#006-第二話「キツネの仕事」

 リオさんの放つラブラブオーラにちょっとばかりクラクラしながら、俺たちは麻生あさぶ駅直結のイオンで買い物をしてから、リオさんの家に立ち寄った。今日もリオさんはうちに泊まりたいのだという。もうこれ、半ば以上同棲だよなぁとか思いつつ、別に悪い気もしない。いや、正直に言うと、むしろ(当然のように)歓迎だ。


 しかしやはり女の子の部屋である。良い匂いがふわふわと漂っているかのようだ。


「着替えと明日のテキストと……。忘れ物があったら取りに来ればいいか。よし、おっけー」


 もう間もなく午後七時になる。外はもうすっかり日も落ちて暗くなっていたし、夕方からかかってきた雲のおかげで星も月も見えない。時々吹き抜けていく風も、十分に冷たい。その中を買い物袋を両手に下げた俺と、ショルダーバッグを持ったリオが並んで歩く。街灯の灯りに作られた影が、一定の間隔で伸びては縮んでいく。


「ん?」


 間もなく俺の部屋、という地点で、俺とリオは同時に足を止めた。


「なんだ、ハルアキか」


 俺のアパートの屋上に、大きな白いキツネが座っていた。まるで周囲を監視しているかのように、鋭い表情(たぶん)であたりを見回している。


「ハルアキのやつ、どうしたんだろ?」

「何かいるのかな?」


 リオは首を傾げつつ、ショルダーバッグを担ぎ直した。


 うっかり忘れそうになるが、ハルアキの姿は他の人には見えない(はずだ)。だから、傍目には、俺たちはただ何となくアパートの屋根の上を見上げている不審者である。まさか「何してんの?」と問いかけるわけにもいかず、仕方ないのでとりあえず部屋に入ることにした。外階段に足をかけつつ屋根を見上げると、ハルアキと目が合った。


 鍵を開けて部屋に入ると、リビングの真ん中にハルアキがででんと居座っていた。リオがバッグを床に置きつつ、ハルアキに顔を向ける。


「屋根の上で何してたの?」

『ここを中心に、気が乱れておる』

「気?」

『準備、であろうな。三週間後の満月の日のための』


 ハルアキは尻尾をゆらゆらと揺らす。猫が獲物を前にした時に見せる仕草のようだ。


『このあたり一帯、魑魅魍魎どもに溢れておったが、我が駆逐しておいてくれたわ』

「そ、そりゃどうも」


 溢れておったって、それどんなカオス。いやいや、考えてみれば神様連中が、俺とマリア先輩に関与しているのだ。何が起きたっておかしくはない。


『我と、アマテラス、或いはツクヨミの加護もある。雑魚どもが悪さをすることはないと思うが、多少の霊障には目を瞑ってくれ。瑣末さまつな現象まで相手に出来るほど暇にはならなさそうでな』

「わかった」


 リオが俺より先に頷いた。俺も遅れて「うん」と反応する。隣に立ったリオが俺の右手を握ってくる。……柔らかいなぁ。


「なんかイヨイヨって感じがするねー」

「リオさん、楽しんでる?」

「しょぼくれてても良いことないよ。力抜いていた方が、ここぞって時に力が出せるからね」


 軽快な口調でそう言ったリオは、またハルアキの方を見た。巨大な白キツネはじっと黙ってリオを見つめ返す。


「ハルアキ、私たちの将来のために、いろいろとよろしくね♡」

『う、うむ……』


 あ、このキツネ、今ちょっとほだされなかったか? ちょっとだけカチンと来た俺氏であった。


『これよりしばらく、我はこのあたり一帯に結界を作る作業に専念する。雑魚どもは発見の都度掃除するが、何かあればいつでも我を呼ぶが良い』

「おや、ずいぶんと協力的で」

『大義のため。我個人としては、別に貴様がどうなろうと知ったことではないが、アハシマの受肉を阻止するためだ。そのために』

「あーはいはい」


 ツンデレだなぁ、こいつは。


 俺は左手をひらひらと振る。キツネは幾分ムスッとした様子だったが(たぶん)、数秒して何も言わずに姿を消した。

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