第166話 選抜試験③

 幾多の罠と魔獣を退けた末、私達の前に現れたのは天井に届きそうなまでに巨大な岩の扉であった。予想以上に早く着いた事に驚いているのか、それとも物足りなさを覚えているのか。クロニカルドは意外そうな表情を閃かせながら、隣に立つヤクトを横目で見遣る。


「ここなのか、到達点ゴールは?」

「ガーシェルの情報を信じれば、その筈やで。そうやろ?」


 ヤクトが顔ごと此方へ振り向き、私は『はい』と吹き出しで肯定した。


『間違いありません。マッピングで作成した地図では、此処がゴールとなっています』


 こう語っている間もマッピングした地図と私達の現在位置を脳内で見比べたが、やはり到達点は此処で間違いない。しかし、私が御墨付きを出してもクロニカルドは依然として納得を顔に出さなかった。


「だが、妙だ。確かに罠も多いし、魔獣だってそれなりの強さを有していた。しかし、あれぐらいならば上級ではなく、それこそ中堅のハンターでも合格は可能な筈だ」

「つまり、この先にあるのは単純にゴールではないと?」

「そう考えるのが妥当であろう」


 確かにクロニカルドの言う事は尤もだ。仮にも今回の選抜試験に参加する誰もが金クラスのハンターばかりだ。そんな彼等が罠や魔獣ぐらいで後れを取るとは考え難い。となれば、この試験における難関は扉の向こうにあると見るべきだろう。


「あーだこーだ言い合っても何も始まらへん。兎に角、扉の向こう側を覗いてみようや」


 ヤクトが代表して前へ踏み出し、ソッと触れるように岩の扉を押した。然程力を込めていないにも拘らず、見た目の厳重さを裏切って扉は独りでに開き出し、あっさりと私達を迎え入れてくれた。

 その潔さに拍子抜けを通り越して不気味さを抱きそうになるも、私達は意を決して扉の向こう側へと足を踏み入れた。

 室内は墨を塗りたくったかのような暗闇が支配しており、私以外の肉眼では何かを感知するのは不可能に等しい。それでも角麗やクロニカルドは周囲に気配を飛ばし、ヤクトもゴーグルを通して暗闇を覗き込んだりと警戒を怠らなかった。

 ひっそりと暗視スキルで室内を見渡したが、目ぼしい物や魔獣らしい姿は何処にも見当たらない。マッピングで見る限りだと室内は円形上に広がっており、広さも王城の中庭に勝るとも劣らない程だ。

 

「何も見えませんね……」

「罠魔法は……あらへんようや」

「よし、ならば魔法で照らして―――」


 と、クロニカルドが光魔法を仕掛けようとした時、蛍のような大粒の光の粒子が何処からともなく出現した。それは一つ増えたと思いきや十に増え、あっという間に百を通り越して千へと増えて、最終的には数え切れない数量にまで上った。

 やがて無数の粒子は吸い寄せられるかのように部屋の中央へと密集し、巨大な光の球体を作り上げた直後、バンッと爆弾のように弾け飛んで室内を閃光で満たした。眼球が焼き付くような眩さに誰もが視界をシャットダウンし、光の暴力が落ち着くのを待った。

 そして瞼越しに苦痛が消え去るのを見計らって恐々と目を開けると、私達の正面には見覚えのある三人と三匹の姿があった。


「え!? 三獣士!?」


 真っ先に驚きの声を上げたのはヤクトだ。そう、私達の前に居たのは試験が始まる直前で会話を交わした三獣士の面々だ。彼等は待ち侘びていたと言わんばかりに、気さくな笑みを此方に寄越してきた。


「よぅ、待っていたぜ」

「どないして此処に? 三人とも選抜試験に参加していたんじゃ……?」

「アタイ達は選抜試験に参加しちゃいないよ。どちらかと言うと試験官だね」

「試験官だと?」


 未だに状況が掴めず私達の間に困惑の空気が蔓延するのを見て、アマンダは丁寧に一から説明してくれた。


「どのダンジョンでもそうだけど、各階層には守護者……俗に言うボスと呼ばれる格段と強いモンスターが存在する。これは分かるよね?」

「ああ、それならば知っているぞ」と、クロニカルドが相槌を打つ。

「で、北方ダンジョンにもボスが登場するんだけど、これが何とも不思議な事に毎度違うモンスターが登場するんだ。ある時は蛇の尻尾を持つ肉食鶏ことバジリスクだったり、ある時はギガタウロスというミノタウロスの上位種だったりと言った具合にね」

「しかし、幾ら幻影魔法とは言え完璧にダンジョンボスを再現するのは不可能に近い。ランダムか否かを抜きにしてだ。これがどうしてかは分かるよな?」


 フドウの問い掛けに未だ戸惑いと疑念が抜け切らない中、唯一クロニカルドだけは漸く合点が付いた面持ちで納得を示した。


「……成る程、そういう事か」

「どういう意味や、クロニカルド?」

「ダンジョン内に生息する魔獣は、外に居る野生魔獣と比べて能力的に大差は無い。しかし、その中で唯一例外なのは各階層を守るボスだ。ダンジョンという特殊な環境のせいか、或いは守護者ボスという重要なポジションに位置するせいか、同族種に比べて大幅に強化されているのが殆どなのだ」

「そういう事だ」フドウが腕を組みながら、逞しい首を振る。「流石にダンジョン効果で大幅に強化されたボスモンスターに関しては、幻影魔法でも再現不可能なんだよ。この魔法で再現出来るのは、存在が確認された野生の魔獣のみだ」

「だから、俺達に白羽の矢が立った。ボスモンスターの代わりとして……」


 フドウの言葉を引き継ぐ形で、アラジンが最後を締め括る。そしてクロニカルド以外の面々も三獣士が此処に居る理由を否が応でも理解し、驚きつつも緊張と警戒で身も心も引き締めた。


「もしかして先程言った試験官と言うのは……―――」と、角麗が口ずさむ。

「そう、アタイ達は所謂監督人ってヤツだね。ハンター達の実力を見極めて、合否を下すのが仕事さ

「じゃあ、おねーちゃん達と戦うの?」


 アクリルが心配そうに瞳を潤ませながら尋ねると、アマンダは片手を突き出して彼女の不安に歯止めを掛けた。


「そこら辺は安心して頂戴。実際に戦うのはアタイ達の従魔だけで、アタイ達は戦いに参加しないよ。そもそも、これはあくまでも試験なのよ? 最後の最後で無理難題を持ち出されたら、受ける側としては不平不満が募るだけでしょ?」

「まぁ、そりゃそうやけど……」


 確かに最後の試練で三獣士を纏めて相手しろなんて言われたら、試験の参加者達からブーイングが起こってもおかしくない。前世で言う所の無理ゲーというヤツだ。

 しかし、三人が戦わないから楽勝かと問われれば答えは否だ。従魔達もまた強大であり、気を抜けば一瞬にして倒されてしまうだろう。


 事実、試しにこっそりと鑑定をしてみると――



【名前】ライガー

【種族】ケラヴロス

【レベル】17

【体力】30000

【攻撃力】45000

【防御力】26000

【速度】120000

【魔力】55000

【スキル】電光石火・自家発電・追跡・嗅覚・疲労軽減(特大)・咆哮・暗視・暗殺術

【従魔スキル】光魔法・居合い

【攻撃技】体当たり・噛み付き・鋭爪

【魔法】雷撃魔法・風魔法・速度強化魔法・水魔法・闇魔法

【ケラヴロス:サンダーウルフが進化した姿。二つの頭を有するオルトロスとなり、知能量や嗅覚が見た目通り倍になった。

 その姿を滅多に目にする事がない事から幻獣と呼ばれているが、実際にはケラヴロスとの対峙は死を意味するので情報が殆ど残っていないだけである。進化に伴い暗殺術や闇魔法を会得している点などから、闇に紛れた奇襲及び強襲と言った暗殺戦法を得意としている事が窺える。

 敵対する人間や魔獣には異常なまでの敵意や凶暴性を発揮するが、従魔契約を結んだ主人にはとことん一途という高い忠誠心を持ち合わせている】


【名前】コンゴウ

【種族】アシュラコンゴーレム

【レベル】11

【体力】100000

【攻撃力】90000

【防御力】800000

【速度】900

【魔力】80000

【スキル】剛壁・分解・鉱物摂取・鉱物探知・岩潜り・堅牢・反射・沈着

【従魔スキル】心眼・柔術・衝撃魔法

【攻撃技】体当たり・圧し掛かり・徒手格闘

【魔法】土魔法・大地魔法・融合魔法・防御力上昇魔法・重力魔法・光魔法

【アシュラコンゴーレム:コンゴーレムが進化した姿。阿修羅の名の通り六本腕を持つゴーレムとなっており、これに伴い格闘能力が飛躍的に向上している。また進化に伴い重力魔法と光魔法を獲得し、魔法戦においても大幅な強化を成し遂げている。

 東洋にある一部の国々では阿修羅という神が信仰されており、このアシュラコンゴーレムが基となったのではないかと言われているが真偽のほどは定かではない】


【名前】キール

【種族】バードラ

【レベル】50

【体力】17000

【攻撃力】33000

【防御力】12700

【速度】32800

【魔力】55000

【スキル】飛翔・火達磨・千里眼・鳥王の一声・火喰い・追い風

【従魔スキル】視野共有・業火・狙撃

【攻撃技】羽矢・鉤爪・啄み・火炎放射

【魔法】風魔法・炎魔法・速度上昇魔法・回復魔法



 ―――……とまぁ、こんな具合に成長しているのだ。進化した二匹は滅茶苦茶に強いが、唯一進化していないキールも着実にレベルを上げて能力を高めている。やはり高ランクのクエストを受ける実力者チームは別格だと認めざるを得ない。


 そしてアマンダは右手を掲げ、三本の指を立てた。


「それじゃ、改めて最終試練の説明をするよ。この試験におけるルールは三つ。一つ目は先程も言ったように私達は戦いに関与しない。これは直接的な攻撃だけでなく、間接的な指示も含まれているからね」

「つまり、従魔達は自身の裁量に基づいて攻撃を行う……という訳だな?」


 クロニカルドが確認を兼ねた念押しを告げれば、アマンダはコクリと頷く。


「まぁ、そうした方がダンジョンのボスっぽいしね。だけど、いきなり強力な技を出さないよう言い聞かせてあるから心配しないでね」

「はぁ……」


 と、気の抜けた返事をするヤクトだったが、アマンダは気にも留めず説明に戻った。


「それで二つ目は戦いの勝敗に関してだけど、私達の従魔の中から一匹だけでも討伐したら其方の勝ち。逆に其方が全滅したら、其方の負け。三つ目は戦いの最中での離脱……即ち、撤退を認める。但し、撤退を決めた時点で試験は終了となるから、撤退するか否かは慎重に考慮してね」

「……ああ、分かったで」

「じゃ、始めようか」


 アマンダが開始を告げると三獣士の面々は後ろへ引き下がり、彼等と入れ代わるように従魔達が前へと踏み出す。それが最終試験の幕開けだと言わんばかりに弛緩していた空気が一気に引き締まり、私達は反射的に身構えた。


「ははっ、こんな形で三獣士の従魔達と戦う羽目になるとは思いもしてへんかったで」

「同感だ。して、どの従魔を狙う? どれもこれも一筋縄ではいかんぞ」

「そうやな。先ずは小手調べといこうか。……準備はええな?」


 その問い掛けに対し全員が頷くのを確認すると、ヤクトは外套の下から取り出した手榴弾を三匹の従魔達目掛けて放り投げた。それが地面に着弾した瞬間、視野を焼き尽くす強力な閃光が室内に溢れ返る。


「ギャー! 何だコリャ!?」


 閃光の奥からキールの悲鳴に近い困惑が轟く。数瞬後、閃光が治まると視界を焼かれたキールが瀕死の昆虫よろしく引っ繰り返っていた。その傍では、同じく視界をやられたライガーが何度も二つの頭を左右に振りながら目を瞬かせていた。

 此処までは予想通りだ。しかし、コンゴウだけが違っていた。光魔法によるバリアで身動きの取れない仲間の安全を確保すると、まるで閃光の効果なんて無かったかのように鈍重だが迫力のある動きで真っ直ぐに私達の方へ向かって突撃してきた。


「気を付けろ! ゴーレムはあくまでも命を持った人形だ! 故に目晦ましは利かんぞ!」

「しかし、この程度の速度ならば……! 皆さん、援護をお願いします!」


 そう言い残すと角麗は目にも止まらぬ速さで飛び出し、あっという間に相手の間合いに飛び込んだ。標的をにしたコンゴウは六本の腕を一斉に振り上げ、目前にまで迫った角麗に向けて拳を叩き付ける。

 六本の腕が幾度となく交互に振り下ろされ、室内に轟音と共に微弱な振動が駆け抜ける。常人であれば煎餅のように叩き潰されていただろうが、角麗はコンゴウが繰り出す拳の一つ一つを見極め、スレスレで躱していく。

 そして六つの拳が同時に攻撃準備に入った一瞬の隙を見計らい、角麗は脚部のバネを遺憾なく発揮して拳の雨を潜り抜け、ゴーレムの股座を潜って背後に飛び出した。

 標的を見失ったコンゴウは困惑と共に攻撃の手を止めてしまう。そして相手の姿を探そうと動き出そうとした矢先――


「はぁっ!!」


―――角麗の強烈な回し蹴りが右膝の裏側に炸裂し、コンゴウは膝カックンを受けたかのように体勢を大きく崩してしまう。

 すぐさま左足に力を入れて体勢を維持しようと踏ん張るも、今度は地表スレスレに振り抜かれた角麗の足払い――足払いと呼ぶには桁違いの破壊力だが――を受け、今度こそコンゴウは仰向けに転倒した。

 激しい振動が室内を揺るがし、夥しい砂埃が舞い上がる。これも幻影魔法によって生み出された幻だと分かっていても、誰もが押し寄せてきた砂埃を眼前でカバーした腕で受け止めていた。その砂埃が落ち着くかどうかという頃合いで、角麗が空へ跳び上がった。


「コオオオオオ!!!」


 口元を窄めた独特の呼吸法で体内の闘気を奮い起こしているのか、彼女が天に向けて振り上げた脚部の先端に黄金の輝きが灯される。重力の落下に合わせて振り下ろした痛烈な踵落としは、吸い込まれるようにコンゴウの顔面に直撃した。

 その威力たるやコンゴウの後頭部に敷かれた床が衝撃で砕けて円形の陥没クレーターを作るほどであり、遠目から観戦していたフドウ本人も「嘘だろ……」と愕然とした面持ちで呟いていた。

 角麗は素早くコンゴウから離れて間合いを取った。先程の一撃で奏でられた衝撃音がエコーを伴いながら治まっていき、やがて静寂が訪れる。


「……やったんか?」


 誰か言いそうだなと思っていたけど、本当に言っちゃったよ。そしてヤクトさん、それフラグです―――と私が思わず口に出そうとした矢先、コンゴウの指がピクリと動いた。そしてゆっくりと起き上がり、後頭部をガシガシと撫でた。

 頭部の中央に嵌め込まれた巨大なサファイアには傷一つ存在せず、それがコンゴウの有する防御力の高さを証明していた。


「やっぱり、そう簡単にはいかへんか……」

「当然だ。しかし、角麗の本気を受けてもビクともせんとは……ゴーレムを狙うのは得策では無さそうだ」

「となれば、残りの二匹やけど―――」


 そう言いながらヤクトが二匹に目を向けると、彼等を閉じ込めていたバリアが消えた。それと同時にキールが空に舞い上がり、ライガーは前へと踏み出す。そのしっかりとした動きから見るに、閃光による後遺症は解けたみたいだ。


 さて、本番はこれからだ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る