とうとうお別れなのよ!

 私は箕輪まどか。高校生の霊能者。


 遂に私達は史上最悪の敵である内海廉寛を追いつめようとしていた。


 かつて、私が小学校の旧校舎で浄霊し、その後で中学校の後輩である坂野義男君を助ける時に手を貸してくれたお侍さんの霊がまた来てくれたのだ。


 名前は長くて難しいから覚え切れないけど、廉寛をビビらせたその圧倒的な霊威は頼もしかった。


『我が名は奥平長恒だ……』


 悲しそうな目で言われてしまった。苦笑いするしかないまどかである。


「おのれ、誰であろうと、我が宿願を邪魔するものは許さぬ!」


 廉寛は怯んでいたのが嘘のようにまた威圧的な顔になった。


『ならばこの名刀であるこの王仁丸にて成敗するまで』


 長恒さんの顔は険しくなった。全身から放たれる光がその輝きを増していく。


「できるものならしてみよ!」


 廉寛は独鈷を掲げ、死霊を呼び集めた。たちまち洞窟の天井を覆い尽くすように死霊達が集まり出した。


 あの半分禿げオヤジだった魔藤喜美隆の時とはその濃さが違う。


 向こうが見えなくなる程厚くなっているのだ。


『笑止!』


 ところが、それだけの死霊の集団を長恒さんは一振りで消滅させてしまった。


「おのれえ!」


 廉寛がまた独鈷を掲げて死霊を集める。長恒さんが消し飛ばす。


 それが幾度となく繰り返された。廉寛は疲れていないようだが、さすがに手詰まりと思ったのか、


「ならば搦め手からいくまで!」


 今度は鈴を振り、またしても意識を閉じなければ乗っ取られそうな波動を発した。


「くう!」


 私は姪の小町と意識を一つにし、堪える。ふと横を見ると、もう一人の蘭子さんは涼しい顔をして立っていた。


 やはり、この人は人間をはみ出した存在かも知れない。震えてしまいそうだ。


『怖がらないで、まどかちゃん』


 今は「中の人」になってしまっている表の蘭子さんが心の声で語りかけて来た。


「はあ!」


 ところが、その波動すら、長恒さんは刀を振るって打ち消してしまった。


 もう一人の蘭子さんがその刀を欲しそうな顔で見ているが、あれは手に入れられないと思う。


「何と!?」


 廉寛も長恒さんの強さに驚いたようだ。歯軋りしている。


『覚悟致せ!』


 長恒さんが刀を振り上げて一歩前に出た。すると廉寛はそれに合わせて後退り、


「うぬらとじゃれ合うはしまいぞ」


 ニヤリとして柄香炉を振った。飛ばせないのがわかっているのに使ったという事は?


 そうか、逃げる気ね! ところが、廉寛は消えなかった。


「無駄だよ、戦国ジジイ。洞窟の外で直美の里のバア様達が結界を張ってる。どう頑張ったって、どこにも行けねえぞ」


 唖然としている廉寛にまたしてももう一人の蘭子さんが中指を立てて言い放った。


 中の人の蘭子お姉さんがまた項垂れているのがわかる。


「認めぬ! ここで終いなど、認めぬゥッ!」


 廉寛が目を見開いて怒鳴り散らした。焦っているのだ。


「奥平摂津守長恒様、ここは私達に任せてくださいませんか?」


 蘭子さんが言った。あれ? いつの間にか、中と外が入れ替わったみたいだ。


『承知した。お任せ致そう』


 長恒さんは蘭子お姉さんに微笑んだ。どうするつもりだろう?


「まどかちゃん、一緒に唱えて」


 蘭子お姉さんが私を見て微笑む。もしかして?


『そうだよ、まどかお姉ちゃん。六字大明王陀羅尼ろくじだいみょうおうだらにを唱えるの』


 小町がテレパシーで告げる。


「無理だよ、小町。私には到底無理!」


 六字大明王陀羅尼は究極の浄化真言だ。


 蘭子お姉さんの他は、神田原明蘭さんしか唱えられない。


 そのお二人でも、いつでも唱え切れるとは限らないのだ。


『大丈夫。私がついているから』


 小町が言ってくれた。


『拙者もおるぞ』


 長恒さんが微笑む。私は胸のつかえが取れた気がした。


「はい」


 笑顔で長恒さんに応じた。そして、蘭子お姉さんを見て頷く。


「何をしても無駄ぞ。ここから出られぬのであれば、うぬらを贄として更に力を蓄え、結界を破るまでよ!」


 廉寛の顔が更におぞましく歪んだ。


「そんな事、断じてさせないわ!」


 蘭子お姉さんが印を結ぶ。私もそれにならって印を結んだ。そして、目を閉じ、真言を唱える。


「オーンマニパドメーフーン」


 蘭子お姉さんと私の身体から、清らかな浄化の光が溢れていくのがわかる。


「ぬう!?」


 廉寛もこれには慌てているようだ。この真言の波動を受ければ、悪鬼羅刹あっきらせつですら浄化されると言う。


 こんな時に何だけど、悪鬼羅刹って何?


「その程度の浄化真言で、我の無念を消す事など叶わぬ!」


 蘭子お姉さんと小町と長恒さんの助けを得た私の浄化の光を受けても尚、廉寛は消えなかった。


『この執念、羅刹にまさるとでも言うのか?』


 長恒さんが目を見開いている。これを堪え切られてしまえば、もはや私達にはなす術がない。


「わははは!」


 廉寛は次第に薄れていく浄化の光の中で高笑いした。私も蘭子お姉さんも呆然としてしまった。


「内海帯刀を浄化した時でさえ、廉寛の残留思念は消し切れなかったわ。限界なの?」


 蘭子お姉さんが弱音を吐いた時だった。


あきらめるのはまだ早いです、西園寺先生!』


 それは明蘭さんの声だった。


『小町さんを通じて、こちらからの真言を届けます』


 明蘭さんはそう言うと、


『オーンマニパドメーフーン』


 六字大明王陀羅尼を唱えた。


『私達も唱えるわ』


 私の彼氏の江原耕司君のお母さんである菜摘さんと明蘭さんのお母さんである明鈴さんの声が聞こえる。


「何だと!?」


 三人の六字大明王陀羅尼の真言が、小町を通じ、更に私の身体を通して廉寛に向かった。


 洞窟の中がまるで昼間のように明るくなった。


 これでダメなら、今度こそなす術がない。神様、仏様と祈ってしまう。


「ぬあああ!」


 今度は廉寛は堪え切れないようだ。雄叫びを上げ、地面を転げ回った。


「どうして?」


 蘭子お姉さんが疑問に気づいた。そう。私も気づいた。


 廉寛は苦しんでいるのだが、浄化されてはいないのだ。


『わからないのか、もう一人の蘭子? 戦国ジジイは闇でも穢れでもないんだよ』


 もう一人の蘭子さん、ややこしいので、裏蘭子さんが心の声で言った。


 私と蘭子お姉さんは顔を見合わせた。廉寛は最初から闇に染まらないようにしていたのだ。


 浄化真言では苦しめる事は出来ても、消す事はできない。何て事だ……。


『奴が何故魔藤なんていう間の抜けた手下を使ったか、考えてみろ? 闇の仕事は他人にさせ、自分は闇にも穢れにも染まらないようにしていたんだよ』


 裏蘭子さんが言った。


『そして、奴は即身仏になる事で、自分の霊力を高めたんだ。浄化じゃなくて、ぶっ潰すしかないのさ』


 裏蘭子さんのその言葉に私と蘭子お姉さんは涙が出そうだ。


 みんなで力を合わせて廉寛に立ち向かったのに、今までの事が全部無駄になってしまうの?


 身体から力が抜けていく……。


「うぬらの負けだとわかったか? 大人しく結界を解くか、ここで死ぬるか、どちらか選べ」


 廉寛が得意顔で言う。私は悔しくて歯軋りしかけた。その時、背筋せすじが凍る事が起こった。


『迎えに来たぞ、内海廉寛』


 その声に廉寛がギョッとして振り返った。


 そこには、あの地獄の使いである黒い着物の少女がゾッとする笑みを口元に浮かべて立っていた。


「何故、其方がここに?」


 廉寛はまさしく驚愕していた。死人だからか、汗は掻いていないし、心拍数も上がる事はないだろうが、焦っているのははっきりとわかった。


「まどかちゃん!」


『箕輪まどか!』


 蘭子お姉さんと長恒さんに庇われ、私は廉寛から引き離された。


 次の瞬間、廉寛の頭上から巨大な岩が落ちて来て、廉寛を押し潰してしまった。


 思わず目を背けた。蘭子お姉さんが優しく頭を撫でてくれた。


 恐る恐る目を開けると、黒い着物の少女が廉寛の霊を連れて消えていくのが見えた。


『助かったぞ、其方達。礼を言う』


 黒い着物の少女はニヤリとして言うと、フウッと消えてしまった。


 今、少しだけ漏らしてしまったかも知れない……。


「あ……」


 洞窟全体を揺るがす振動が起こった。遂にここが崩落してしまうようだ。


 でも、出口は廉寛が閉ざしてしまったため、脱出できない。


『いや、心配要らぬ、箕輪まどか』


 長恒さんがある壁の方を指差した。それに釣られてそちらを見ると、岩の一部が崩れて、その向こうから柳原まりさんが現れた。


「蘭子さん、まどかさん、こっち!」


 まりさんが気の力でここまで来てくれたらしい。私と蘭子お姉さんは長恒さんに助けられながら、まりさんの誘導に従って、穴の中に逃げ込んだ。


 その時、洞窟の崩落が始まり、土煙と石粒が舞い上がって来たので、私達は更に先へと走った。


 しばらく進むと、光が見えて来た。外だ。


 そこには、廉寛に飛ばされてしまった仲間達がいた。


「江原ッチ!」


「まどかりん!」


 私は江原ッチと再会を果たし、抱き合った。


『箕輪まどかよ、よくやった。これからも拙者は其方を見守っておるぞ』


 長恒さんの霊は天へと帰って行った。私達は手を合わせてそれを見送った。


「先生!」


 小松崎瑠希弥さんが泣きながら、蘭子お姉さんと抱き合っている。


「瑠希弥!」


 蘭子お姉さんも泣いていた。


「内海廉寛は、闇に染まって人を殺めると、地獄の使いに迎えに来られると思っていたようですね」


 江原ッチのお父さんの雅功さんが言った。


「ところが、闇の仏具を使った者が、あの少女に連れて行かれるのが真実だったようですね。だから、内海帯刀は仏具を使わず、鴻池大仙に託したのですね」


 心霊医師の矢部隆史さんが続けた。


「それがわかっていたので、わざわざもう一人の私は廉寛を甦らせたみたいです」


 蘭子お姉さんが言った。なるほど。そういう事だったのか。


『ばらすんじゃないよ、もう一人の蘭子』


 裏蘭子さんは恥ずかしそうだ。私は蘭子お姉さんと微笑み合った。


「闇の仏具も全て、誰にも見つけられないようになったわね」


 冬子さんがわたるさんを見てボソリと呟いた。


 長い戦いが終わった。やっと一段落できそうだ。


 ここのところ、働き過ぎだったから。霊感課って、もしかしてブラック企業ではないかと思ったほどだ。


 毎度毎度申し訳ないんだけど、ブラック企業って何?


 


 そして、時は流れ、西暦二千二十年。東京オリンピックの年になった。


 高校時代、赤点先生と呼ばれた事もある私も何とか大学を卒業し、晴れてG県警霊感課に配属になった。


 我が兄貴の慶一郎は鑑識課長に転属になり、霊感課の課長は復帰した奥さんのまゆ子さんが引き継いだ。


 鑑識課最古参の宮川さんは、ようやく奥さんの実家と和解し、復縁を果たしたらしい。


 亡くなった娘さんのまどかさんが教えてくれた。


 そして、婚約者の朽木孝太郎さんと結婚した力丸あずささんは、三人の子供に恵まれ、幸せな家庭生活を送っている。


 親友の近藤明菜は、あずささんの後任として霊感課の経理事務員になった。


 彼氏の美輪幸治君は、高校卒業後、G県警M警察の警察官になり、今年度から晴れて刑事課に転属になる。


「また一緒に捜査できるな、江原」


 美輪君は私との結婚を控えている江原ッチに言った。


 江原ッチも私と同じく、霊感課の捜査員だ。結婚しても、このまま仕事は続けたいと思うまどかである。


 廉寛との戦いの最大の功労者である西園寺蘭子さんは、瑠希弥さんとT市の高層マンションで暮らしているらしい。


 お二人共、結婚しないのかしら? 余計なお世話か。


 蘭子お姉さんの親友の八木麗華さんは、育ての親である八木夫妻の紹介で、イケメンの実業家と結婚したらしい。すでに妊娠四か月だそうだ。


 そして、瑠希弥さんの姉弟子である椿直美先生は、霊媒師の里を盛り立てると共に地元の中学校の先生もしているとの事。


 更に、麗華さんのお父さんの矢部隆史さんは、奥さんの岡本綾乃教授と共に世界中を飛び回る心霊ツアーの真っ最中だ。


 地球全体の気が乱れているそうなのだ。壮大な事を相手にしているのだ。


「私を忘れないでよね」


 涙目で霊感親友の綾小路さやかに言われてしまった。苦笑いするしかない。


 さやかの恋人である大久保健君は自衛官になり、現在PKOで海外に派遣されている。


 ところで、六年ぶりに使うんだけど、PKOって何?


「大久保君が帰国したら、結婚するの」


 聞いてもいないのに頬を朱に染めてさやかが言った。


「あんたね!」


 ムッとされてしまった。また苦笑いするしかない。


 それから、柳原まりさんは、坂野義男君と学生結婚をした。


 驚いた事にデキ婚だそうだ。坂野君がそこまで頑張るとは思わなかったが、それを知った江原ッチと美輪君が露骨にがっかりしたのを見て、明菜と久しぶりにダブルお説教をした。


「靖子はそんな事ないだろうな?」


 江原ッチは非常勤の捜査員として働いている大学在学中の妹さんの靖子ちゃんに尋ねた。


「バカな事訊かないでよ! そんなはず、ないでしょ!」


 靖子ちゃんは顔を真っ赤にして江原ッチに言った。


 まあ、相手はあの力丸卓司君だから、そこまで積極的ではないだろう。


 とは言え、リッキー以上に奥手に見えた坂野君がデキ婚だからなあ。


 江原ッチの心配もわからなくはないけど。


 そのリッキーは力丸ミートの跡継ぎになるべく、日夜精進しているという。


 そして、もっと驚いたのは、神田原明鈴さんと明蘭さん親子が揃って出羽の修験者の遠野泉進様の所にいる事。


 更に驚愕したのは、二人共、泉進様の子供を産んだという事。


 その事実にも唖然とするが、泉進様って一体お幾つなの? 凄いわ。


 スーパーお爺ちゃんである名倉英賢様はまだご壮健だ。幾つになるんだっけ?


 百三十二歳? もう人智を超えているわね。


 今、雅功さんは内海一門の継承者として最終段階の修行中らしい。


 修行の内容を知るのは差し控えたいと思ってしまうまどかである。


 北海道にいる濱口わたるさんと冬子さんは、二人のお子さんに恵まれ、幸せいっぱいだ。


 長女の春実はるみちゃんは、姪の小町と年が近いので、すでにメル友で、会うと霊能力の修行を一緒にしている。


 次女のあきちゃんも霊能力があり、新たな脅威が育ちつつあると焦ってしまう。


 そして、何が驚きって、中学の時のクラス担任だった藤本先生が、あの産休先生だった渡辺雅代さんと結婚したのだ。


 藤本先生の亡くなった奥さんの霊が私に教えてくれたので、明菜や江原ッチ達とサプライズパーティを開いてあげた。


 あの大きい顔で泣く藤本先生は可愛かった。




「オリンピック会場周辺に不穏な霊気を探知しました。出動願います」


 霊感課のフロアで靖子ちゃんが告げる。私は臨時捜査員である七歳になった小町を見て、


「行くわよ、小町」


「はい、まどかお姉ちゃん」


 江原ッチ、さやかと共に出動した。


「お待たせ、まどかちゃん」


 県警前に真っ赤なスポーツカーで乗りつけた蘭子お姉さんと瑠希弥さん。


 いつものメンバーだ。


 蘭子お姉さんて、今年で幾つだっけと思ったら、睨まれた。


 大型のパトカーに乗り換え、江原ッチの運転でG県警を後にする。


 箕輪まどかの霊感推理は、まだまだ続くのである。


 


 おしまい。

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美少女霊能者箕輪まどかの霊感推理 神村律子 @rittannbakkonn

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