第167話 選抜試験④

「ライガー! テメーは何時も通りにヤレ! コンゴウ! オメーは援護にマワレ!!」


 私達の攻撃を警戒してか、それとも味方の攻撃に巻き込まれないよう配慮したのか。宙高くへ舞い上がったキールが頭上から支持を飛ばせば、ライガーとコンゴウがそれに応じて動き出す。

 最初に動き出したのはコンゴウだった。その場でジャンプして地面に着地しただけで、空間内が激しく上下に揺れる。強烈な地震に襲われて身動きが取れなくなった私達を余所目に、ライガーは蒼い体毛に電流を這わせながら自慢の俊足で迫って来た。


「いかん! ガーシェル!! 全員を非難させろ!!」

『了解しました!』


 危機を察知したクロニカルドの言葉に反応し、私は素早く仲間達を触腕で絡め取ってシェルター内へ避難させた。直後、間合いに飛び込んだライガーは体内に溜め込んだ電撃を一気に外へと放出した。

 プラズマボールのようにライガーを中心にして放出された電流の蔓は無作為に暴れ回り、彼の周囲には落雷で穿たれたような痕跡が無数に作られていた。そして言うまでもなく、電流の猛威は私の身にも苦痛ダメージを与えていた。


『く……!!』


 硬い貝殻で耐え切れるかと期待していたのだが、流石に電撃に対する耐性を持っていないせいか普通にダメージを受けてしまった。その証拠にドームに入る前に散布された霧が変色し始めた。が、色は軽傷を意味する緑色で重傷の赤には程遠い。

 この電撃攻撃を耐え凌げばカウンターも不可能ではない……そう思っていた矢先、コンゴウが甲高い雄叫びと共に前進を開始した。


「グオオオオ!!」


 電撃に対する耐性を持っているのか、それとも極めて高い防御力を有しているからか。ライガーが生み出した電撃ドームに平然と足を踏み入れたコンゴウは、私の目と鼻の先まで接近すると六つの掌を掲げた。それぞれの掌に浮かび上がった魔法陣の輝きが私の貝殻を照らし付けた瞬間、ミシミシという嫌な音が鼓膜を叩いた。


(貝殻が圧を受けている!? もしかして重力魔法というヤツか!? これは……ちょっとまずいか!?)


 私の危惧に呼応するかのように周囲の霧が徐々に緑から黄色へと変色し始めた。この霧がダメージを吸収しているおかげで苦痛は感じないが、もしもコレが無ければ相応の痛みを味わっていたに違いない。

 取り合えず私は沈着と堅牢の防御力向上スキルを発動させ、コンゴウの重力魔法による圧に押し潰されないよう対抗した。幸いにも効果はあったらしく、徐々に変色しつつあった霧の色がスキル発動と同時に停止した。

 だが、あくまでも最悪に歯止めを掛けただけだ。発動させたスキルが止まってしまえば、再び現状は最悪に向かって歯車を回し始めるのは明白だ。そうなる前に少しでも状況を改善マシにしなければならない。


針山スパイクマウンテン!』


 鋭利な岩の剣山が天を突き刺さん勢いで私の足元から飛び出し、まるで水面に小石を投げ込むかのように波紋状に広がっていく。ライガーは押し寄せてくる岩棘から逃げるように距離を置き、コンゴウは岩棘の直撃を受けるもバランスを崩す程度で大したダメージを与えられなかった。

 しかし、この一撃によって両者は攻撃の手を止めざるを得ず、その隙に私は地中に潜航して身を潜めた。余り深く潜航すると撤退と見做される恐れもあったので、深過ぎず、しかし発見され辛い位置に留めておいた。

 地中に引き籠った後、ビーコンを飛ばしたり意識を地上へ向けたりして相手の動向を探ってみるが……ライガーはウロウロと縄張りを持つ犬のように歩き回り、コンゴウに至っては銅像のように動く気配すら見当たらない。

 何かを仕掛けてくる気配もないということは、此方の出方を窺っているのだろうか? 確かに今の私達では、三獣士の従魔達と戦うには力不足かもしれない。それは戦力のみならず、経験の差も含めてだ。しかし、このままむざむざと引き下がる訳にもいかない。


(さて、どうしましょうか……)

(おい、ガーシェル!)


 自分の考えに耽っていた矢先、体内シェルターから私を呼び掛ける仲間の声が聞こえてきた。それに反応してシェルターへ意識を向ければ、シェルターの天井辺りを揃って見上げるヤクト達の姿があった。


『どうしましたか?』

(どうもこうもあらへん、作戦会議や)

(その通りだ。あのまま正面からぶつかっても勝機は見い出せん。となれば、こちらも策を講じる必要がある)


 クロニカルドの言葉に角麗も同意を込めて頷く一方で、アクリルは皆の会話を視線で追い掛けるだけだ。幼子には似合わない気難しい顔こそ作っているものの、ヤクト達の話題に共感しているのか、それとも小難しい話題に付いて行けないのかまでは読み取れない。


(あのゴーレムは無視すべきでしょうね。アレの防御力を突破するだけの力は、今の私達にはありませんからね)

(同感だ。となれば、残るは二匹だが……片や空中から此方の動向を窺い、片や俊足で捉え辛い。どちらを選んでも苦戦は必至だな)

(一対一になれば多少は遣り合えるんやろうけど、その前に三匹の連携を崩さなあかんしなぁ……)


 三獣士の従魔と戦った経験を基に各々の考えを述べるも、どれもこれも相手の長所ばかりに目が行ってしまい弱点を見出す事も出来ない。打つ手は無いのかと誰もが沈黙に沈み掛けた矢先、それまで会話の輪に加われなかったアクリルが口を開いた。


(じゃあさ、三匹一遍に倒しちゃえば良いじゃないのかな?)


 その発言に私を含めた全員の視線がアクリルに集中する。クロニカルドは無謀を嗜める呆れた眼差しを、角麗は空気を読まない子供の無邪気さに苦笑いを。そしてヤクトは――何かを閃いたかのようにハッと目を見開いた。


(なぁ……ちょっと思い付いたんやけど、少し耳を貸してくれへんかな?)


 そう切り出したヤクトに全員の視線が集中した。



 ヤクト達がガーシェルに引き籠り、更にガーシェルが地中へ引き籠ってから数分余りが経過した。只でさえ短気なアマンダは腕組みした指をトントンと叩き、事態が進まない事に対して苛立ちを覚え始めていた。


「……良いのかい? このまま何もしないで?」


 従魔達が居る方角を不機嫌な面構えで睨んだまま、彼女は右隣に立つフドウに尋ねた。彼女の口調から苛立ちの度合いを肌で感じ取ったフドウは、「ああ」と告げつつも彼女の方に振り返りもしなかった。


「これはあくまでも試験なんだぜ? 此方が全力でやっちまったら、合格者なんて出やしねぇだろ? 此処は相手に華を持たせる心積もりで挑むのがベストってもんだろう」

「やれやれ、アタイだったら待ち切れずに地面を掘り起こしているよ。ってか、もしかして撤退したんじゃないだろうね?」

「そりゃないだろ。仮に撤退したのならば、空間を作っている魔道士から報告がある筈だ。それに従魔達も警戒しているってことは、地中に引き籠って何かを企んでいるって証だ」


 そう言うとフドウは楽しげにニヤリとほくそ笑んだ。相手に華を持たせるだのと自分で言っておきながら、本心では彼等との戦いを楽しんでいた。その戦いに自分達も参加出来れば尚楽しいのだろうが、今回ばかりは彼も自制心を優先させた。


「なぁ、少し良いか?」


 と、そこで今まで沈黙していたアラジンが口を開いた。奥手で引っ込み思案な彼が積極的に会話に参加する事自体が珍しく、直ぐに二人の視線は発言者の方へと向けられた。


「どうしたのよ、アラジン? アンタが自分から口を開くなんて、天変地異でも起こるんじゃない?」

「い、いや……別に大した事じゃない。例の件についてだ」

「例の?」一瞬だけ訝しい顔を作るも、直ぐにアラジンが言っている例の件を思い出すフドウ。「ああ、アレの事か。まだウジウジ悩んでいたのかよ? 俺は気にしてないって何度も言ったじゃねぇか。アマンダもそうだろ?」

「フドウの言う通りだよ。アタイも反対しないよ」

「だが―――」


 尚もアラジンが食い下がろうとした時だった。地震のような地響きがやって来て、次いで地中で爆弾でも爆発したかのような轟音と共にライガーの付近で大量の土砂と粉塵が舞い上がった。

 振り返れば土砂が巻き起こった中心部分には見覚えのある貝の姿があり、それを目にしたアマンダはニヤリと待ち侘びた歓喜の笑みを浮かべた。


「漸くかい! ライ―――っと、命令しちゃ駄目だったんだね。ついクセで彼是言いたくなっちまうよ」

「気持ちは分からんでもないが、今日ばかしはアイツらに任せてやんな」


 と、二人の意識はあっという間に再開した戦いへと釘付けられ、その一方でアラジンは会話を中断させられた上に続きの台詞を告げるタイミングを見失い、安堵とも途方に暮れるとも取れる複雑な面立ちで正面へ振り返った。



「おい、オメェラ! 気を抜くんじゃネェゾ! 次に何かを仕掛けてくるのは明白なんだカラナァ!!」


 キールは燃え盛る炎の翼をハチドリのように激しく羽搏かせ、滞空を維持したまま空中から仲間と敵の動きを観察していた。ライガーは粉塵が舞い上がる中心から距離を置き、コンゴウも用心深く身構える。

 一見すれば二匹がキールの命令に従って動いているかのようだが、実際に従っているのかと問われれば答えは否だ。実はキールの台詞は独白のソレに近く、全くと言っても良い程に意味を成さない。

 即ち、彼等は各々の判断で動いているだけであって、そこに上下関係などは存在しないのだ。にも拘らず巧みに連携出来ているのは、偏に長年の付き合いで身に付いた習慣とも呼べる賜物であった。


 話を戻して粉塵が治まると、その中心部分にはヴォルケーシェルガーシェルの姿があった。諦めて地上に出て来たか……とキールが答えを弾き出そうとした時、意外な出来事が起こった。

 最初のガーシェルが地上へ飛び出してから程無くして、今度はライガーの真後ろに第二のガーシェルが、続けてコンゴウの傍に第三のガーシェルが出現したのだ。これにはキールも思わず「ハァァ!?」と素っ頓狂な悲鳴を上げてしまう。

 その後もガーシェルは増加の一途を辿り続け、最終的にキールの眼下には20匹ないし30匹のガーシェルで溢れ返った。ライガーは双頭を忙しなく動かして周囲を警戒し、コンゴウは踏み場を失った足元に戸惑っている様子だ


(オイオイオイ!? 何だコリャ!? たかが貝の魔獣がスライムのようにポンポンと増殖できるなんて話は聞いてネェゾ!?)


 と、当初は困惑を露わにしていたキールだったが、程無くして違和感に気付いて表情を改めた。


(いや、ちょっとマテヨ。それにしちゃ動く気配はおろか、生物としての気配が無さスギル。もしかして、アリャ岩魔法で作られた偽物カ? そう考えれば急に多数出現したのも頷ケル。だったら、あとは本物をいぶり出せば良いだけの話じゃネェカ!)


 そう判断するやキールは急降下し、手当たり次第にガーシェルに似せた鉄の塊に向けて火炎放射を浴びせ掛けた。すると偽ガーシェルは飴細工のようにどろりと溶け出し、やがて原型の留まらない鉄塊と成り果てた。

 コンゴウもキールに倣ってガーシェルの銅像を手当たり次第に破壊し始めた。踏み付け、殴り潰し、一切の反応が返ってこないヤツは外れと見做して次へ移る。そうして7体目の銅像を叩き潰そうと拳を振り下ろした時、銅像の貝殻に魔法陣が浮かび上がった。

 それに気付いたコンゴウは拳を止めようとしたが、既に振り抜かれていたソレを完全に制止するのは不可能であった。結果、寸止めで抑えようとした拳はコツンッと微かな音を立てて銅像に触れてしまう。

 刹那、銅像にある九つの火口から膨大な量の水が激流さながらの勢いで噴き出した。それらは意思を持った蛇のようにコンゴウの巨体に蜷局を巻き付け、そのまま巨大な水牢へと発展して相手を閉じ込めてしまう。

 当然ながらコンゴウは水牢を打ち破ろうとして六つの巨腕を振り翳すが、明確な形を持たない水に力技が通用する道理がある筈もない。やがて水牢を形成する水流は、勢いを増して白い螺旋を描き、コンゴウの巨体を隠してしまった。


「チィ! トラップまで仕掛けてあんのカヨ!!」


 コンゴウの末路を目にしたキールは、即座に空中へと舞い戻る。そして仲間を救出すべく水牢目掛けて業火の竜巻を放ったが、キールの技を以てしても水の渦を打ち破る事は叶わなかった。


「カァー! 焼け石に水じゃなく、大海に焼け石じゃネェカ!!」


 自分の攻撃は通用しないのは癪だったが、冷静に考えればコンゴウが水牢で倒される可能性は低いを通り越してゼロだ。ゴーレム種はあくまでも岩の人形であり、酸素を必要としない。つまり、今は行動不能に陥っている状態だが、後々になってコンゴウが復活するチャンスは十分に残っているのだ。

 その可能性に懸けたキールは、未だ無傷のライガーの方へ目線を送った。偽物のガーシェルにトラップが仕掛けられていると分かったからか、狼系魔獣ならではの嗅覚を最大限に活かして本体を探すという方法に切り替えていた。

 そして慎重に偽ガーシェルの間を潜り抜けていくと、二つの鼻が何かを感知したのかヒクヒクと動き出した。それぞれの方位に双頭を向けながら匂いの出所を探り、やがてハサミを閉じるかのように双頭の眼差しは一点に統合される。


「あれカ!!」


 ライガーが見据える先にあるガーシェルを発見するや、キールはソレ目掛けて急降下爆撃のように直上から突撃した。ライガーも自分の鼻に絶大な信頼を寄せているらしく、何の疑いも抱かずに真っ直ぐ標的へ迫っていく。

 そして速度に勝るライガーが接近戦の間合いへ一足早く飛び込み、先手の権限を獲得するかに思われた――その時だった。ライガーが地面を踏み付けるのと同時に、魔法陣の煌きが足元に浮かび上がったのだ。まるで地雷のように。


「偽物だけでなく、そっちにもトラップかヨォ!?」


 キールが声を上げる直前、足元に仕掛けられたトラップに気付いたライガーは素早く跳び上がって魔法陣から離れようとした。が、足を浮き上がらせた直後にライガーの身体は不可視の力――重力魔法――によって地面に縫い付けられた。

 更に魔法陣の下の地面が多量の水を含んだ泥沼となり、二つの魔法の相互効果によってライガーの身体はズブズブと呑み込まれるように沈んでいく。


「グルルル……! グオオオオオオン!!」


 全身から稲妻を放出して泥を弾き飛ばそうとするも、直ぐに新たな泥が流入してライガーに覆い被さって来る。そのままライガーは鼻先を残して地面に沈み切ってしまい、行動不能に陥ってしまう。


「チクショウ! よくもやってくれた―――」


 と、攻撃のバトンを託されたキールが魔法を撃ち出そうとした時、本物の右隣にある偽物に突如亀裂が走った。そしてガラガラと音を立てて崩れ落ち、中からバズーカを肩に担いだヤクトが現れた。


「ナニィ!?」


 キールが驚きの声を張り上げた直後、轟音と共にバズーカの砲口が火と煙を吐き出した。砲弾は白煙の尾を引きながら上昇し、急降下しつつあるキールと一騎打ちするかの如く真正面から襲い掛かる。


「チィ!」


 舌打ちと共にキールが咄嗟に身体を捩った直後、彼の背後スレスレを砲弾が通り過ぎていく。回避に成功してホッと安堵したのも束の間、まるでタイミングを見計らっていたかのように砲弾が自爆し、内部に満載されていた灰色の液体が燃え盛る翼に浴びせ掛けられた。


「ゲェ!? 何だコリャ!?」


 鼻を突き刺すキツい匂いにキールは顔を顰めるが、直ぐに液体の効果が目に見えて現れ出した。液体は炎の高熱で蒸発するどころか、まるで石灰を固めるかのように液体から個体へと瞬く間に凝固してキールの翼を封じ込めたのだ。


「な、何だトォ!?」


 どれだけ強力な魔鳥と言えど、翼を奪われてしまえば恐れるに足らないどころか、手も足も出ない芋虫同然だ。現に翼の自由を失ったキールは飛行不能に陥り、そのまま錐もみを描きながら地面に向かって真っ逆さまに落ちていく。

 それでもキールなりの誇りと意地があったのか、地面に触れる寸前で風魔法のクッションを展開し、墜落という鳥型魔獣にとって恥とも言うべき醜態を晒さずに済んだ。とは言え、キールが不時着した場所は敵の目と鼻の先だ。


 しかも、顔を持ち上げてみれば―――ガーシェルとアクリルとクロニカルドが自分に向けて魔法を撃ち出そうとしていた。それもキールが嫌う水魔法の“特大版”をだ。


 それを目の当たりにしたキールは思った。死んだな、オレ―――と。

 それから程無くして容赦無い激流×3がキールに襲い掛かり、彼の予想を実現させたのであった。但し、安全策のおかげで彼の命までは捥ぎ取られなかったが……。



「オメーら、合格だ」


 戦いが終わって一段落した後、フドウの口からぶっきら棒な合格宣言が飛び出した。

 アレ、それだけ? 別に期待していた訳ではないが、「よく頑張ったな」とか「俺達相手に、ここまで渡り合えるとはな……」とか、年配者が若輩者に投げ掛けるような誉め言葉は無いんですか?


「えーっと……どうも?」


 相手の投げ遣りな態度に誰もが困惑の表情で互いを見遣る中、ヤクトが代表して礼を返す。しかし、フドウはニコリとも笑わないどころか、呆れ顔のまま盛大な溜息を吐露するばかりだ。それに釣られてアマンダとアラジンも複雑な苦笑いを垣間見せた。


「やれやれ」アマンダが首を左右に振りながら肩を竦める。「アンタ達ぐらいだよ、ここまで滅茶苦茶にやってくれたのはさ」

「ええっと、そりゃどういう意味で?」と、ヤクトが頬を掻きながら尋ねる。

「この試験で合格したハンター達の殆どは、一匹だけに狙いを絞るという戦法を用いていたんだ。けど、見事三匹とも倒してみせたのはアンタ達だけだよ」

「しかし、私達が倒したのはキールだけでは?」


 角麗が恐々と会話に口を挟むも、即座にフドウの呆れに満ちた台詞が被せられた。


「バカ言ってんじゃねぇよ。コンゴウは水牢に閉じ込められ、ライガーも泥沼に沈んだ状態じゃ全滅と言っても差し支えねぇだろ。一応手加減しろと事前に命じてあったとは言え、ここまで完璧にやられるとは思っちゃいなかった。もしもコレが試験でなければ、キールは今頃即死だったぜ」

「全くダゼ! 試験だからって本気出しやがってコノヤロウ!!」

「試験で本気を出さんヤツはおらへんやろ」


 そう言いつつキールは両腕の翼をバッサバッサと大きく揺らし、ヤクトが開発した固形弾のセメントを必死に払い落としていた。

 因みに私達から少し離れた場所では、ライガーが犬のように全身を震わせながら身体にこびり付いた泥を払い落とし、コンゴウも全身から滴り落ちる雫を必死になって振り落としていた。

 どうやら例の魔法はダメージこそ吸収するものの、汚れの類までは防いでくれないみたいだ。


 そこで遣り取りが一段落すると、再びフドウは溜息を吐いた。しかし、今度の溜息は呆れよりも、気持ちを切り換える意味合いが強かった。


「取り合えず、合格なのは確定だ。お前達の実力ならダンジョンに潜っても死にはしねぇだろうよ。何を望むのかは知らないが、ダンジョン踏破を期待しているぜ?」

「しかし、本当に強くなったね。初めて出会った頃と比べると見違えったみたいだ。また何時か会ったら、手合わせしたいもんだね。無論、今度はアタイ達も含めてね」

「だが、気を抜くなよ。北方ダンジョンは未だ踏破されていない未知の場所だ。今回の試験で再現された構造矢トラップが、今も同じだとは限らない。何が起こっても対処出来るよう、万全を期しておけ」


 三獣士のエールを受けた直後、彼等の背後に広がる壁が左右に分かれた。そして開いた壁の向こうから眩い光が雪崩れ込み、室内を白一色に埋め尽くした。

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