第91話 三獣士の実力

「グルルルル……!!」

「ギシャアアアア!!」


 押し倒されていたカイザースタッグが荒々しい竜巻を起こし、自分を押し倒していたサンダーウルフのライガーを強引に吹き飛ばす。しかし、ライガーは空中でクルリと身を捩り、何事も無かったかのように華麗な着地を決めた。

 そしてカイザースタッグがゆっくりと起き上がり、それに対抗するかのように三獣士の面々もアクリル達の前に躍り出た。

 強者の風格とも呼べる圧倒的な存在感と覇気は、凶暴な魔獣を前にしても微塵も揺るがなかった。それどころか場に居座っていた絶望すら一蹴してしまい、助かったという確信に近い安堵感だけが取り残された。


「キューラに頼まれたから来てやったけど、こりゃまた驚きだね。ヘルスタッグだけでなく、カイザースタッグまで居るなんて。あとで街に帰ったら依頼料金の増額を請求しなくっちゃ」

「このビッグウッドの森で上位級の魔獣と出会えるのは、50年に一度あるかないかとも言われているしな。そう考えると出会い自体は確かに希少かもしれんが、果たして運が良いかと問われれば話はまた別だな」


 そこで言葉を切るとフドウは「さてと……」と前置きをおいてアクリルの方へ振り返った。


「あとは俺達―――三獣士が奴等の相手を請け負う。だからサッサと避難しな、ガキンチョ」

「ガキンチョじゃないよ! アクリルだよ!」

「へへっ、相変わらず威勢の良いこって。それじゃアクリル、さっさと此処から下がんな」

「やだ!」

「何でだよ!! そこは素直に聞くところだろ!!」


 まさか自分の提案を拒否されるとは思わなかったらしく、ガァッと歯を剥き出しにして怒るフドウ。しかし、次いで飛び出したアクリルの言葉に思わずきょとんとした表情を浮かべる事となる。


「ガーシェルちゃんや皆を置いていけないもん!」

「ガーシェル?」そう呟きながら傷付いた私や、近くで気絶しているヤクトを一瞥する。「ああ、成る程。そういう事か。それなら頷けるな……。おい、スケベガラス。テメェの出番だぞ」

「カーッ!! 誰がカラスだコンニャロー!! 大体、テメェは俺の主じゃネェーだろ!!」


 フドウの言葉に思い切り食って掛かったのは、何とジャミルの肩に乗っているバードラのキールであった。

 人間の言葉を理解するどころか、まさか言葉を自分の口で……いや、嘴で綴る魔獣が居るとは思わなかった。まぁ、私も他人ならぬ他獣の事は言えないが。というか、カラス呼びはNGでスケベ呼びはOKなのか……。


「キール、時間が惜しい。フドウの言う通りにするんだ」


 そこで本来の主であるアラジンが淡々とした口調で改めて命令すると、キールは苦虫を噛み潰したかのように眉間に皺を寄せたが、最後は主人の命令に折れて舌打ちを一つ零した。


「仕方ネェーな! あとで俺様の為に見合いの席を設けろよナァー!! 愛の暴風ラブハリケーン!!」


 燃え盛る翼から桃色の粒子を乗せた風が巻き起こり、倒れているヤクトとエマ、そしてエルピーと私に纏わり付く。すると身体の傷――貝殻の凹みまでも――がみるみると消えていき、気を失っていたヤクトとエマもハッと意識を取り戻した。


「これは……一体!?」

「う、ん……? 何や、誰かが回復魔法を使って……って三獣士ィ!!? え!? へ!? ど、どないなってんねん!!!」


 エマは今の状況を呑み込もうと瞳を頻りに左右に動かしているが、ヤクトの方は憧れである三獣士が目前に居る事もあって視線が彼等に釘付けになっている。まぁ、その気持ちは分からないでもないが、何かミーハーっぽい。


「あー、目覚めたばっかりでこんな状況だと言いたい事も沢山あるだろうけど、今はさっさと避難してくれない? さもないと―――」

「ギシャアアアアア!!」


 アマンダが説明しよう皇帝を視界から外してヤクトの方へ振り返った途端、カイザースタッグが雄叫びを上げて飛び掛かる。明らかに彼女の隙を狙った上での襲撃だ。

 それを見てヤクトが「危ない!」と叫び掛けたが、彼女は慌てる素振りを見せなかった。寧ろ大丈夫と言わんばかりの不敵とも余裕とも取れる笑みを浮かべると、彼女の小さい肉体に細い電流の蔦が纏わり付いた。

 刹那、アマンダの姿がフッと音も無く立ち消えた。標的を見失ったカイザースタッグの拳は何もない虚空を素通りし、空振りに終わる。何処へ消えたと皇帝が右を見て、左へ振り返ろうとした時、眼前に消えたアマンダが瞬間移動したかのように表れ、皇帝の横っ面を思い切り蹴飛ばした。

 しかも、アマンダの足の甲が相手の左頬に接触した瞬間に蒼い電撃が爆ぜ、その衝撃でカイザースタッグの巨体が吹き飛ばされた。小さい体躯からは考えられない絶大な威力だ。

 現実離れした光景に三獣士とアクリル――彼女は無邪気に「すごい」と燥いでいた――以外の面々がポカンとしていると、アマンダはニコリと微笑んで言葉の続きを綴った。


「巻き添え喰らっても知らないわよ?」


 微笑ましく言い繕ってはいるものの、彼女の背後に漂うオーラは明らかに「足手纏いだからさっさと離れろ」と遠巻きに要求していた。流石にミーハー魂を全開にしていたヤクトも有無を言わさぬ相手のオーラに気圧され、コクコクと唇を真一文字に結んだまま素直に頷くので精一杯だった。

 アマンダの言葉に甘えて(と言うより強制されてか?)離れる事を決意したヤクト達は、何時もの定位置と言わんばかりに貝殻の上に乗り込んだ。エマもエルピーを片腕で抱えながら、ヤクトのエスコートを借りて私の上に飛び乗った。

 そして三獣士をその場に残して撤退する際、私の上に乗ったアクリルは彼等の方へ振り返って元気に手を振った。


「おねーちゃん! おじちゃん! おにーちゃん! ありがとー!!」


 三人の後ろ姿が見えなくなるまでアクリルは手を振り続け、それに応えるようにフドウは背を向けたまま鉄腕甲を嵌めた腕を軽く振り返してくれたのであった。



「むふふふふ、おねーちゃん……おねーちゃんかぁ。良い響きだねぇ!!」

「おい、戦いの真っ最中だぞ。気を抜くんじゃねぇよ」

「まぁまぁ、偶には良いじゃないか。“おじちゃん”」


 おじちゃん呼びの部分を敢えて強調すると、フドウは不機嫌そうに表情を曇らせた。


「うるせぇ!! こちとらまだ二十歳半ばだぞ!!」

「あはははは! んっ? どうしたんだいアラジン?」

「いや……」


 常に無表情を崩さないアラジンではあるが、その身に纏っている雰囲気は明らかに先程までの無とは違う感情が混ざっていた。どうしたのかとお姉ちゃん呼びに浮かれているアマンダが尋ねようとしたら、その従魔であるキールが頼まれてもいないのに口を挟んで説明し始めた。


「アー、どうせアレだろォー? 無垢で純粋な子供に感謝されて恥ずかしがってんだろォー? こいつ、卑屈で根暗で疑心深いくせに裏表のない言葉を受ければ自分勝手な解釈で捩じ曲げようとする捻くれ者だしヨォー」

「だ、黙れ!!」


 キールの台詞に怒鳴るものの、その表情をローブで隠そうとしている時点で図星だと認めているようなものだ。素直になり切れない美男子のツンデレにフドウとアマンダが微笑みを投げ掛けるが、カイザースタッグの咆哮で気持ちを切り替えるのと同時に視線を皇帝へと戻した。

 すると皇帝の背後に広がる暗闇から、ロブソン達を足止めしていた二匹のヘルスタッグが姿を現した。赤褐色の甲殻と暗がりのせいで分かり辛いが、鋭い三本の鉤爪からは赤い粘着質の液体が滴っている。長年テイマーとして修羅場を潜っている彼等でなくても、勘の鋭い人間ならば嫌でもソレが何なのかは見当が付いてしまう。


「手遅れ……だったみたいね」


 アマンダの言葉に冷たい感情が盛り込まれ、他の三人もソレに伝染するかのように刃物のように鋭利な目付きで相手を睨み付ける。


「で、どうする? 皇帝の相手は誰がする?」

「生憎だけど、アタイは皇帝様直々にダンスの申し出を受けたからね。こればかりは譲らないよ」

「決まりだな」


 フドウが肩を解しながら尋ね、アマンダが楽し気な口調で強調し、アラジンが何時もの物静かな声色で締め括る。

 見事なまでの流れに沿った短い会話で各々の役割を確認し終えると、皇帝の近衛兵を務める二匹のヘルスタッグが吠え猛りながら前面に突出してきた。恐らく皇帝を守らんとする為の行動だろうが、フドウはそれを好機と捉えて口角を釣り上げた。


「取り巻きはすっこんでな! 重力魔法“超重量ハイグラビティ”!!」


 フドウの肘辺りから魔法陣の外縁が浮き上がり、鉄腕甲で覆われた前腕を通って掌へと競り上がる。そして出現した魔法陣を地面に荒々しく叩き付けると、ヘルスタッグ達の足元に魔法陣が出現し、通常の何十倍という重力が二匹の身体に襲い掛かった。

 だが、魔獣としての意地があるのか、それとも近衛兵としての使命感なのか。二匹のヘルスタッグは凄まじい重さの中でも膝を折らず、少しでも重力に抗って魔法陣から抜け出ようと試みている。


「コンゴウ!!」

「ウゴ!」


 フドウの合図と共にネジが緩んだ家具のようにコンゴーレムコンゴウの巨体がバラバラに解けたかと思いきや、それは地に落ちる間もなく瞬時に再結集し、人型から違う形……二対の巨大な手へと再構築されていく。

 そしてフドウの重力魔法で動けなくなっているヘルスタッグを上から抑え込むように鷲掴みし、完全に身動きを封じ込めた。


「あっという間の完封だな。というか、俺要らなかったな。うん、そもそもモヤシの俺はこのパーティーに要らないな……」

「面倒くせぇから一々ネガティブ発動すんじゃねぇ! トドメはオメーに譲ってやっからよ! おら、アマンダ!! 露払いはしてやったぜ! さっさと片付けな!」

「ああ、言われるまでもないよ!」


 アマンダはライガーを伴って颯爽と、そして悠然と歩き出した。身動きの取れない二匹のヘルスタッグの間を通り抜け、怒りに震えて剥き出した牙からボタボタと唾液を零す皇帝の前に立つ。


「初めまして、皇帝陛下……と言っても、アンタの同位体はこれまでに何度も戦ってきたけどねー。さて、実を言うとアタイ達はこう見えても結構苛立っててねぇ。任務を終えて帰って来るや、今度はあっちへ行って頂戴って頼まれてすっとんで来たのさ。何が言いたいか分かるかい?」

「ギシャアアアアアアアアアア!!!!」


 アマンダが台詞を言い終えた途端、カイザースタッグは奇声を上げながら四本の腕を振り抜こうとした。普通の人間であれば皇帝の一振りに肉眼が追い付けず、振り抜いた頃にはダルマ落としのように肉体が切断されたに違いない。

 だが、腕は振り抜かれなかった。いや、腕を振り抜けなかったと言うのが正しい。振り抜こうとした刹那に四本の腕が肩の付け根から切断され、淀んだ青い体液を撒き散らしながら宙を舞っていたからだ。


「ギシャアアアアアア!!!!?」

「まぁ、つまりはさっさと仕事を終わらせて帰りたいって事さ」


 まるで世間話をするかのように語るアマンダの手には、抜身の大剣――アマゼウス――が握られていた。

 アマンダはアマゾネスと呼ばれる狩猟種族の血を受け継ぐ一人であり、大剣はアマゾネス一族において単なる武器ではなく、力の象徴としても崇められている。そこに強力な雷属性の素材を組み込んで出来上がった業物がアマゼウスであり、これ手にしているのはクロス大陸においてアマンダが唯一無二である。

 チェレンコフ光のように青々と発光する大剣に帯びた高圧電流が、切り裂いた際に纏わり付いたカイザースタッグの体液を蒸発させる。まるで大剣の美しさを穢す真似は許さないと言わんばかりだ。


「グギャアアアアアアアアアア!!!」


 コケにされた怒りなのか、それとも自棄なのかは定かでないが、カイザースタッグは残された最後の武器である二対のハサミを広げて襲い掛かった。岩石魔獣も容易く切り裂く凶悪無比のハサミに捕まれば、流石のアマンダと言えども一溜まりもない。尤も、捕まえられればの話でもあるが。


「あはっ、おっそいおっそい」


 アマンダが再び体に静電気を帯び、目にも止まらぬ速さでハサミを躱すと素早くカイザースタッグの頭上に拳を叩き込んだ。深々とお辞儀をするように皇帝の頭が下がり切ったところで、今度は下へ先回りして鋭いサマーソルトキックを御見舞いする。

 鋸状の牙が数本砕け、皇帝がよろめくように後退る。しかし、アマンダは追撃の手を休めなかった。


「ほらほらほらぁ! 皇帝の名が泣いてるわよぉ! ちったぁ反撃してみなさいよ!!」


 胴体・顔・脚部、様々な部位に徒手格闘から来るダメージを受ける都度に後退し、短時間であっという間に最初の立ち位置から40mを切ろうとしていた。

 そこで漸くカイザースタッグは、一対一のサシでやっても自分が相手の足元に及ばない現状を認めた。厳密に言えば認めざるを得ないのだが。

 ならばと少しでも自分が有利に立つべく背中の羽を広げて飛び立とうとしたが―――


「ライガー!!」

「ウォン!!」


 ―――契約者の目論見を以心伝心で汲み取ったライガーが、飛び立たんとしていたカイザースタッグの背後に回り込み、唸りを上げていた羽を噛み千切った。しかもアマンダ同様、電流を纏った電光石火の早業で仕事を済ますと、素早く彼女の背後の定位置に戻るという忠実っぷりだ。


「ギシャアアアアアアアアア!!!」


 飛ぶことも叶わず、術を失ったカイザースタッグは再びハサミを広げた。しかし、今度は相手を挟む為ではない。開き切ったハサミの空間の中で風が凝縮されていき、一つの渦巻く球となる。

 そして出来上がった風球を打ち出す寸前、更に威力と殺傷力を高める目的で風球に極限圧縮を掛けた。ドッチボールぐらいの大きさだった風球がビー玉と変わらぬ大きさとなる。


「ギシャアアアアア!!!」


 雄叫びが引き金となり、ズドンッ!と腹の奥から響き渡る振動と共に超圧縮された風球が発射される。

 見る限り(肉眼で捉え切れないだろうが)では風球の大きさと速度は銃弾と互角だが、その威力は桁違いだ。命中すれば圧縮した風刃が一気に放出し、彼女だけでなく周囲10mを根こそぎ刈り尽くすだろう。

 迫り来る風の弾丸に対し、アマンダは静かに流れるような動作で武器を両手に構えて突きのポーズを取った。そして弾丸の頭とアマゼウスの切っ先が触れ合う寸前で僅かに大剣を傾け、剣の腹に弾丸を滑らせて後方のフドウへと流した。


「フドウ、頼んだわよ!」

「しゃーねぇな!!」


 そう言いながらもフドウは既に受け止める体勢を作っており、此方に軌道を変えた弾丸を野生児のような動体視力でしっかりと捉えていた。そして自分と弾丸との距離が1mを切った瞬間に両手をガッチリと組み、鉄腕甲の牢屋に弾丸を閉じ込めた。

 直後、鉄を激しく打ち付ける音がフドウの手中から鳴り響き、それに伴い鉄腕甲が意思を持ったかのように激しく揺れる。解けそうになる両手を力尽くで抑え付けるも、それでも組み合った指と指の間から脱走した風刃がフドウの顔の横を通り抜けて彼の精悍な顔に薄い傷を付ける。

 だが、フドウは顔に付いた傷を気にも留めず、手中で暴れ回っているであろう風弾との格闘に専念し続けた。それから十数秒、衝撃が治まり恐る恐る組んだ手を解除すれば風弾はなく、傷だらけの掌から摩擦熱によって生まれた蒸気が薄らと立ち上っているだけだった。


「おい、こっちは片付けたぜ!!」

「あんがとさん! 愛してる!」

「そういう愛情表現は胸と色気のレベルを上げてから言いな!」

「追伸! 首洗って待っとけ!」


 そう言い残すとアマンダは姿勢を低く下げ、剣を肩に担いだ体勢で駆け出した。

 駆け出すと言っても踏み出しの時点から最速に達しており、カイザースタッグの間合いに踏み込むまでの時間は実質一秒にも満たない。故に皇帝は反応が遅れ、同時に脳裏に浮かんだ『風の結界を作るか』・『反撃するか』の二択の迷いも行動のロスに繋がった。


「オラァァァ!!」


 結局カイザースタッグは何一つアクションらしいアクションを起こす事が出来ず、アマンダが振り上げた大剣を目で追い掛けるのが精一杯だった。

 小さい体には似合わない男らしい雄叫びと共に振り下ろされたアマゼウスは、青い雷光を放ちながら目にも止まらぬ豪速で一気に振り降ろされた。まるで空を切ったかのように、一切の抵抗感がない素早い振り落としだ。

 そして大剣は真っ直ぐカイザースタッグの兜から入り、そのまま股下へと一直線に出たが、一見すると何とも無さそうに見える。

 しかし、アマンダが背を向けて数歩歩き始めると身体の中央に薄らと切れ込みの一本線が浮かび上がり、その線を境に皇帝の巨体が綺麗に真っ二つに裂けて開きとなる。文字通りの一刀両断だ。


「片付けたよ。あとは――」地面に捻じ伏せられている二匹のヘルスタッグに目線を寄越しながら、悠々とその間を通り抜ける。「――コイツ等だけだね」

「ああ。それじゃ約束通り、アラジンとキールに任せるぜ」


 フドウが逞しい肩越しからアラジンとキールに眼差しを注ぐと、アラジンは溜息を零しながらフドウの隣を通り越した。


「そうだな。俺には雑魚狩りが似合いだからな」

「ネガティブに考えんなって、こっちは思い遣りでお前に華を持たせてやってんだ。もし自信が無いってんなら俺が代わてやっても良いぜ?」


 それは親身と言うよりも、挑発的な部類に入る物言いだった。アラジンもフドウの台詞に込められた意味を汲み取ったらしく、ムッと整った眉を八の字に曲げて不機嫌を露わにした。


「馬鹿にするな。俺だってアレぐらいはやれる……!」

「そうかい。なら、頼んだぜ。コンゴウ、そいつらを離してやりな」

「ウゴー」


 二対の手を模っていたコンゴウがふわりと浮いてヘルスタッグから離れ、元のゴーレムに戻ったのと同時に重力魔法が解除される。

 自由を取り戻したヘルスタッグは、甲高い雄叫びを上げながら自慢の赤いハサミを広げてキールとアラジンに襲い掛かろうとした。

 カイザースタッグが倒された今、最早二匹が勝負を挑む必要はおろか意味も無い。ひょっとしたら皇帝の敵討ちという立派な忠義を果たそうとしているのかもしれないし、或いは単なる血の気の多い魔獣の性と衝動に突き動かされているだけかもしれない。

 だが、どちらにせよヘルスタッグ達は大きな勘違いをしていた。自分達の前に立つネガティブな男もまたアマンダに勝らずとも劣らぬ技量を有した実力者なのだ。


「炎魔法、“火魔割ヒマワリ”」


 矢尻を摘まむ形を作った三本の指先から現れた、純粋な炎のみの火矢を弓に番い、ソレを二匹のヘルスタッグに向けて放つ。

 当初は一本だった火矢は飛来の最中に薪を割るように二つになり、更に二つは四つとなり、四つは八つになり……とネズミ算式に増えていき、ヘルスタッグに届く頃には軽く三桁を超える程の数になっていた。

 そして無数の火矢が二匹のヘルスタッグに襲い掛かり、一つ一つは小さい火だが他の火と結び付いて瞬く間に全身を覆う炎へと発展する。こうなってしまえば自慢の風魔法を以てしても振り解くのは容易ではなく、寧ろ火の勢いを利する事になってしまう。

 火達磨となったヘルスタッグは炎の熱に苦しめられ、焼かれる痛みにもがいた末、地面に倒れ込んで物言わぬ焼死体と化した。動かなくなった二匹に見切りを付け、アラジンは仲間達の方へ振り返った。


「……終わったぞ」

「へへっ、やるじゃねーか」

「カーッ! 当たり前だろォ! あんな雑魚に手間取るほどコイツは柔じゃネェーよ!」


 アラジンではなく肩に乗っているキールが雄弁している間、アマンダとライガーは周囲に視線と気配を巡らせて敵の有無を確認していた。やがて納得がいくと、アマンダは二人の方を見上げた。


「それじゃ生存者が居ないか確認しに行きましょ。遺体はなるべく持ち帰るとして、持ち帰れなさそうだったら燃やして処分を―――」

「ギシャアアアアアアア!!!!」


 不意に甲高い奇声がアマンダの指示を遮り、三人が一斉に声の方へと振り返る。そこには真っ二つに切断されたカイザースタッグの左半身が、断面からドバドバと血を流しながらも立ち上がろうとする姿があった。


「おいおい、嘘だろ!」

「なんて生命力だ……!」


 流石の三獣士も相手の生命力の高さに思わず舌を巻くも、それ以上――狼狽や動揺――には至らなかった。何せ相手は文字通り半身を失った死に体であり、そんな瀕死の状態では脅威とは言い難い。

 だが、カイザースタッグの身体に泥のようなドス黒いオーラが纏わり始めた時、三人の表情に初めて警戒と深刻の色が滲んだ。みるみると黒いオーラは半身を覆い、やがて皇帝の姿が黒一色に染まるかという所でアマンダの本能が「ヤバい!」と警告音アラートを鳴らした。


「ライガー!! アイツを消し飛ばせ!!」

「ウォォォォォォォン!!!!」


 甲高い雄叫びと共にライガーの身体から放たれた青い稲妻が天に向かって駆け上り、数秒の間を置いた後に極大の稲妻となって大地に突き刺さった。青い雷光の中でカイザースタッグの半身が脆い泥人形のように崩れ落ち、ついには跡形もなく消滅した。

 雷が治まるとカイザースタッグの立っていた場所には巨大なクレーターの穴が出来上がっており、傍にあったビッグウッドの木も雷の衝撃を受けて横薙ぎに倒され、地中に埋まっていた根っこが圧し折れた状態で外へと飛び出している。

 威力の高さを物語る風景にフドウは感心を込めて口笛を一つ吹くと、何事も無かったかのようにアマンダに尋ねた。


「……結局、アイツ皇帝は最後に何をしようとしたんだ?」

「多分、自分の命と引き換えに呪いを発動しようとしたんだろうね。上位の昆虫魔獣の中には、そういう性質の悪い技を会得するヤツも居るしね」

「成程、アレは呪術の前触れだったか。……で、阻止は間に合ったのか?」


 フドウの割と真剣な問い掛けに対してアマンダは曖昧な苦笑いをひけらかし、言葉ではなく肩を竦めるポーズを取った。そして気を取り直すように森の奥地へと向かって行く彼女の小さい背中を見据えながら、追及の無意味さを悟ったフドウは盛大に溜息を吐き出した。


「答えは神のみぞ知るってか? やれやれ、神様も責任重大だな」



「いた!」

「どないしたんや、姫さん?」

「うーん、何かお手てが切れちゃった……」

「あら、本当だわ。さっきので怪我でもしてたのかしら?」

「なら、一刻も早く街に戻って治療をするべきだろう。ガーシェル、速度を上げるのだ」

『了解しました』






『カイザースタッグ:ヘルスタッグの進化体であり、昆虫魔獣の中で尤も凶暴性に富んだ上位魔獣。その身に宿した破壊衝動は常にカイザースタッグを突き動かし、万物を破壊し尽くしても奴の心が晴れる事は無いと豪語する学者も居る程である。

 しかし、その一方でヘルスタッグ達を束ねる長として振る舞う節も見受けられており、同族や身内に対しては一定の情や絆を持っていると思われる。

 また一部の長寿を極めたカイザースタッグは呪術を扱うと言われているが、真偽のほどは定かではない』

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