が丸潰れや!!」


 クロニカルド曰く、ネクロマンサーがアンデッドに(簡単な)指示を出すとすれば、目立つ標的を襲うよう命じる筈とのことだ。そして仮に私達を狙っているのだとしたら、標的として挙げられる可能性が高いのは他ならぬ私だ。

 なので、私とヤクトはアンデッドの軍勢を引き寄せる為の囮として沼地に残り、角麗とクロニカルドはアンデッド達を操っているネクロマンサーを倒すべく、沼地の奥から続く死者の川を遡っている最中だ。

 戦力は半減してしまったが、ネクロマンサーを倒さない限り戦いに終わりが来ないので致し方無しだ。


「っと、これで撃ち止めや!」


 威勢よく鳴り響いていた銃声がパタリと止まり、ヤクトが手にしていたマシンガンの銃口からカチカチッと撃鉄が無を叩く虚しい音が吐き出される。それを懐に仕舞い込むと、今度はシェルターから引っ張り出していた火炎放射器を素早く背負い込んだ。


「まだまだ粘るで! ガーシェル!」

『了解しました!』


 複数生み出された聖水の丸鋸が甲高い唸りを立て、アンデッドの腐れ果てた肉体を易々と両断する。そしてヤクトの火炎放射が押し寄せる死人達を片っ端から焼き払い、周囲に焼け焦げた腐肉の嫌な匂いが漂う。


 まだまだ戦いは長引きそうだが、今は仲間を信じて耐える他ない。そう自分に言い聞かし、私はアンデッドとの戦いに意識を専念させた。



 まるで木から木へ飛び移るように、角麗は瘴気に満たされた暗闇を蹴りながらスイスイと沼地の上空を跳躍していた。クロニカルドがかけた魔法――空中浮遊――の恩恵も然る事ながら、まるで水を得た魚のように素早く移動が出来るのは彼女自身の高い身体能力のおかげだ。


「クロニカルド殿、大丈夫ですか?」


 そう言って角麗はチラリと視線を小脇に落とし、そこに挟み込まれたクロニカルドを見遣った。間違って落とさないよう至極大事そうに抱えられているが、それが却って嫌なのか当人は釈然としない不機嫌面を滲ませていた。


「やれやれ、致し方ない事だと自分に言い聞かしていたが……やはり、この持ち方は甚だ不本意だな。己の尊厳が大いに傷付けられる」

「仕方ありませんよ」角麗が困ったような苦笑を忍ばせ、精一杯のフォローを入れる。「現状では時間が惜しい上に、二人揃って素早く移動するには他に方法がありません。何よりも、こうすればクロニカルド殿の魔力も大幅に節約出来ますからね」

「うぅむ……」


 角麗の意見に一理あると頭では理解しているものの、それでも個人的な感情に置き換えると甚だ不服らしい。クロニカルドは渋い表情のまま口籠り、そして諦めたように眼下に広がる沼地に目線を落とした。


「むっ、角麗。アレを見ろ」

「え?」


 クロニカルドに呼び掛けられて足を止めた角麗は、井戸の底を覗き込むかのように凝らした目線を沼地に投げ落とした。

 暗闇に沈んだ沼地には紺色のローブを羽織った男が佇んでいた。また彼を取り囲むように6体のデスナイツが配されているが、男に襲い掛かる気配は見受けられない。寧ろ、その真逆で男を守護しているかのように見受けられる。


「アレがそうでしょうか?」

「間違いないだろう。アンデッド系魔獣の最上位に当たるデスナイツが生きた人間を無視し、剰え守ろうとしているのだ。常識では考えられん」

「では、アレを倒せば良い訳ですね」


 角麗が身体の角度を変え、今にも急降下爆撃機のように突っ込みかねない姿勢を作る。が、いざ空を蹴ろうとした寸前でクロニカルドに呼び止められた。


「待て。アレを相手に真正面からぶつかり合うのは悪手だ。ネクロマンサーは直接戦闘を苦手とするが、だからこそ罠を張り巡らしているかもしれん」

「では……?」

「此処は二手に分かれるのが最良であろう。貴様は一足先に地上へ降り立ち、己の合図を待て」

「合図?」

「空中から強大な魔法を仕掛けて奴等の意識を此方に引き寄せる。その隙にネクロマンサーを鎮圧するのだ。アレさえ潰してしまえば、周囲のデスナイツは無視しても構わん」

「分かりました」

「それと貴様に幾つかの強化魔法を施しておく。ここまですれば大丈夫かもしれんが……万一の場合は己が奥の手を使う」

「奥の手……と言いますと?」

「説明すれば長くなる。今は口よりも手足を動かす事に集中しろ。そして己を信じてれば問題は無い」


 そう言うとクロニカルドは角麗に向けて掌を掲げ、複数の強化魔法を唱えた。角麗の身体のラインに沿って、赤や緑などの魔力のオーラが膜のように張り巡らされる。そして最後の魔法が唱え終わって準備が完了すると、角麗は静かに沼地へと降下し始めた。

 角麗の姿が沼地に這い蹲る暗闇に溶け込むのを見届けた後、クロニカルドは頭上からローブの男を見下ろした。男は詠唱に専念しているらしく、此方の存在に気付いていないみたいだ。

 やがて地上に降り立った角麗は男との距離を400mにまで縮める。それ以上縮めようとすれば、恐らく周囲に配置されたデスナイツに勘付かれてしまう。が、一瞬の隙さえ見出せれば奴等の虚を突くのは造作もない。

 そして角麗がチラリと此方を見上げて準備が出来た旨を視線で訴えると、クロニカルドは魔法を展開した。


「聖魔法『龍星群ドラゴンスター』!」


 天使の輪を彷彿とさせる神々しい輪っかが沼地の頭上に現れ、デスナイツだけでなくローブの男も思わず天空を見上げる。そして輪っかの中で星々の輝きにも似た煌めきが生まれたかと思いきや、それは無数の流星となって地上に降り注いだ。

 流星が沼地に叩き付けられ、凄まじい衝撃で泥土が爆ぜる様は絨毯爆撃そのものだ。デスナイツ達は左手に備わった巨大な盾で次から次へと降り注ぐ流星を受け止め、ローブの男も自分の頭上に結界を張って爆撃から身を護る事に専念せざるを得なかった。

 しかし、それによって相手の意識は完全に天空へ縫い付けられた。それを確認した角麗は、意を決して光の爆撃の中へと飛び込んだ。並大抵の人間ならば飛び込むのも躊躇してしまいそうだが、角麗は自身の動体視力と身体能力に多大な自信を持っていた。それに加えてクロニカルドから様々な強化魔法を授かっている。

 結果、彼女は硬質化した星々のシャワーを難無く擦り抜け、その場に縫い止められたデスナイツを置き去りにし、一気にローブの男との距離を狭める。

 ローブの男も途中で角麗の存在に気付くも、その距離は目と鼻の先という対処のしようが無い程にまで近付いていた。しかも、彼が重点的に貼っている結界は頭上のみであり、側面はガラ空きであった。

 そして男の背後に回り込んだ角麗は、相手の首筋に鋭い手刀を叩き込んだ。どんな魔法使いであれど、(強力な呪術に近い性質を持たない限り)意識を奪ってしまえば発動中の魔法の効果は失われる。

 そんな角麗の目論見通り男がグラリと前のめりに崩れ落ると、デスナイツの動きも鈍くなった。角麗の脳裏に勝利の二文字が過ったのも束の間、男の首がぎゅるんと180度捩じれて背後に立つ彼女を睨み付けた。


「な!?」


 角麗は驚愕を露わにした。但し、その驚愕は自分の攻撃を受けて気絶しなかったからではない。180度捩じれた男の眼がアンデッドと同じ、血のような赤に染まっていたからだ。


(このローブの男が本物でないとすれば……コレは罠! しまった!!)


 己の失態に気付いて飛び退こうとした瞬間、足元の泥濘から鋭い爪を生やした無数の手が飛び出て来た。そして沼地から現れたのは、貞子のように長髪のベールで顔を覆い隠した女ゾンビ達だった。

 その腕は通常の人間と比べて関節が一個分長く、おまけに肩甲骨や腰部にも継ぎ足されている。計六本の腕を見ると昆虫を……いや、足も含めれば蜘蛛を彷彿とさせる。

 とは言え、それが数人程度ならば角麗も難無く振り払えただろう。しかし、沼地に這い上がってきた異形達の数はあっという間に百を超え、圧倒的な物量で彼女を押し潰さんと餌に集まる蟻のように群がる。


「角麗!」


 ゾンビの群れに呑み込まれた彼女を助けに向かおうと、クロニカルドが動き出そうとした時だった。背後からチリッとした嫌な気配を感じ、咄嗟に振り返るのと同時に防御結界を張り巡らした。

 直後、巨大な鎌が結界に激突し、甲高い金属音が鳴り響く。そして完全に振り向いた先には、ローブ姿の男が鎌を振り抜いた格好で空に浮いていた。その周囲にはスケルトンバルチャー骨鷲を数体ばかし付き従わせている。


「成る程、貴様が本命のネクロマンサーだな」

「奇妙でふざけた恰好をしているが、私の眼は誤魔化せんぞ。その小さな本の体に人間の魂を閉じ込める高度な魔法技術、そして先程の強大な聖魔法を見るに……貴様、只者ではあるまいな?」

「ほぉ、己の真価を見抜くとは……それだけでも称賛に値する。が、奇妙でふざけたは余計だ」


 そう言うやクロニカルドは素早く腕を縦に振り抜いた。描いた弧に沿って空気の刃が繰り出され、ローブの男に命中して袈裟切りにされたかのような傷跡が刻み込まれる。が、命中したはずなのに一瞬にして傷が消え、傍に居たスケルトンバルチャーが何の前触れも無くバラバラに砕け散った。


「……身代わりの魔法か」

「話が早くて助かる」ローブの男がニヤリと笑みを深める。「その通りだ。私に瀕死の重傷を負わそうとも、此処にスケルトンバルチャー達が身代わりになってくれる」

「ふんっ、ネクロマンサーらしい手法だな。命を徹底的に利用し、自分の利益のみを追求する。魔導士の片隅にも置けん」

「その魔導士の片隅にも置けない輩に追い詰められているという自覚はあるのか? 無礼な口を叩けば、貴様の仲間なんぞ私の命令一つであっという間に潰せるのだぞ?」


 そう言って男はちょいちょいと人差し指を下に向け、角麗に密集し過ぎて小高い丘のように膨れ上がっているアンデッド達の群れを指示した。クロニカルドは苦々しい表情をネクロマンサーに突き付けたが、相手にとっては却って満足だったらしく勝ち誇った微笑を返されてしまう。


「……で、貴様の目的は何だ? 途中で遭遇した獣人やドワーフみたいに我々を蹴落とす事か?」

「獣人やドワーフ?」何だそれはと言わんばかりに口元を歪めるも、直ぐに思い出したように男は笑みを閃かした。「ああ、奴等か。確かに奴等を蹴落としたのは我々だ。事を有利に運ぶ為には、ライバルに成り得るハンターを潰すのが近道だからな。しかし、貴様達の場合は少し事情が異なる」

「何だと?」


 クロニカルドが片眉を跳ね上げると、ネクロマンサーは笑みをサッと掻き消して感情を抹殺したかのような無表情で問い掛けた。


「一緒に居た子供は何処だ?」


 事情を知らなければ『何故にアクリルを?』と疑問に抱くところだが、彼女と長旅をしているクロニカルドは今の一言でピンときた。


「成る程、アクリルを狙う輩から差し向けられた刺客……という訳だな。で、一体何者なのだ。その依頼を出した愚かな輩は?」

「生憎だが、そこまでは教えられん。そして今度は貴様が私の要求を受け入れる番だ。答えろ、子供の居場所を」

「……仮に居場所を言った所で、貴様が子供を手に入れられるとは限らんぞ」


 言い訳がましくクロニカルドが反論するも、男は嘲笑うような笑い声で彼の言い分を払い除けた。


「ハハハハ、分かっていないな。この階層はアンデッドの楽園だ。それはネクロマンサーを極めた私にとって独壇場であると言っても過言じゃない。それにダンジョン内ならアンデッドは無限に生み出される。貴様が勝てる確率は万に一つも無いのだ! それが分かったらさっさと子供の居場所を教えろ! さもなければ味方をブチ殺すぞ!!」


 ネクロマンサーが改めて地上を指差す。今は不気味なまでに動きが止まっているが、ネクロマンサーの言葉一つで動き出すのは目に見えている。クロニカルドは沼地を見下ろしながら、重い溜息を吐き出した。


「仕方あるまい……これ以上は無駄か」


 クロニカルドの呟きを耳に拾い上げた途端、男はフッと口角を釣り上げた。拍子抜けしてしまう程にあっさりと敗北を認めたクロニカルドに対して他愛もないと内心で嘲笑う。そして勝利の愉悦を噛み締めようとした時、クロニカルドが口を開いた。


「角麗、もう良いぞ。そいつらを吹き飛ばせ」

「何?」


 沼地に群がるアンデッド達の中心から黄金色に輝く光の濁流が巻き起こり、次の瞬間には爆発にも似た凄まじい衝撃が彼等を吹き飛ばしていた。そして光の爆心地から現れたのは、黄金色に輝く闘気を全身に纏わせた角麗であった。


「はああああ!!!」


 角麗が正拳突きを繰り出すだけで衝撃波の大砲が撃ち出され、正面に居合わせたアンデッドの群れを意図も容易く粉砕する。そのまま立て続けに鋭い回し蹴りを繰り出せば、まるで剣豪が編み出したかのような斬撃を纏った衝撃波が、後背のアンデッド達を


「な、何だと!?」

「仲間を甘く見て貰っては困るな。そもそも一対一タイマンで力を発揮すると言われる格闘家を、何故なにゆえに無数のアンデッドで守られているであろうネクロマンサーの元へ連れてきたのかを深慮すべきだったな。これが答えだ。アレは単なる格闘家とは一味も二味も違うのだ」

「ぐっ!」


 形勢逆転するや、ネクロマンサーは再び鎌を振り抜いた。が、その寸前でクロニカルドがサッと後ろへ飛び退いた為、鎌はブゥンッと空振りの音を奏でて通り過ぎていく。


「そしてネクロマンサーは総じて近接戦闘を不得手とする。これは戦闘の大部分を死人アンデッドに頼っているからだ。これ見よがしに禍々しい武器を振り回すネクロマンサーも居るが、大抵は見掛け倒しのコケ脅しに過ぎん」

「くっ! バカにするな!」


 ネクロマンサーが大鎌を放り捨てると、手放されたソレはシュンッと音を立てて掻き消えてしまう。しかし、クロニカルドは武器の行方など興味が無いと言わんばかりにネクロマンサーを見据え続けていた。


Appel mort est m死は死を呼びort, un cadavre gonfl、骸は膨れ上é, finalement, il y がり、やがてa un démon puissant 其処に強大なet apparaissent !魔が現れる! Mon je veux !我が求めに応じよ!


 そう宣告した途端、ネクロマンサーの支配下にあったスケルトンバルチャー達がトチ狂ったかのように一ヵ所に集まり出した。骨と骨が激しくぶつかり合い、砕ける音を立てながら結合されていく。いや、その様は結合と言うよりも吸収や融合という表現が似合いそうだ。

 そうして無数に存在したスケルトンバルチャーは、あっという間に一体の巨大な骨の怪鳥へと生まれ変わった。スケルトンドラゴンも凄まじい迫力を秘めていたが、此方も中々どうして……とクロニカルドが感慨深い眼差しを投げ掛けていると、ネクロマンサーの高笑いが飛んできた。


「ははははは! 見たか! ネクロマンサーは死体を操るだけが全てではない! 死体の合成及び融合によって更なる強大なアンデッドを作り上げる! これこそがネクロマンサーの真骨頂よ!」

「デスバードか。確かに立派なアンデッドだ。此処まで巨大なアンデッドを使役するネクロマンサーも錚々居らんだろう」

「ふははは! 理解が早くて実に助かる! 如何に強大な魔法を繰り出せる貴様であっても、魔法耐性を有しているデスバードには―――」

「しかし、貴様は一つだけ大きな過ちを犯している」


 クロニカルドが人差し指を掲げて指摘すれば、それまで饒舌に喋っていた男はピタッと口を止めた。


「どの戦闘職にも相性の良し悪しがある。魔法使いは剣士を苦手とし、剣士は盾使いを苦手とし、盾使いは魔法使いを苦手とするように。

 では、ネクロマンサーが最も苦手とする職種は何だ? 近接戦を得意とする格闘家か? 聖魔法を繰り出す聖職者か? 確かにどちらも苦手だろうが、一番苦手とする職種は―――自分よりも優れたネクロマンサーだ」


 そう告げてクロニカルドがパチンッと指を打ち鳴らした途端、彼を中心に不可視の波紋が広がっていく。やがて波紋が通り過ぎるとデスバードは主人に見切りを付けたかのように彼の傍を離れ、そのままクロニカルドの方へと寄り添った。


「な、何だと!?」


 その行動はデスバードが生みの親であるネクロマンサーを裏切ったに他ならない。ネクロマンサーは何度もデスバードを呼び戻そうとするも、怪鳥は聞く耳持たずと言わんばかりに一向に靡こうともしない。


「な、何故だ……!?」

「ネクロマンサーとしての技量の差……という所だな。アンデッドに知能と呼べるものは存在しない。しかし、存在しないからこそ些細な情や矜持に縛られない。そして単純な力の優劣だけで、己が付き従うべきネクロマンサーを選ぶという訳だ」


 クロニカルドは淡々と然もありなんと口にするが、ネクロマンサーからすれば驚愕以外の何物でもない。

 彼にとってネクロマンサーの肩書きは唯一にして絶対であり、例え同職の人間が居ても後れを取る筈がないという苛烈な自負を持ち合わせていた。それが根底から打ち崩されたのだから、受けたショックは想像を絶するものであったのは言うまでもない。


「くそ!」


 毒づいた男は咄嗟に掌を掲げると、手の中心部から眩い光が放たれた。あくまでも目晦ましが目的らしく、視界が光に塗り潰される以外に苦痛らしいものは一切感じられなかった。そうしてクロニカルドの視界を封じた隙に、男は急降下して沼地の暗闇に溶け込んで彼等の追撃を躱そうと試みた。


「ふっ、愚か者め。そのような目晦ましがアンデッドに通用する筈が無かろうが……」クロニカルドは片腕で閃光を防ぎながら、デスバードに指示を飛ばした。「行け、貴様の元主人を生け捕りにするのだ」


 そう言うやデスバードは翼の骨格を広げ、沼地へ逃げようとしていたネクロマンサーを追い駆けた。

 男も頭上から押し潰さんばかりに迫ってくる怪鳥の存在に気付いて表情を強張らせる。が、魔法の補助で空に浮いているのもやっとな自分と、飛行を得意とするデスバードとでは、どちらが有利なのかは言うまでもなかった。

 あっという間に追い付いたデスバードは芋虫を啄むようにネクロマンサーを咥えると、そのままサッとUターンを描いてクロニカルドの方へと舞い戻っていく。


「き、貴様は……一体何者なのだ!?」


 デスバードに咥えられた男は、声を震わせながらクロニカルドに問い掛ける。クロニカルドは『答える義理など無い』と告げて突っ撥ねようかとも考えたが、勝者が敗者に誇り高き名を告げるのも一興と考え直して口を開いた。


「クロニカルドだ。クロニカルド・フォン・ロイゲンタークだ」


 その名前に聞き覚えが無いのか、それとも自分以上のネクロマンサーの存在に慄いているのか、男は呆けたようにぽかんと口を開けたまま硬直してしまう。暫しの間を置いた後、クロニカルドは気を取り直したように質問を投げ掛ける。


「さて、状況は逆転したな。今度はこちらの質問に答えて貰おうか。貴様達の目的がアクリルなのは分かった。貴様達の規模人数、仲間の名前と特徴と職種、そして雇い主の事も教えて貰おうか。ああ、安心しろ。例え貴様が黙っていても、その頑丈な口を割る方法は幾らでもある」


 ニタァ……と不敵な笑みを浮かべながら上目遣いで見上げれば、男がゴクリと固唾を飲み込んだ。


「さて、どうする? 自分の意思で喋るか? それとも暗示で掛けた方が良いか? それとも己の支配下にあるアンデッド達にじわじわと嬲られ、苦痛に悶えながら口を割らされたいか?」


 そう脅しを掛けるとデスバードの嘴に力が籠り、男の身体をギリギリと万力のように締め付ける。そこで男の心身は音を上げ、とうとう降参の意を示した。


「わ、分かった! 話す! 仲間の事も、雇い主の事も! だから―――」


 と、男が命乞いをし始めた――その時だった。沼地の何処かから打ち上げられた二つの熱線レーザーが、ネクロマンサーとデスバードを貫いたのは。


「何!?」


 クロニカルドがそれに気付いた頃には、既に両者は熱線によって齎された業火に包み込まれていた。やがてデスバートとネクロマンサーは一塊の火球となって沼地へと落下していく。クロニカルドは慌てて足元に広がる沼地を見回したが、何処を見遣っても視線の矢は夜の暗闇に吸い込まれるばかりであった。


(ネクロマンサーのみを狙い、己を狙わなかった……つまりは口封じが目的か?)


 だとしたら追撃は来ない筈だが、万が一に備えて周囲を警戒しながらゆっくりと降下していくクロニカルド。やがて沼地に林立する枯れ細った木々の背丈を下回った頃、沼地に目を遣れば粗方のゾンビを片付けて此方に手を振る角麗と目が合った。

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