魔藤喜美隆は卑劣極まりないのよ!

 江原雅功さんが鋭い目つきになって半分禿げオヤジを睨んだ。


「何が目的だ?」


 すると半分禿げオヤジは身体を大きく揺すりながら大笑いし、


「わからんのか? お前程の術者が? 今まで何を見て来たのだ?」


 バカにしたような顔をして雅功さんを見返す。


『日本の名だたる霊能者達をここで殺し、薄まりつつある内海廉寛の残留思念を増幅し、その怨嗟と憎悪をより濃くする。あまりにもバカげた考えね』


 それは私の姪であるまだ一歳にもならない箕輪小町のテレパシーの声だった。


「何だ? この声は?」


 半分禿げオヤジはギョッとして私達を見渡す。


 そして、誰も喋っていない事に気づき、更に動揺したようだ。


『私は貴方の目の前にはいないわ、外道な魔藤喜美隆さん。私の声は叔母さんの身体を通じて、貴方に聞こえているのよ』


 小町は更に続けた。だから、私の事を「叔母さん」と呼ぶのはやめて欲しい。


 私は箕輪まどか。一周り歳の離れた兄貴がいるせいで高校生なのに「叔母さん」と呼ばれる霊能者なのだ。


「今はそんな事、どうでもいいでしょ」


 霊感親友の綾小路さやかに冷たい目で言われた。確かにそうかも知れない。


「まさか……。いくら中継を挟んだとしても、我らの結界を通り抜けてこの場に届く思念などあり得ない」


 半分禿げオヤジは小町のテレパシーに驚愕している。


 さすが、私の姪だ。優れた能力があるのは、私に似ているからだろう。


「あんたね……」


 更にさやかに呆れられてしまった。私は苦笑いして応じた。


『皆さん、ここの穢れはそう簡単には祓い切れません。魔藤さんが呪いで殺害した人達の憎悪と怨嗟の念が尋常ではない量集められているからです。戦略を変えてください』


 小町が全員に呼びかけた。西園寺蘭子お姉さんは大きく頷き、


「そのようね、小町ちゃん。あやうく消耗戦になってしまうところだったわ」

 

 すると蘭子お姉さんの親友の八木麗華さんが、


「え? 小町って、もしかして、慶君の子供なんか?」


 何故か涙ぐんでいる。まだ兄貴に未練あったの、麗華さん?


「私達も早く赤ちゃんが欲しいわね、わたるさん」


 夫である濱口わたるさんに冬子さんが微笑んで言った。わたるさんは赤面して、


「そ、そうだね」


 そんなまったりとした会話をしていると、半分禿げオヤジがいきなり切れた。


「ふざけるな! お前ら如きがどう戦略を練ろうと、勝てる見込みはないのだ!」


 柄香炉を横に振り、即身仏となった廉寛のそばに瞬間移動した。そして、


「さあ、神の贄となれ!」


 次に独鈷を使い、再び死霊を呼び集めた。しかも、洞窟の外の比ではなかった。


 天井を覆い尽くすかのように死霊が現れ、私達を取り囲み始めた。


「そして、この独鈷にはもう一つ力があるのだ」


 半分禿げオヤジは嫌らしい笑みを浮かべ、独鈷を高く掲げた。


「何をするつもり?」


 中学の時の副担任でもあった椿直美先生が呟いた。


「お姉ちゃん、あれ!」


 椿先生の妹的存在で、蘭子お姉さんの弟子である小松崎瑠希弥さんが天井を指差した。


 私達は一斉にそちらに視線を向けた。


「わ!」


 私の彼の江原耕司君が思わず呻き声をあげた。


 親友の近藤明菜、その彼の美輪幸治君、江原ッチの妹さんの靖子ちゃん、その彼の力丸卓司君はギョッとして天井を見上げていた。


 私とさやかも息を呑んでしまった。


 生け贄として殺され、天井に呪術で作った縄によって吊るされている霊能者の方々のミイラ化したご遺体が動いているのだ。


「まさか……」


 麗華さんのお父さんであり、心霊医師である矢部隆史さんも息を呑んでいた。


『危ないわ。備えて、皆さん』


 小町の声が警告したと同時に、


『インダラヤソワカ』


『オンマカキャラヤソワカ』


『オンマケイシバラヤソワカ』


 ご遺体が一斉に攻撃真言を唱えたのだ。


「オンアボキャベイロシャノウマカボダラマニパドマジンバラハラバリタヤウン」


 蘭子お姉さんと瑠希弥さんと椿先生、麗華さん、靖子ちゃんが素早く光明真言を唱えた。


 ご遺体が唱えた真言のほとんどはそれによって打ち消され、効果を失ったが、全部を打ち消せた訳ではなかった。


「はああ!」


 攻撃真言の中でも超強力な自在天真言は私達に到達する寸前で、気功少女の柳原まりさんがその超絶的な気の力で消し飛ばしてしまった。


「なるほど。見事な連携だな。だが、それもここまでよ」


 半分禿げオヤジはまだ余裕の笑みだ。何故だ?


『あ、いけない!』


 小町が何かを読み取って叫んだのだが、誰もどうする事もできなかった。


「消えよ!」


 半分禿げオヤジが柄香炉を横に振ると、まりさんが消えてしまった。


「何!?」


 雅功さんと矢部さんがギョッとして半分禿げオヤジを見た。オヤジはニヤリとして、


「この柄香炉は自分を移動させるだけではなく、あらゆる対象物を移動させる事ができるのだ」


 衝撃的な言葉だった。オヤジは下卑た笑いをして、


「心配するな。あの娘は生きている。だが、二度と外には出られぬ。洞窟の最深部に飛ばしたからな」


「何だって!?」


 まりさんと交際中の坂野義男君が目を見開いて叫んだ。


「みんな、集中して!」


 蘭子お姉さんが叫んだ。そう。まだ死霊達が残っているのだ。真言の効果が途切れると、再び私達に襲いかかって来た。


「まりさん!」


 坂野君のまりさんを思う気持ちが彼の特殊能力である想念を作り出す力をレベルアップさせたのだろうか?


 彼の隣にまりさんの姿をした想念が現れた。


「はあああ!」


 しかも、そのまりさんの姿をした想念はまりさんと同一の力を持っているらしく、洞窟を激震させるような気を発し、死霊達を一瞬にして殲滅してしまった。


「すげえ……」


 江原ッチは坂野君の能力に仰天していた。それは私達も同じだった。


「何にしても、あのクソオヤジから仏具を取り上げねえ事にはらちが明かねえ!」


 美輪君が右の拳を握りしめて、オヤジに向かって走り出した。


「美輪君!」


 明菜が驚いて引き止めようとしたが、美輪君はそれより遥かに速く駆け去っていた。


 何故か美輪君はチラッと江原ッチを見た気がした。


「美輪君、その男は……」


 椿先生が言いかけて口を噤んだ。先生は何かに気づいたようだ。


 それは瑠希弥さんと靖子ちゃんも同じらしい。


「まどか、余計な事を考えないでね。あんたの心の声、だだ漏れなんだから」


 さやかに釘を刺されてしまった。苦笑いするしかない。


 オヤジは美輪君に真言が通じないのを知っているので、天井のご遺体にも攻撃させないでいる。


 何を企んでいるの?


「まどか、ボヤッとしないで!」

 

 さやかに窘められた。ご遺体は美輪君を攻撃しないが、私達は相変わらず標的ターゲットなのだ。


 真言を唱えられる者は皆、光明真言の印を結び、備えた。


「オンアボキャベイロシャノウマカボダラマニパドマジンバラハラバリタヤウン」


 ご遺体の攻撃真言を打ち消すため、光明真言を唱えた。


 その間も、美輪君はオヤジに接近を続けいていた。


「無駄だ、間抜け」


 オヤジはフッと笑い、柄香炉を横に振ると瞬間移動した。


 オヤジは美輪君の背後に現れた。そして、錫杖を振り上げ、美輪君の頭を殴ろうとしたが、


「間抜けはてめえだ!」


 その背後を江原ッチがとっていたのだ。


 さすが、かつて「やり過ぎコウジ」と呼ばれていただけの事はある。


「それも想定内だ、バカ息子」


 半分禿げオヤジはニヤリとして江原ッチに言った。


「何!?」


 オヤジが柄香炉を横に振ると、江原ッチが消えてしまった。


「いやあああ!」


 死んでしまったのではないとわかっていても、悲鳴は止められなかった。


 靖子ちゃんも動揺し、動きを止めてしまったが、


「まどかさん、靖子、耕司は生きています。今は敵に集中して!」


 心配していない訳がない雅功さんの声にハッと我に返った。


「このヤロウ!」


 美輪君が激怒して振り返り、オヤジに殴りかかったが、それより早くオヤジは瞬間移動して、また廉寛のそばに現れた。


「近寄れないのなら!」


 坂野君がまりさんの想念に気を高めさせ、オヤジに向かって放たせた。


「無駄だ」


 オヤジはまた瞬間移動し、それをかわしてしまう。気の塊は壁に激突して、大きなへこみを作って消えた。


 手詰まりだ。オヤジにあの柄香炉と独鈷がある限り、なす術がない。


「は!」


 そしてその動揺を突くかのように天井のご遺体が真言で攻撃して来る。


「オンアボキャベイロシャノウマカボダラマニパドマジンバラハラバリタヤウン」


 光明真言を唱え、打ち消す。私達はいつの間にか消耗戦を強いられていた。


「このままだといつかこちらが力尽きてしまいますね」


 矢部さんがオヤジを睨みつけて言う。確かにそうだ。


 オヤジは自分の力を全く使っていないのだ。どう考えても分が悪い。


「お前にはもっと恐ろしい場所に飛んでもらおうか、貧乳小娘」


 半分禿げオヤジが誰かの悪口を言った。


「お前だよ、お前!」


 オヤジが私を指差して言う。ええ? 私?


「わざとらしいわよ、まどか」


 またさやかに突っ込まれたが、さやかは呆れた顔をしていない。


「まどか、必ず助けに行くから」


 その言葉、ちょっと悲しかった。私は飛ばされてしまうのね。


 飛ばされるという言葉は、お父さんにとっても怖いものらしいと先日知ったまどかである。


「この私に侮辱的な言葉を何度も吐いた礼も兼ねてな!」


 半分禿げオヤジは高笑いをして柄香炉を横に動かした。


 私は思わず目を閉じた。だが、どこにも飛ばされた様子がない。


 恐る恐る目を開くと、びっくりしているさやかの顔が見えた。


 あれ? 飛ばされていない。どういう事?


「それはこっちの台詞だ、貧乳小娘! 何をしたのだ!?」


 オヤジは何故かいきり立っていた。そうは言われても、私にもわからないのだ。


「ならばお前だ!」


 次にオヤジは蘭子お姉さんを標的にし、柄香炉を振ったが、蘭子お姉さんも飛ばされなかった。


「な、何だと……?」


 オヤジは全身から嫌な汗を流していた。気持ち悪いからやめて欲しい。


『まどかお姉ちゃん、お姉ちゃんは私が繋がっているから、絶対に飛ばされないわ。やっつけちゃって!』


 小町の声が聞こえた。そういう事か。早く言ってよね!


 でも、蘭子お姉さんはどうして飛ばされなかったのかな?


『帰って来たのよ、もう一人の蘭子さんが』


 小町の言葉に私はギョッとして蘭子お姉さんを見た。


 確かに蘭子お姉さんが発している気の質が変わっている。何度かお見かけしたけど(つい敬語になってしまう)、確かにこれはもう一人の蘭子さんの気だ。


「何だ何だ? 私がちょっと留守にしてたら、またどこかの阿呆が好き勝手していたみたいだな?」


 さっきまでの蘭子お姉さんとまるで違うので、明菜と靖子ちゃんとリッキーは唖然としている。


 元々気が弱い坂野君は想念を消してしまう程怯えていた。


 矢部さんは苦笑いしているようだ。顔が怖いからよくわからないけど。


 麗華さんが何故か御用聞きみたいにへこへこして蘭子お姉さんに近づいた。


「お帰りなさいませ、蘭子さん。お待ちしておりました」


「蘭子さん!」


 瑠希弥さんは涙ぐんで蘭子お姉さんに駆け寄った。椿先生は雅功さんと顔を見合わせている。


「蘭子さん……」


 冬子さんはわたるさんの背後に隠れて震えながら蘭子お姉さんを見ていた。


「だ、誰だ、お前は? 先程と気の質が変わったぞ」


 半分禿げオヤジが命知らずな言い方で尋ねた。するともう一人の蘭子さんは、


「お前のような薄ら禿げジジイに教えてやる名前なんかねえよ! すぐにくたばらせてやるから、とっとと念仏でも唱えな!」


 美輪君も相当ドスの効いた啖呵たんかを切って来たろうが、もう一人の蘭子さんには敵わないだろう。唖然として蘭子お姉さんを見ている。


「薄ら禿げジジイだと!? 許さん!」


 半分禿げオヤジはまだ自分の立場がわかっていないようだ。抵抗するつもりらしい。


「消えよ!」


 オヤジはもう一度蘭子お姉さんに柄香炉を使った。失敗したと思ったらしい。


「寝言は寝てから言え、禿げジジイ!」


 もう一人の蘭子さんは印を結んだ。それは……。


「オンマケイシバラヤソワカ!」


 いきなり最強真言の自在天真言だ。それも天井のご遺体が唱えたものとは比較にならない。


「くう!」


 オヤジは瞬間移動で辛うじてそれをかわした。自在天真言の波動はそのまま突き進み、廉寛の即身仏にぶち当たった。


 ところが、廉寛の即身仏は全く動く事なく、自在天真言を消滅させてしまった。


『大儀であった、魔藤よ。もはやうぬに用はなし。消えよ』


 どこかから声が聞こえた。


「ほお。とうとう親玉が出て来たらしいじゃねえか。面白くなって来たぜ、雅功」


 もう一人の蘭子さんは雅功さんを呼び捨てにした。雅功さんは微笑んで応じている。


 私は開いた口が塞がらなくなった。


「そ、そんな……。私には日本を下さるという話ではなかったのですか、廉寛様!?」


 オヤジは汗塗れになって叫んだ。そうか、今の声が廉寛なのか。


『我に逆らうのか、魔藤?』


 廉寛の声が静かに告げると、オヤジは顔を引きつらせて、


「いえ、決してそのような……」


『ならば、うぬが持つその仏具を我の所に持て』


 まさしく有無を言わせない声で廉寛が命じた。


「渡してはいけない、魔藤! それを渡したりしたら……」


 雅功さんが叫ぶ。


『廉寛がこの世に甦ってしまうわ』


 小町が言った。そんな!


『早うせんか!』


 廉寛の怒鳴り声にオヤジはすっかりビビってしまったようだ。


 即身仏に向かって歩き出した。


 いよいよ恐ろしい事になりそうで震えが止まらないまどかだった。

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