#007-第三話「人間原理」

 まぁ、冗談は置いておくとして。


 俺は少し気持ちが火照って来るのを感じていた。そりゃそうだ。あんなことを言われてしまって、(いろんな意味で)火照らない男子がいるだろうか、いや、いない。今すぐキスしたいっていうくらいに、俺のテンションは上がっている。もっとも、こんな衆人環視の状況下でキスするほどの恥知らず系カップルではない。そういえば、最近は腕を組むのは全然恥ずかしくなくなったな。でも、キスはないでしょ、キスは。


「あ、ハルくん。スマホ鳴ってない?」

「ん? あ、ほんとだ」


 ポケットからスマホを取り出すと、LINEメッセージが表示されていた。姉からである。


「姉ちゃんも会社の花見で、ここにいるんだって」

「そうなの!?」

「うん。俺たちを見たよって」

「え、どこどこ?」


 俺たちはきょろきょろとあたりを見回した。何せ人、人、人だ。焼肉の煙で視界が遮られるし、木もそこそこに生えているし。


「あ、いたよ! あそこ!」


 リオが指さす先に、手を振る姉の姿が見えた。年配の男女もそこに居て、俺たちの方を見ていた。姉は流れるような動作で立ち上がると、少し速足で俺たちの方へとやってきた。


「偶然だね~」


 にこやかに姉が言う。俺は頷き、姉の肩に落ちた桜の花びらを見やる。


「ハルちゃんたちもお花見してたの?」

「うん。サークルのね。もう解散したけど」

「そうなんだ」


 姉はそう言って、少し思案した。


「後で三人で中島公園に行かない?」

「中島公園?」


 俺とリオの声がハモる。姉は「そう」と頷く。


「中島公園の桜並木、かなりのものなんだよ」

「そうなんだ。全然知らなかった」

「隠しスポットだからねー。観光客の方がよく知ってるんじゃないかな?」


 姉は「どう?」と誘いかけてくる。俺はリオと顔を見合わせる。


「私、見に行きたいです! のんびり公園を散歩するのもいいですよね」

「ハルちゃんは?」

「今年の桜は今年しか見られないもんね。じゃぁ、時間とかさ、あとでLINEしてよ」

「おっけー」


 姉は指でマルを作り、そして手を振って会社の人たちの所へと戻って行った。その姿を見送ってから、リオは自分のスマホで中島公園の桜情報を検索しつつ、言った。


「中島公園かぁ。私、何年も行ってないよ」

「俺も」


 リオが見せてくれた情報によれば、中島公園の桜も満開になっているそうだ。ただ、桜の種類が幾つもあるので、ちょっとくらい時期がずれてもどれかの種類の桜が咲いているようだ。


「桜の種類なんて気にしたこともなかったけど」

「あは、私も」


 ソメイヨシノ、チシマザクラ、エゾヤマザクラ……。


 まぁ、桜といえばソメイヨシノと思っていれば間違いはないのだろうけど、その他の桜だって美しいに違いないのだ。


「でもさー」


 リオが伸びをしながら言った。


「ゴールデンウィークにのんびーり花見ができるってのは、北海道の特権かもしれないねぇ」

「それはそうかも」


 生まれも育ちも札幌な俺には、卒業や入学の時期に桜だなんて想像もできないのだけれど。でも、例年、桜の開花はほぼゴールデンウィークの頃合だ。これは偶然なのか必然なのか。思わず人間原理の学説に足を踏み入れそうにもなる。


「さて、そうと決まったら、いったんおうちに帰って仕切り直しましょーか!」


 リオは俺の手を引いて、駅の方へと歩き出すのだった。

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