#009 鹿師村姉妹

#009-第一話「冴羅の来訪」

 結局、ゴールデンウィークが開ける頃になっても、姉からの連絡はなかった。LINEも既読こそつくが、返信はなかった。


 そして、今日は五月七日・土曜日。新月だ。今夜は俺の部屋にはリオの他にもう一名の客人がいる。リオの妹、冴羅である。


「ていうかお姉ちゃん。もうこれ同棲じゃん?」


 冴羅がニヤニヤした口元を、グラスで隠しながら言った。そのグラスの中には、買いだめしてあるガラナが注がれている。


「へっへっへ。でも一応三日に一回はあっちの部屋に帰るよ。マンガ描かなきゃならないしね」


 エプロン姿でオムライスを作っているリオが悪びれもなく応える。冴羅は俺をジト目で見ながら、やっぱり口元をにやけさせている。


「ハルくんってさ、なんかフェロモンでも出してるわけ?」

「ふぇ、ふぇろもん?」

「うん。だってさぁ、私から見たらどう見てもさ、そこらにいるフツーの人なのに。その他大勢的っていうか?」


 ど直球の言葉の弾丸が俺の胸に突き刺さる。うん、いやまぁ、わかってます。俺はモブです。モブい人です。


「こらぁ、冴羅! 私の旦那様に酷いこと言わないの!」

「うっわ、旦那様発言きたわぁ!」


 冴羅は左手で大袈裟に顔をあおぐ。そんな冴羅に向けてケラケラと笑いながら、リオはフライパンの中の物を皿に移動させた。


「さ、できたよ。オムライス。各自持って行くようにー!」


 最近のリオの料理は、ただでさえレベルが高かったのに、さらに磨きがかかってきていた。バリエーションも着実に増えてきていたし、節約レシピの方にも手を出したりしている。冷蔵庫の中の残り物だけでも、ちゃっちゃと料理を作り上げてしまうその様子は、まるで魔法でも見せられているかのようだ。


 俺たちは各自の皿をテーブルに移動させ、そしてあれやこれやと当たり障りのない話題をしつつも、オムライスを完食した。


「お姉ちゃん、相変わらず料理上手いね」

「料理って何よ、って」


 リオは手際よく皿を回収しながら、半笑いを浮かべてつっこむ。冴羅は「いやべつにー」とすらっとぼけた口調と表情で応じている。かと思いきや、不意に真面目な顔になって、「それでさ」と座り直した。


「お姉ちゃん、ハルくん。先生との一件って、上手いこと解決したの?」


 思わぬ直球に、俺は息を飲んだ。振り返ったリオは、目を宙に彷徨わせている。その様子を見て状況を悟ったのか、冴羅はこれ見よがしに溜息を吐いて、額に手を当てて首を振った。


「なんか、余計にこんがらかってそうだね……」

「ま、まぁ、ね」


 俺は立ち上がって冷蔵庫のドアを開けた。中にはガラナの1.5リットルペットボトルが三本鎮座している。そのうち一本を手に取り、ついでに水切りに置かれていたグラスを取って、テーブルの所に戻る。……冴羅の視線を感じながら。


「私がああだこうだとツッコミ入れるのも野暮だと思うけどさ。ここまで同棲もどきな生活しちゃってるなら、やっぱりさ」

「そうなんだけどね」


 俺は頭を掻きながら、どう説明したらいいものか考える。リオがガラナを入れたコップを持ちつつ、俺の左前、つまり冴羅と向かい合うようにして腰を下ろす。


「私はね、冴羅。先生の想いが理解できる。できてると思ってる。だから、無下むげにはできないのよ」

「でもお姉ちゃん。この際、もう近親相姦がどーたらこーたらっていうのは置いておくけどね、そういうのって優しさなのかな?」

「え?」

「お姉ちゃんは私にとっても自慢のお姉ちゃんだよ。共感力っていうのかな、そういうのがすごく高くて。でも、それって、お姉ちゃんを苦しめてる気がするんだよ、私は」


 冴羅はそう言って立ち上がり、ガラナのボトルを冷蔵庫から持ち出して、テーブルの中央にどんと置いた。


「ハルくん、ガラナ以外ないの?」

「ごめん、お茶は飲みきっちゃって」

「ふーん。ま、いいけど」


 冴羅は遠慮なくガラナを注ぎ、そしてグラスの半分程度を一息に呷った。


「でさ、お姉ちゃん。本当に先生とハルくんが、その、えっと、したら。それはそれでしょうがないって我慢できるの?」

「うーん……」


 リオは後ろに手をついて天井を見上げる。俺はそのリオの透き通るように白い喉のあたりを、ぼんやりと眺めた。

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