第41話 轟く銃声

「ぬおおおおぉん!」


 贅肉塗れの巨体を揺らしながら、ファットンと言う名の男は自前の武器であるハンマーを振り下ろした。バルドーが扱っていたような戦闘向けのウォーハンマーではなく、土木工事とかで目にする至って普通の大型ハンマーだ。

 それでもバルドーよりも頭一つ分大きい巨体から繰り出される一撃は大きく、私が避けた直後の地面には浅いクレーターのような穿った跡がくっきりと残っていた。

 そう言えば人間にもステータスは見れるのだろうか? 山賊の時は相手の狙いがガーヴィンだったのでステータスを見なかったが、今回は私が相手だ。ならば、見れる筈だ。


『鑑定スキル発動!』


【名前】ファットン

【種族】人間

【レベル】27

【体力】500

【攻撃力】185(ハンマー装備により+30)

【防御力】170

【速度】89

【魔力】56

【スキル】力持ち・打撃攻撃半減・大食い

【攻撃技】殴る・蹴る・武器使用

【魔法】防御力上昇魔法


 う、うーん……なんかとても微妙。でも、元々ヤツ自体は騎士でも魔法使いでもない、一般人にも等しい悪党だ。というか、一般出の悪党だ。

 そう考えると然程能力が高くなくても頷ける。がしかし、どうして私相手に一人で立ち向かおうとか考えたんだ? 仲間と一緒に居た方が有利だろうに……。


「へへへへぇ! 海に生息する魔獣が陸地で人間様に適うと思ってんのかよぉ!?」


 あっ、成程そういう事か。今更ではあるが私は貝だ。普通に考えれば海に生息しているのが当たり前の生物だ。

 そんな生物が陸地に上がっていれば、それを見た人間はどう思うか? 恐らく誰もがファットン同様にと思うのではないか。これは貝だけでなく、魔魚にだって言える事だ(尤も水中でしか生きられない魔魚が好んで陸に上がる機会は無いだろうが)。

 まぁ、つまりだ。相手は私が貝だから油断しているのだ。ならば、私はそんじょそこらの貝とは違うところを見せてやろうではありませんか。


泡爆弾バブルボム!』


 貝の隙間から泡爆弾をプクリと一つ放出し、振り下ろされたハンマーがソレに触れた瞬間、バンッと泡爆弾が破裂し、ビリビリと痺れるような衝撃波が周囲に広がった。


「ぬおっとぉ!?」


 まさか自慢のハンマーから繰り出した一撃が、たった一発の泡によって弾かれるとは思ってもいなかったのか、上体を大きく後ろに反らしてバランスを崩したファットンの表情には驚きがありありと出ていた。けれど、彼にとっての驚きはこれからだ。


『水魔法! ウォーターバルーン!』


 立て続けに発射したのは大量の水を包容した泡、ウォーターバルーンだ。それをファットンの足元目掛けて打ち込むと、バシャンッと水風船が割れるかのように弾け、溢れ出した水は土と交わって泥土となる。


「う、うわぁ!?」


 既に泡爆弾の一撃で大きくバランスを崩していた所に、ウォーターバルーンで作った水溜り&泥濘のコンボが襲い掛かり、結果ファットンの巨体はスッテンコロリンと漫画のような盛大な転び方をしてみせた。

 予想通りの光景に思わず笑いが込み上がりそうになったが、それは後回しだ。相手が転んだ瞬間、私はすかさず泥塗れとなった彼に向かってダイブ! 見事マウントポジションを取った!―――傍から見ると、只の圧し掛かりにしか見えないとか言っちゃいけない。


「ぐえぇ!」


 ファットンの口から潰れたカエルのような悲鳴が上がる。だけど、私は直ぐには降りなかった。まだアクリルを何処へ連れて行ったのかを聞き出さなければならない。

 そう、。これが最大の問題だ。人間と会話する術を持たないだけに、困難は必至だろう。

 さて、どうやって聞き出そうか? 今は手段も選べないし時間も惜しいので、ちょっと悪役っぽくなるが脅してみるか?

 触手の先から麻痺針をにゅるりと取り出すと、それをファットンの首元スレスレに押し当てる。焚火の灯かりを鋭く反射する毒針は人間の首に走る動脈を易々と貫けるだけの鋭利さを持っており、その輝きを目にしたファットンの口から「ひぃ」と情けない悲鳴が零れる。

 だけども出るのは悲鳴ばかりで、私の望んでいた情報は一向に出て来ない。悲鳴なんて要らないから情報を寄越せと無言の圧を掛けつつも、絶妙に力を抜いて相手の首を誤って貫かないよう配慮する。

 まぁ、アクリルと接し続けたおかげで、魔獣の肉体でもある程度の力加減が出来るようになってるんですけどね。


「だ、誰かぁー! 助けてぇー!! 誰かぁー!!」


 だけど言葉が通じないというのは不便だ。今度は大声を上げて助けを求め始めた。こっちは素直に情報さえ吐いてくれれば素直に身を引くと言うのに。それにアクリルの安否が不安だ。

 どうすれば思い通りに事が運べるのかと思い悩んでいた、その時だった。


 ズドンッ! ガキンッ!!


『ギピィ!?』


 厳かな森の静けさを打ち破る轟音が響き渡り、その直後に私の貝殻に何かが凄まじい勢いで激突した。幸いにも堅い貝殻が何かを弾き飛ばしてくれたらしいが、私は反射的にファットンの上から飛び退いてしまった。ついでに口から奇抜な悲鳴が飛び出たが、人間の耳には届いていないのでセーフだ。

 それはさて置き、今の轟音に聞き覚えがあった。銃声だ、前世の私のラストを飾ってくれた凶器が奏でる断末魔だ。今でも脳裏には前世のラストが明確に焼き付いており、ちょっとしたトラウマだ。

 一方で私が退いたのを好機と考えたのか、ファットンは尻餅をついた格好で後退り距離を置こうとしていた。直ぐに彼を捕まえようとしたが、その必要は無かった。


「何や騒がしいやんけと思って来てみたら、まさかこんな幸運に巡り合えるとは思いもせんなんだわ」

「うぇ?」


 後ろ向きに進んでいたファットンの背後に黒い外套マントを纏った青年が現れ、男の後頭部に銃を押し付けた。どうやら彼が私に向かって銃をブッ放した張本人のようだ。それにファットンに銃を突き付けているという事は、彼等の仲間でもないようだ。

 その考えは直ぐに的中し、ファットンは驚きと困惑で歪めた表情で背後に現れた若者を見上げるや疑問を口にした。


「だ、誰だぁ? アンタはぁ?」

「俺っち? 俺っちはヤクト。金銭に人一倍の情熱を懸ける賞金稼ぎバウンティハンターや」


 目深く被った革製のガロンハットを指先で軽く押し上げると、無邪気な好青年を印象付ける爽やかフレッシュさと甘さを兼ね備えたマスクが現れた。イケメンと呼べる程に全てが完璧に整っている訳ではないが、万人受けしそうな愛嬌のある顔立ちをしている。

 尤も、そう見えるのはあくまでも外面だけで、言っている台詞は本人の金への執着心を物語っていたが。だけど賞金稼ぎかぁ……。そんな職業もこの世界にあるんだなーと感心しているとファットンの表情から血の気が失われ、蒼白となった。


「しょ、賞金稼ぎぃ!? お、オイラ達を狙いに来たのかぁ!?」

「ああ、そうや。因みにアンタの首には金貨20枚の値段が付けられとるで。安いか高いかの判断は人それぞれやけどが、俺っちの感覚からしたら安い方やな。まぁ、文句は俺っちやなくって、アンタらに懸賞金を懸けた偉いさんに言うてくれ」

「ぐぐぐぐぅ……!」


 ギリギリと歯を食い縛る程に憤りを露わにするが、やはり武器を後頭部に押し付けられては成す術もないのだろう。結局何一つ言葉を返せずにいると、ヤクトは慣れた手付きでファットンの両腕を背中に回し、持参していた手錠で相手の自由を奪った。


「さて、これで一人目は確保と……んでもって、何でこんな山中にシェルが居るん? 迷子になって川を遡行してきた訳やあらへんよな?」


 そこで漸くヤクトが私の存在を視界に収めるのと同時に話題に出し、訝し気に眉を顰めた。興味半分警戒半分と言った面持ちで私を見据えつつ、手に持った銃口は私の方へ定められている。

 記憶の一部として残っている前世の最期が脳裏でフラッシュバックし、緊張と恐怖がトラウマを呼び起こす。まるで突然体内に氷塊を放り込まれたかのような感覚が襲い掛かり、特に心臓と胃が声にならない悲鳴を上げている。

 だが、幸いにもヤクト自身は無駄な殺生を好まないのか、本気の殺気を向けて来ないのが救いだった。


「先に撃ったのは俺っちやから、こんな事言うのはアレかもしれへんけど……此方の邪魔をする気があらへんのなら見逃してやってもええで。はよ海へ帰りぃ」


 しっしっと野良犬を追い払うかのように銃を持ったまま手首を撓らせるが、私としても目的があるので尻尾を巻いて逃げ帰る訳にはいかない。

 それにヤクトはファットンの事を「」と単数形ではなく複数形で呼んでいる。これは恐らくファットンだけではなく、彼の仲間であるハンスとキャトルも標的として見做しているに違いない。

 これはチャンスだ。目的は若干異なれど、私の前に立ちはだかる敵と、ヤクトが追う敵は共通の人物。つまり、手を組んで共同戦線を張れる可能性があるのだ。それが実現すれば、アクリルを取り戻せる可能性はぐんと上昇する。

 だが、その為にも先ずは此方の事情を伝えなければならない。むぅ、どうやって伝えるべきか……。私の見た事をそのまま伝えられたら―――と、思った所で私の脳裏に天啓が舞い降りた。あるじゃないか、私の見たものをダイレクトに伝える方法が!


『記憶魔法! 発動!』

「な、何や!?」


 ポンッと音が出そうな勢いで飛び出たシャボン玉にヤクトは銃口を定めるなど過敏な反応を示すも、即座に銃爪を引かず様子を窺うだけに留まった。多分、私に攻撃の意思が無いと何処かで理解してくれたのだろう。

 シャボン玉はフヨフヨと乱高下を繰り返した末、私とヤクトのほぼ中間で静止した。するとシャボン玉そのものが薄っすらと輝きを帯び、まるで映像を投影するかのように泡の表面に私が見た記憶が浮かび上がった。


「これは……」


 映像に流れたのは私とアクリルとの関係を示すもの、そしてファットンを始めとする男達が彼女を連れ去ろうとする場面だ。それを見てヤクトも私が何故此処に居るのかという疑問が解けたらしく、手にしていた銃を外套の下に仕舞い込んだ。


「お前、従魔なんか?」


 YESという意味を込めて身体を前後に揺らす。


「此処に来たのは主人である、今の映像に出とった子を助ける為やな? しかも、その子を誘拐した連中は俺っちの追い駆けている賞金首っちゅーわけか?」


 それにもYESと肯定する。するとヤクトは腕を組み、自身の顎先を摘みながら思案を巡らす真剣な面持ちで私の方をジッと見詰めた。


「つまり最終的な狙いは多少異なれど、俺っちの目指す場所と敵対する相手は同じっちゅーわけやな」


 大正解ですと言わんばかりに激しく肯定した。いやー、言葉が通じない上にジェスチャーも出来ない遣り取りが此処まで大変だとは。困難は予想していたけど、それを遥かに上回ってるね。


「ほんで? 連中の居場所は何処か知ってるん?」


 その質問に対し私が触手で宙に浮かぶシャボン玉を指差すと、丁度リーダー格の男の言葉が記憶魔法によって再生されるところだった。

『良いな、今日のオークション会場は北西の廃村だぞ? 道に迷ったり間違えたりするなよ?』

「成程なぁ、北西の廃村っちゅーたらアソコやな。あの人身売買屋、都会やなくてそないな場所で違法な商売をしとったんか。そりゃ都会を重点的に調べる騎士様やと捕まえられんはずやわ」ニィと悪役にも通じる薄い笑みを浮かべながら、ファットンの方へ横目を向ける「それにシェルのおかげで、このデカブツに問い質す手間が省けたわ」


 ヤクトの台詞を聞いた途端、ファットンはビクリと巨体を震わせた。どうやって問い質す気だったのかは容易に想像出来るが、敢えて考えないようにしておこう。

 そしてヤクトは外套の下から何も握られていない手を伸ばし、私の貝殻にポンと優しく手を乗せた。


「中々有能なシェルやないか、気に入ったわ。此処で会ったのも何かの縁や、一緒に姫さん救出しに行こか」


 こうして私は賞金稼ぎのヤクトと手を組み、アクリルを連れ去った連中を捕まえるべく同盟を結んだのであった。

 因みに捕縛したファットンを私のセーフティハウスに放り込んだ時、「俺っちの獲物を食うんやないわボケェ!」と誤解された挙句にガンッと思い切り蹴られ、早速同盟関係に罅が入ったのは内緒である。

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