#015-第二話「落ちる」

 うわわっ!?


 火災報知器が作動するんじゃないかっていうくらいの濃い煙に、俺たちは思わず顔を見合わせた。毒性があったりしたらもうアウトである。イナバウアーさんも心配だ。ていうか、窓開けないとまずくね? いや、でも、窓なんて開けたら消防車がスッ飛んできかねない濃さの煙だ。深夜の今、もうもうたる黒煙との区別もつかないだろう。


 その煙たるや凄まじく、視界は三メートルくらいしか確保できない。二、三歩の距離にいる、リオや姉の顔ですらはっきりと見えないのだ。


「アハシマ、こんにゃろう! いきなりなんだこれは!」

『はははは、相応しい演出っていうヤツ?』


 マリア先輩の声だ。だが、その口調は限りなく謎の声アハシマ。俺はリオと姉を背中に庇いながら、部屋の中央付近に向かって怒鳴った。


「この毒々しい悪趣味な煙、まさに悪役の登場に相応しいな!」

『これは母上の趣味だからね。僕には何ともしようがないよ』


 煙の中央に、ゆらりと影が立ち上がる。よく見えないが、マリア先輩だろう。


『君のお姉さんと凛凰に、直接的な危害を加えてこなかったことくらいは、ある程度褒めてくれてもいいんじゃない?』

「当然のことだろ、それ。卑怯な手を使わなかったから褒めてくれとは、なんていう傲慢な野郎だ」


 俺が言うと、煙はさらに濃さを増した。もはや自分の指先も見えない。まさか目潰しなんていう手段に出てくるとは……!


『ん……?』


 アハシマのどこか間の抜けた声が聞こえた。


『母上、何を……!?』


 イザナミ……?


 イヤな予感がして、俺は手探りで、後ろ手に姉とリオの手を握った。二人ともすぐに握り返してくる。


 その瞬間――。


 俺たちは不愉快で危機的な落下感を味わった。この紫の空間の中を、轟音と共にどこまでも落ちていくような、そんな恐怖感が俺たちを自然に抱き合わせた。この感覚の前には、俺は何もできない。悲鳴を上げることだけは何とか堪えたけれど。姉とリオの顔は見えない。轟々たる音に支配された空間では、悲鳴すら聞こえない。


 その何十秒か、あるいは何分かわからない、延々と続くフリーフォールは、突然終わった。


 一面見渡す限り何もない、草原。視線を上げれば、写真でしか見たことがないような満天の星が輝いていた。月の輝きも天の川の燦然たる色を覆い隠すには至らず、夜であるにも関わらず、地面には色とりどりの花が咲いているのが分かった――とにかく明るいのだ。


「桜……?」


 姉の呟きに振り返れば、俺の背後には見覚えのある大きな桜の木があった。札幌の桜はもうとっくに散ってしまっているはずだが、この木は依然として爛漫たる桜の花を絢爛に咲かせていた。ツクヨミと交わした口付けを否応なしに思い出させられる。


「ハルくん、あそこ見て」


 リオが指さす先に、人影があった。

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