#005-第五話「中林さんの属性は……」

 そんなサバイバビリティを試される昼食を何とか無事に終えた俺たちは、今度は人の流れに乗って動物たちを見て回った。というより、俺自身は前を歩く女子三人の会話を聞きながら、その美脚(主にリオさんの)を眺めていたというのが正しいのかもしれない。知っての通り、俺は自分から話を振るというような器用さを持ち合わせていないので、主に聞き役になるというわけだ。リオもその辺は重々承知してくれているので、基本的には俺には話題を振ってこない。無理矢理会話に参加させようとしてこないというのは、俺にとっては非常に気が楽で良いのだ。


「私たちね、もしかしたら近々結婚するかもしれないよ」

「へ? はやくね?」

「えっへへ。ま、時期はわかんないけど、二十歳になる前に結婚するかもしれない」


 目を丸くする黒井さんに、リオは何となくだらしない笑顔を見せている。中林さんはメガネのフレームを押し上げて、「ふむ」と頷いた。


「付き合い自体は随分長いんだろう?」

「えっと、知り合ってから七年目?」

「七年かー!」


 黒井さんが微睡んでいるサーバルキャットを眺めながら声を上げる。そうだ、中学一年の時からだから、今年で七年目なのだ。正式に付き合ってから、となるともう少し短くはなるが。思えば俺は、姉とリオ以外の誰も、恋愛対象として認識していなかった気がする。たぶん、その距離感があるから、中林さんも黒井さんも、俺を「男」とは見ていないのだろうなというようにも思う。俺としても快適な距離感だから、全然問題はないんだけど。


「それだけの期間一緒にいるなら、もう夫婦みたいなものじゃないか?」

「確かになー」


 眠そうにしているサーバルキャットと見つめ合いながら、黒井さんは頷いた。うん、確かに。あとはをあれこれするだけで、正式に夫婦になる。それだけだ。……それだけなのか?


「ま、バカ鷹よ。鹿師村みてーな嫁さんにはこの先一生出会わねーと思うから、大事にしろよな」

「お、おおう」

「キョドってんじゃねーぞ、阿呆。しっかり気合い入れとけ」


 黒井さんはわざわざ俺の目の前までやってきて、下から俺を見上げた。


「結婚式、どうしてもって言うなら行ってやらないではねーからな」

「愛ちゃーん、まだそういうの何も決めてないから―」


 リオが黒井さんを背中から抱きしめて、そう囁いた。黒井さんは頬を赤く染めて「な、ばかっ、こんなところで、やめっ、あっ」とか悩ましい声を上げていた。リオも面白がってやるもんだから、もう何この百合百合しい空間、みたいな状況になる。


「相変わらずだな、鹿師村さんは」

「エスカレートしてる気もするけどね」


 中林さんと俺は、すっかり傍観者である。黒井さんには気の毒だが、男目線では大変嬉しい眺めなので、犠牲になってもらうしかない。許せ。


「兄と君のお姉さんの件は残念だった」

「あ、ああ」


 直樹さんか……。


「詳しくは聞いていないが、恐らく兄の狭い世界観が君のお姉さんの視点とマッチしなかったということだろう」

「……なのかな」


 俺との関係をカミングアウトして、その結果――。


 正直、直樹さんには気の毒なことをしてしまったという思いもある。だけど、覚悟していたとは思うけれど、姉の心は傷付けられてしまったのだ。そして多分、未だに癒されていない。あの精神力の姉だから、表に出すようなことはまずないだろうが、俺にはわかる……気がする。


「君と義理の姉弟になれたら面白いなと思ってもいたのだが、まぁ、上手くは行かないものだな」

「そうだね」


 ぎゃーぎゃー言いながら前を行くリオたちについていきながら、俺と中林さんは並んで歩く。マサイキリンのユウマが俺たちを遠くから見つめていた。


「ん? 中林さんがお姉ちゃんになるわけ?」

「おかしいか? いや、い、妹でもいいけれど」


 何故か急にもじもじしだした中林さんに、不覚にもキュンとなった。


「となると、大鷹君が、お、お、お兄ちゃんということになるわけか」

「そう言われるとなんか照れるね」


 そうか、中林さんはお兄ちゃんっ子だったのか。見た目にそぐわず、妹属性を持っていたのだなぁ。


「ま、まぁ、この話はもうなかったことにはなっているんだが」


 中林さんの口調は、どこか名残惜しそうだ。


「あ、そうだ。中林さんは誰かいい人いないの? 大学で出会いとか」

「いいひと?」


 中林さんはメガネのフレームをクイッと押し上げる。


「恋愛は今の所は考えてないな。もっとも、君と鹿師村さんを見てると、羨ましいなと思うこともある。でも、私に鹿師村さんほど上手に振る舞えるかと自問しても、大抵は否定的な答えしか返ってこないな」

「リオはほんと凄いと思うよ」

「うむ」


 中林さんは頷きつつ、何気ない動作でキリンに手を振った。キリンが俺たち四人を興味深げに見下ろしている。舌の色って紫なのな。その色と長さに吃驚した。


「でも、鹿師村さんもすごいが、大鷹君だって負けてはいない。君にならどんなボールも投げられる感じがする」

「うん?」

「……つまり、何を言ってもやっても、君なら笑って受け止めてくれるだろうっていう安心感があるっていうことだ」


 中林さんは俺をレンズ越しに直視しつつ、そう言った。正面切ってそんなことを言われるという体験はなかなかできないので、ソワソワするしかないわけで。


「君たちの結婚は祝福するよ」

「まだいろいろ片付けなきゃならないけどね」

「そんなもんだろう、結婚というのは」


 中林さんはふと優しい表情を浮かべてそう言った。


「君たちは私の恩人だからな。最初に幸せになってもらわなければ困る」

「恩人って、んな大袈裟な」

「君たちと出会っていなければ、私はこうして女子大生を名乗ることもできなかっただろうし、友人を作ることすらできなかっただろう。だから、君たちは私を救ってくれた恩人なんだ。否定しないで欲しい」


 中林さんはまた微笑んだ。その凛々しい顔立ちから生まれる柔らかな表情は、「美しい」と表現するほかにない。


「うん」


 俺は芸もなく頷き、そしてずいぶん先に行ってしまったリオと黒井さんの背中に向けて少し速足で歩き始める。後から動き出した中林さんは、軽やかに俺を追い越して行った。

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