第30話 十年前の落とし前

 私とその上に乗っているガーヴィンが村と山の間に広がる雑草地帯に辿り着いたの、村が襲われていると気付いてから20分余りが経過してからであった。人間の足ならば小一時間は掛かるであろうという道則を、僅か20分余りで戻って来れた意義は大きい。ましてや村が襲われている緊急事態ならば尚更だ。

 だが、既に火の手は村にまで及んでおり、夕焼けのような炎の朱色が村全体を染め上げ、その頭上に広がる空は大量の黒煙で覆い隠されてしまっている。村に残っていた人々の安否は勿論、アクリルとメリルが無事に避難し終えているのを祈るばかりだ。

 そしてもう一つ、今私達が走っている雑草地帯も今では無残な荒れ地と化していた。青々とした雑草が生い茂っていた地帯には無数の穴が広がっていた。人間の手や道具で掘った穴ではなく、強力な爆発で地面ごと吹き飛ばした所謂クレーターの方だ。まるで映画に登場する戦場跡地のような悲惨な光景であり、赤の他人が見たら山賊と村人との小規模な争いで誕生したとは到底思うまい。

 そしてクレーターの傍には防衛に当たった村人達が倒れていたが、誰もが全身を念入りに焼かれたかのように、焼死体を通り越して人型の炭と成り果てていた。人肉を焼いた際に出る不快な匂いを纏った白煙が立ち上っている所からして、焼き殺されたのは今し方のようだ。

 だが、死体となっているのは村人だけでなく、魔獣の毛皮を着こんだ山賊達の死体も複数あった。こちらは剣や槍で刺殺されたものであり、村人達が徹底抗戦した証であるのは言わずもがなだ。

 前世が人間であった私からすれば十分にショッキングな光景が広がっているが、不思議と嫌悪感は湧かなかった。まるで動物の死体を見るかのように、他人事だとすら思えてしまう。もしかして私の中にある死生観とも呼べる感覚が、魔獣シェルの感覚に引っ張られているのだろうか?


「こいつは酷いな、一体どんなヤツなんだ。山賊共の親玉ってのは?」


 ガーヴィンは顰め顔を隠さずに疑問を口にするが、その疑問を熟考する間もなく正面から私達を出迎えるかのように複数の人間が現れた。これが村人達ならばホッと安堵の溜息も吐き出せるところなのが、残念ながら相手は魔獣の毛皮を被った山賊達だった。

 飢えた肉食動物のようなまなこには単純な敵意だけでなく、嗜虐的な仄暗い感情も宿っていた。それが私達に向けられているという事は、そう簡単に死なせてはくれないようだ。無論、此方も易々と殺される気は無いが。

 ガーヴィンも相手が何を考えているのか察したらしく、冷徹な決意を胸中で静かに燃やしながらバトルソードを鞘から抜き取った。


「シェル、遠慮する必要はないぞ! 突っ込め!」

『了解!!』


 ガーヴィンの指示に従い、私は車輪に魔力を込めて更に加速させた。山賊達は急加速したシェルを見て一瞬ギョッと面食らった顔をするも、すぐに何事も無かったかのように気を取り直し、小振りのサーベルを振り被りながら躍り掛かってきた。

 下手をしたら私と正面衝突するかもしれないのに、山賊達の動きに恐怖心や躊躇は一切感じられなかった。だが、相手に逃げる気が無いのならば此方も容赦はしない。そんな私の本心を代弁するかのように、ガーヴィンの口から轟雷の如き怒号が空気を震わした。


「邪魔をするなぁ!!」


 ガーヴィンがバトルソードを横一閃に鋭く振り抜き、山賊達が振り被ったサーベルをガラス細工のように尽く打ち砕く。そして素早く剣を翻し、目にも止まらぬ電光石火の早業で斬撃を叩き込めば、瞬く間に目の前に立ち塞がった男達の体から鮮血の花弁が飛び散った。

 切り捨てられた男達が驚愕と衝撃を顔に刻んで大地に倒れ込むと、そこで漸く他の山賊仲間もガーヴィンと私を強敵と認めたらしく、表情に漂わせていた嗜虐的な感情を奥に引っ込ませ、代わりに油断ならない真剣な表情を露わにした。

 その後もハチの巣を突いたかのように、山賊達は次々とガーヴィンと私の行く手に立ちはだかっては襲い掛かって来た。数こそ多いが、逆を言えば数の暴力だけが取り柄の悪党の集まりだ。個々の武術なんて素人に毛が生えた程度のものでしかなく、鬱陶しいと思えても私達の脅威には成り得なかった。

 接近すれば元騎士として活躍したガーヴィンの剣術が容赦なく猛威を振るい、離れた場所で待ち構える輩には私の水魔法が炸裂した。いけない事だと真っ当な己が頭の片隅で嗜めるが、それでも多数の敵を少数で打ち破る爽快感が心を震わせたのは誤魔化しようがなかった。

 また立ち向かってくる山賊をウォーターマシンガンでハチの巣にしたり、ウォーターカッターで膾のように切り刻んだりする様は中々にグロテスクだが、やはり前世の頃と違い人間に対する躊躇や甘さ、そして彼等の生を奪う行為への後悔すら微塵も湧かなかった。

 これも魔獣の感覚に毒されている証拠なのだろうか? 今は自分の意思で制御が出来ているが、このまま魔獣の感覚に毒されて大丈夫なのかという不安がヘドロのように心の根底にへばり付いた。

 因みに人間と戦うのは何だかんだで今回が初めてだったらしく―――


【初対人戦闘ボーナス:レベルがアップして21になりました。各種ステータスが向上しました】

【初殺人キラーボーナス:レベルがアップして22になりました。各種ステータスが向上しました】

【経験値が規定数値に達しました。レベルがアップして23になりました。各種ステータスが向上しました】

【戦闘ボーナス発動:各ステータスの数値が通常よりも多めに上昇します】


 ――とまぁ、こんな具合にレベルが一気に三つも上昇した。戦いの最中という事もあってステータスが向上するのは喜ばしい事だが、まさか人間と戦うだけで此処までボーナスが付くとは思わなかった。

 その後も私達の猛攻が続くと遂に山賊達の中にも動揺が芽生えたらしく、怖じ気付き出す者が現れ始めた。それまで浮かべていた捕食者の顔から、天敵に見付かり蒼褪める草食動物の顔へと変わるや踵を返したのだ。


「くそ! コイツ等には敵わない! 逃げろ!」

「お、おい! 待て! 勝手に逃げるな!」


 臆病風に吹かれて一人が逃げ始めると、その後に続く形で退場者が続々と芋蔓式で現れた。その場に居た仲間の一人が呼び止めようとするも、権限はおろか力すら持たない彼の命令を聞く者など皆無だった。

 そして十数名が村の方へと駆け出し、10m程走った直後――――彼等の体が何の前触れもなく火に包み込まれた。


「ぎゃあああああ!!!」

「た、たす! うああああああああ!!!」

「何だと!?」


 男達が燃え上がった途端、私は突然の出来事に思わず車輪を急停止させてしまった。しかし、上に乗っているガーヴィンは動きを止めた私に気など留めず、火に抱かれた山賊へ警戒心一杯の視線を注いでいた。

 そして山賊と炎のダンスが終わると、村が置かれた方角から一人の山賊が現れた。今までの山賊達よりも一回りも二回りも大きい巨体を持ち、半端ないプレッシャーとも威圧的なオーラとも呼べる不可視のものを身体から醸し出している。

 もしかしてアレが山賊の親玉なのか? そんな疑問に対する答えは、意外な人物の口から飛び出した


「貴様は……ガロン!? 何故貴様が此処に!?」

「久し振りだなぁ! ガーヴィン! 十年振りか!? 時の流れは速いものだ!」


 ガーヴィンの声はワントーン以上も高く上擦り、眼は幽霊でも見たかのように大きく見開かれ、目前の巨漢ことガロンを注視していた。

 対するガロンはガーヴィンの驚愕っぷりに一種の満足感を覚えたのか、タイヤのゴムを詰め込んだかのような分厚い胸筋を激しく上下に揺らしながら豪胆な笑い声を上げた。

 どうやら二人は互いに顔見知りのようだ。それもガロンの言葉から察するに十年振りの再会らしいが、両者の間には親しさや懐かしさとは無縁のピリピリした一触即発の空気が張り詰めていた。この時点で二人の出会いが感動や友情に恵まれたものではなかった事が容易に想像出来る。


「貴様は盗賊団『火爪ファイヤークロー』の頭領として数々の無法を働いた罪で犯罪奴隷に落とされ、その後は危険な採掘作業に従事させるべく鉱山地帯に送られた挙句、そこで事故に遭って亡くなったと聞いているぞ!? 何故、此処に居るんだ!」

「ああ、その通りだ。俺は十年前にヘマを踏み、貴様達『銀の槍シルバーランス』に捕まった。その後は只管に岩盤を掘り続けるだけの鉱山生活よ。退屈過ぎて死にそうだったぜ。だが、それから8年を経て漸く俺は脱走に成功した! 岩盤事故で死んだかのように装ってな!」

「じゃあ、此処に居るのは……俺が狙いか?」


 ガーヴィンの問い質す声に刃にも似た鋭さが乗せられると、それを弾き返すかのようにガロンが怒声で返した。


「当たり前じゃねぇか!! テメェが余計な活躍をしてくれたせいで俺は8年も人生を無駄にしたんだ! 脱走してからの2年間もテメェの居場所を探るのに費やしたんだから、合わせて10年だ! 居場所を探る傍らで子分達も増やしたが、火爪の頃に比べたら半分にも満たないし、今みたいな腰抜けも多い」


 そう言いながらガロンは逃げ出そうとしていた山賊達の死体に視線を落とした。部下や仲間に向けるにしては軽蔑や唾棄を多く含んだ視線は、信頼するどころか使い捨ての道具としか見ていない事を意味していた。


「相変わらずだな、手下を使い捨てにするところは。それじゃ折角お前を信じて付いてきた奴等が報われないぜ」

「がははは!! 騎士様はお優しいですなぁ! だけど、心配は御無用。こいつらは全員悪さをして人間失格の烙印を押されたロクデナシ共だ。どんな扱いをされようが文句は言えんさ」

「それでも貴様に比べれば、遥かにマシだろ?」


 そこでガーヴィンは私の頭上貝殻から降り立ち、抜き身のバトルソードを握り締めたままガロンの方へと歩き出した。私も彼の後ろを付いて行こうとしたが、ガーヴィンが肩越しに注ぐ制止の視線が同行を許さなかった。


「シェル、お前はそこで待っていろ。コイツは俺が相手する」

「ほぅ、良いのか? 貴様が騎士を辞めてからのブランクとやらを考えると、一人と一匹の方が丁度良いのではないのか?」


 余程の自信を持っているのか、それとも挑発しているのか。ガロンはガーヴィンに対し魔獣と一緒に戦っても良いと余裕な態度を振る舞うも、ガーヴィンは敢えて彼の申し出を拒否した。


「生憎だが、コイツは娘の従魔だ。勝手に命令するのもいかんし、娘にも丁寧に扱ってくれと頼まれているからな」


 ガーヴィンの説明にガロンは「ほぅ」と感心したように呟き、自身の鯰髭を優しく撫でた。


「成程、その魔獣は娘のものか。そう言えば村を襲った時に老男女に混じって可愛らしい娘と若い女が居たなぁ。さては、アレは貴様の家族か?」


 既にそれが事実だと分かり切っているのに、わざとらしい口調で尋ねるところからしてガロンの底意地の悪さが窺える。だが、奴の意地の悪さなんてどうだって良い。ヤツがアクリルを襲ったかもしれない思っただけで、私の中で怒りのマグマが噴火山のように込み上がっていく。

 そのまま私の怒りが噴火するかと思われたが、ガーヴィンの方が一足先に怒りを爆発させた。しかも、その怒りの爆発物には相手への殺意を込めた殺気が含まれており、殺傷力を高める為に混ぜる釘や鉄のようにソレが周囲に飛び散った。

 傍にいた私の肌にガーヴィンの怒りが刺さった途端、まるで天敵を目の当たりにして見えない鎖で縛り上げられているかの如く動けなくなり、器官がキュッと引き締まって一時的に息が出来なくなった。

 文字通り生きた心地がしなかった。例え彼の怒りの対象が自分ではないと頭の何処かで分かっていながらもだ。

 込み上がっていた筈の私の怒りは一気に下降へと向かい、そのまま底を突き抜けて冷や汗の止まらない悪寒だけが私の中に居残った。遠巻きにいた山賊達も彼の殺気に呑まれており、おっかないものを見るかのような眼差しをガーヴィンに向けている。

 ガーヴィンは猛禽類のような感情を削ぎ落した冷酷な円を瞳孔に描き、錐のような鋭い視線でガロンを射抜いた。が、ガロンはニヤリとほくそ笑むだけで、鋭利な殺気を正面から受けてもビクともしなかった。


「念の為の聞くが、俺の妻と娘に手を出してはいないだろうな?」

「さてな。俺も最近物覚えが悪くてなぁ。手を出したかどうか、よく覚えておらんのだ」


 ニヤニヤとした笑顔を顔に張り付けていけしゃあしゃあと言葉を濁すが、それだけで判断を下すには十分だった。


「そうか。――――なら死ね」


 死刑宣告を下すやガーヴィンは剣を肩に担ぎ、剣の重さを感じさせない速さで突撃した。ガロンも両腕を高らかに持ち上げる柔道に似た構えを作り、向かってくるガーヴィンを迎え入れた。


 そして荒れ果てた草原地帯に激しく衝突する金属音が響き渡った。

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