敵は用意周到なのよ!

 私は箕輪まどか。高校生の霊能者だ。


 恐るべき呪術者であった内海廉寛の残留思念が引き起こした一連の事件にケリを着けるため、私達は廉寛の墓があると思われる富士山麓に向かった。


 ようやくそこに辿り着こうという時、最後の闇の仏具を持っている敵が攻撃を仕掛けて来た。


 驚いた事にその敵は、今まで回収した闇の仏具と同じものを全て所有していた。


「闇の仏具は全て対だったというのか?」


 濱口わたるさんが苦しそうに呟いた。


 私達は敵が使用した鈴の音により、脳を鷲掴みにされたような衝撃を受けているのだ。


「大丈夫か、みんな?」


 霊能力の攻撃を受け付けない美輪幸治君が気遣ってくれたが、今はそれどころではない。


 敵が繰り出して来た数え切れない程の死霊が襲いかかって来ようとしているのだ。


「私に力があれば……」


 闇の仏具の一つである独鈷を持っている濱口(旧姓:小倉)冬子さんは悔しそうに死霊の群れを見上げた。


 かつて、邪教集団であるサヨカ会の宗主の鴻池大仙が同じ事をした時、独鈷を取り上げた冬子さんは自分の能力によって死霊達の束縛を解いてしまった。


 だが、力を失った今、冬子さんにはその術は使えない。


「全員、食われてしまえ!」


 敵は頭が半分禿げ上がった中年の不細工オヤジだ。こんな奴に負けてしまうなんて、納得がいかない。


「不細工は関係ないだろう、小娘!」


 オヤジも私の心の声を聞けるらしく、鬼のような形相で睨んで怒鳴った。


 反論したいのだが、今はその余裕がない。鈴の音の呪縛により、思考能力が大幅にダウンしているからだ。


 え? お前の思考能力はダウンしようがないだろ、ですって!? うるさいわね!


 とかやっているうちに、死霊達が目の前まで迫って来た。


 もうダメ、と思った時だった。


「オンマリシエイソワカ!」


 どこからか、懐かしい声が聞こえた。それは浄化真言の摩利支天真言だ。


 そして、その声は……。


「おのれ、まだいたのか!?」


 半分禿げオヤジが歯軋りして声の主を見た。


「共鳴!」


 更に別の方向から声が聞こえた。摩利支天真言は何度も増幅され、死霊達を覆い尽くした。


 死霊達はその波動に触れると次々に浄化され、天へと昇っていく。


 それと同時に鈴の音の呪縛も解かれていった。


「間に合いましたね」


 そう言って微笑んだのは、中学の時の副担任でもあった椿直美先生だった。


 そして、椿先生の真言を増幅させたのは、椿先生の故郷である「霊媒師の里」の皆さんだった。


「直美お姉ちゃん!」


 私のお師匠様でもある小松崎瑠希弥さんが涙ぐんで叫んだ。


「感動のご対面中、大変申し訳ないが、その程度で勝ったつもりになるなよ!」


 半分禿げオヤジは目を血走らせて叫び、再び撥を持って鈴を叩こうとした。


「させるかよ!」


 美輪君がオヤジに掴みかかり、撥を奪い取った。


「ナイス、美輪!」


 私の彼の江原耕司君が叫んだ。美輪君は親指を立てて応じている。


「アッキーナを苦しめた報いは万倍返しだ!」


 美輪君はパクって薄めた台詞を言うと、オヤジに殴りかかった。


「おのれ!」


 するとオヤジは柄香炉を横に振り、フッと消えてしまった。


 柄香炉には瞬間移動の力があるのだ。


「半分禿げオヤジはどこ!?」


 私は周囲を見回して叫んだ。


「私には魔藤まとう喜美隆きみたかという高貴な名があるのだ。半分禿げオヤジとか言うな、小娘! 人の肉体的欠陥をあげつらうなと学校で教わらなかったか!?」


 オヤジの激高した声がどこからか聞こえた。


 あんたこそ、人に迷惑をかける大人になってはいけないと教わらなかったの、半分ハゲオヤジ!


 それから、魔藤喜美隆って似合わな過ぎだから、改名して欲しいわ。


 ところで、論うって何?


「奴はどこへ行ったんだ?」


 江原ッチが妹の靖子ちゃんに詰め寄っている。


「あの洞窟の中よ。一番奥に廉寛の即身仏が安置されているのよ」


 靖子ちゃんは苦々しそうな顔で洞窟を指差した。


「行くぜ、美輪!」


 血気にはやった江原ッチが美輪君と洞窟に入ろうとすると、


「待ちなさい。私と矢部さんが先に行く」


 お父さんの雅功さんに言われた。


 さすがの江原ッチと美輪君も、雅功さんに言われては引き下がるしかない。


「行きましょう、矢部さん」


 雅功さんは心霊医師であり、呪術師でもある矢部隆史さんと共に洞窟に入っていく。


 中は漆黒の闇に包まれており、数メートル先も見通せない。


 矢部さんが呪術で火を出し、奥を照らした。


「おとん、ウチを置いていくなんて許さんで!」


 矢部さんの娘の八木麗華さんがムッとした顔で続く。


「行くわよ、瑠希弥」


「はい、先生」


 西園寺蘭子お姉さんと瑠希弥さんが続いた。


「僕らも行こうか」


 わたるさんと冬子さんが入っていく。


「行きましょう、坂野君」


 気功少女の柳原まりさんと想念の使い手の坂野義男君が続く。


「今度こそ行くぞ、美輪」


 江原ッチが言うと、


「美輪君は私と行くの!」


 親友の近藤明菜が美輪君の手を掴んで先に入ってしまった。


「仕方がないなあ、アッキーナは。じゃあ、まどかりん、行こうか」


 江原ッチのその心ない一言に私はカチンと来たので、


「さやか、行こう!」


 霊感親友の綾小路さやかの手を取って中へと走った。


「まどかりーん……」


 江原ッチが涙ぐんでこっちを見ているのがわかったが、構わず進んだ。


「いいの、まどか?」


 さやかが気遣ってくれたが、


「いいのよ。最近、江原ッチは酷いんだから」


 私は振り返らずに足を速めた。


 江原ッチはその後、靖子ちゃんにも見放された。


「リッキー、行くわよ!」


「暗いのと狭いの怖いよ、靖子ちゃん!」


 肉屋の力丸卓司君は涙ぐみながら応じていた。


「じゃあ、行きましょうか、耕司君」


 最後に残っていた椿先生が江原ッチと同行する事になり、私は項垂れそうになった。


 椿先生、優しいからなあ。


「長老達は外で結界を張り、私達を援護してくれますから」


 椿先生は江原ッチの手を取り、走って来る。嫉妬でおかしくなりそうなまどかである。


「あんた達って相変わらずね」


 さやかに半目で言われてしまった。


 雅功さんが立ち止まり、


「まどかさん、耕司、靖子、七福神の力を解放して、洞窟の中を浄化してください」


「はい!」


 私達が主導して、七福神の力を解放した。


 リッキーは布袋様、靖子ちゃんは弁財天、美輪君は毘沙門天、坂野君は恵比寿天、江原ッチは寿老人、明菜は福禄寿、そして、私は大黒天。


 気が重くなりそうな雰囲気が漂っていた洞窟の中は一転して明るくなり、爽やかな風が流れていくのがわかった。


「進みましょう」


 雅功さんが微笑んで告げ、また奥へと走り出した。


 さっきよりは周囲が見通せるので、進み易くなった私達は、速度を増して奥へと走った。


 それにしても深い洞窟だ。


「元々自然にできていた鍾乳洞を廉寛やその配下が掘り進めて広げたようね。迷路のようになっているから、迷子にならないようにしてね」


 椿先生が言った。


「そうなんですか」


 すかさず世界平和のためのお題目を唱えた。さやかばかりでなく、椿先生、蘭子お姉さん、麗華さんの視線が痛いが、私は負けない。


「敵が何も仕掛けて来ないのが気にかかるわね」


 蘭子お姉さんが呟くと、


「ウチ等に恐れをなして、どこぞでビビっとるんやないか?」


 麗華さんがガハハと大口を開けて笑った。そうだといんだけど。


 


 しばらく進むと、私達は開けた場所に出た。天井は十メートル程の高さになり、たくさんの鍾乳石が垂れ下がって来ているのが見えた。縦横の長さは数十メートルはあるだろう。


 テニスコート二面分くらいの面積だ。


「何、ここ? 妙な気が漂っているけど?」


 まりさんが天井を見上げて言った。確かにさっきまで七福神の力で浄化されていた空気が一瞬にして消えたような嫌な気が充満している感じだ。


「あれのせいね」


 瑠希弥さんが言った。瑠希弥さんが指差す方に目を向けると、そこには祭壇のようなものがあり、その上に金色の袈裟を身に纏い、金の帽子もうすを被った即身仏が座している。


 あれが内海廉寛なのか? 全身総毛立つような禍々しさを感じ、震えてしまった。


「七福神の力が圧倒されるなんて、どれほどの邪悪さなの?」


 蘭子お姉さんが眉をひそめて言った。ちょっと怖い。


「我が神である廉寛様の御座ござにずがずかと足を踏み入れおって! 天罰を下してやろうぞ!」


 そこへ半分禿げオヤジが姿を現した。


「結界を!」


 矢部さんが叫ぶ。雅功さんと矢部さん、そして椿先生と瑠希弥さんが動き、結界を張った。


「無駄だ、愚か者め!」


 半分禿げオヤジは高笑いをし、また柄香炉を横に振った。


「え?」


 ハッと気づくと、オヤジは美輪君の目の前に移動していた。


「先程の礼だ、クソガキ」


 オヤジは錫杖で美輪君を腹を突いた。


「ぐう!」


 美輪君はその衝撃に堪え切れず、右膝を着いてしまった。


「美輪君!」


 明菜が慌てて美輪君を支えた。


「お前もだ!」


 その明菜に向かって、オヤジが錫杖を振り上げた時、


「ふざけるなあ!」


 美輪君が毘沙門天の力を完全に解放し切ったのがわかった。


「どりゃああ!」


 美輪君の右のパンチがオヤジの顔面に減り込んだ。


 オヤジはクルクルと回りながら弾き飛ばされ、地面に叩きつけれた。


 何故かオヤジは柄香炉も錫杖も放さないままだ。


「やった!」


 江原ッチがガッツポーズをした。


「まだまだだ、クソオヤジめ!」


 怒りが収まらない美輪君はオヤジに駆け寄った。


 何だ? 何だろう? この出し抜かれたような嫌な感覚は?


「ダメ、美輪君! それ以上その男に怒りをぶつけては!」


 瑠希弥さんが絶叫したが、間に合わなかった。


 美輪君の次の一撃はオヤジの腹への蹴りで、すでにオヤジを吹っ飛ばしていた。


「ぐははは!」


 オヤジは地面を転げて涎と血が混じったものを口から吐き出しながら大笑いしていた。


「何がおかしいんだよ!?」


 すっかり冷静さをうしなってしまった美輪君は、オヤジの笑いにヒートアップしている。


「わからんのか、クソガキ? この御座を満たしていく高貴な気が? 無能な人間はこれだから困るな!」


 半分禿げオヤジは更に大声で笑った。


 美輪君がオヤジを憎む怒りの感情がこの空間に禍々しい気を増幅させているのだ。


「嵌られたか……」


 雅功さんが悔しそうに歯軋りした。自分が利用された事に気づいた美輪君は唖然として私達を見た。


「このおぞましい気を浄化するわよ!」


 蘭子お姉さんが動いた。真言を唱えられる全員が印を結んだ。


「オンマリシエイソワカ」


 摩利支天真言の多重奏。一体どれほどの威力なのか計り知れない程の量と質だ。


「無駄だ。我が神の御力みちからの前には、どれほどの真言も無力よ」


 半分禿げオヤジはドヤ顔で言い放った。


「いい加減、その渾名あだなをやめろ、貧乳小娘!」


 オヤジが切れた。その口汚い悪口に反応してしまいそうになるが、それでは廉寛の邪悪な気を勢いづけてしまう。


 必死になって怒りを抑えた。


「まどか」


 さやかが手を握ってくれた。彼女の優しさが伝わり、涙が零れそうになった。


「ありがとう、さやか」


 さやかは照れ臭そうに笑った。


「美輪君……」


 明菜が涙を堪えながら、美輪君を抱きしめた。彼女に宿った福禄寿の力が完全に解放され、美輪君の怒りの波動を和らげていくのがわかる。


 オヤジの言う通り、摩利支天真言の浄化の力は焼け石に水で、全く効果はなかった。


「信じられない……。これだけの浄化真言の波動を打ち消してしまうなんて……」


 椿先生が天井を見渡しながら言った。そして、


「まさか!?」


 目を見開いた。私も椿先生が見ている方向に視線を向け、絶句した。


「嘘……」


 天井から下がって来ているのはてっきり鍾乳石かと思っていたのだが、違った。


 それは生けにえとしてささげられたミイラ化した人間だったのだ。


 その数は少なく見積もっても数十体はあった。


 どれも天井から呪術で作られた縄で吊るされている。


 その一体一体から凄まじい憎悪と怨嗟の気が噴き出しているのだ。


 廉寛のために命を奪われた人達のあまりにも悲しい運命。


 感応力が強い瑠希弥さんと靖子ちゃんは涙を流していた。


 リッキーと坂野君は震えて抱き合ってしまっている。


 まりさんは坂野君を守るために自分の気をコントロールしていた。


「しかも、全員、名だたる呪術師や陰陽師、霊能者、ですね」


 矢部さんが目を細めて言った。


「外道やな、このおっさん」


 麗華さんが吐き捨てるように呟いた。冷静なのがちょっと意外だ。


「何て事をするのよ、貴方は!?」


 蘭子お姉さんの怒りがマグマのように噴き上がりかけたが、


「先生、ダメです」


 瑠希弥さんがすぐに止めた。ここでは怒りは敵に塩を送る事になるのだ。


「ありがとう、瑠希弥」


 蘭子お姉さんは瑠希弥さんに微笑んだ。裏蘭子さんが旅に出ていてよかった。


 もしいたら、今頃どうなっているかわからなかったわ……。


「お前達には我が神の贄になってもらう。それでこれまでの不敬も償われる」


 半分禿げオヤジは嫌らしい笑みを浮かべて私達を見渡した。


 追いつめたと思ったら、逆に追いつめられてしまったまどかだった。

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