愛こそが正義なのよ!

 私は箕輪まどか。中学生の霊能者だ。


 復活の会という邪教集団との戦いもいよいよ大詰め。


 その宗主である神田原明鈴の弱点が見えて来たのだ。


 何だかんだ言っても、明鈴も人の子。


 愛に飢えているのだ。愛で満たしてあげれば、必ず悪の力を失うはずだ。


「ガキ、勝手に決めるな! 私は愛になど飢えてはいない! 全能なる我が神のため、全てを支配する事ができる大いなる力を手に入れた私に愛などという甘っちょろいものは要らぬ!」


 おばさんはまだ強がりを言っていた。


「殺すよ、ガキが!」


 それでも私の心の声を聞き逃さないのはすごい。


「明菜さん、明鈴を倒せるのは、愛。全てを包み込む愛なのよ」


 私の彼の江原耕司君のお母さんである菜摘さんがまさに菩薩のような笑顔で言った。


「あ、はい……」


 疑う事が人生のようになりかけていた私の親友の近藤明菜は、菜摘さんの慈愛に溢れた笑顔を見て心を落ち着かせ始めた。


 肉屋の力丸卓司君がその身体に宿した七福神の一人の布袋様の力はまさにその慈愛。


 江原ッチの妹さんで自分の彼女でもある靖子ちゃんを救いたいというリッキーの純粋な思いが布袋様の力を解放したのだ。


「憎しみや嫉みや怒りの思いは明鈴の力の源である負の思い。その思いを弱めるのは慈愛なのです」


 明鈴の娘であるのに考え方の違いから対立し、私達に力を貸してくれている明蘭さんが言った。


 私達は手を繋ぎ、その思いを一つにするべく目を閉じた。


「そんなものでこの私が……」


 明鈴はそれでも抗おうとしていたが、彼女の身体から発せられている負の気の流れは、確実にその力を衰えさせていた。


「おのれッ!」


 苛立った明鈴は更に何かの呪文を唱え始めた。


「母上やめてください! それ以上その力を使えば、貴女は本当に戻れなくなってしまいますよ!」


 明蘭さんの悲痛な叫び声が轟いた。私は気になって目を開けたが、


「まどかさん、心配しないで。大丈夫ですから、貴女は貴女の役割を果たしてください」


 それに気づいた菜摘さんにそう言われた。私は黙って頷き、再び目を閉じた。


 一つの輪になった私達七人の間を七福神の力、すなわちそれを信じてそれに祈った多くの人々の願いと思いが駆け巡る。


 たくさんの人の笑顔が見えて来た。身体が熱くなり、心地良い波動を感じる。


「まどかりん、ごめん」


 何故か江原ッチにそう言われた。ハッとして目を開けると、江原ッチと明菜の彼の美輪幸治君が明鈴に近づいていた。


 何? どういう事? 私は訳がわからず、菜摘さんを見た。菜摘さんは微笑んで、


「まどかさんも耕司達と一緒に明鈴を愛で包んであげてください」


 その言葉にもう一度明鈴を見ると、江原ッチと美輪君に手を握られている。


 私と明菜は危うく嫉妬の渦を起こしそうになったが、靖子ちゃんの感応力に触れて思い留まる事ができた。


「さあ、まどかお姉さん、明菜さん、私達も一緒に」


 靖子ちゃんも弁財天の力を解放していた。その笑顔はまさに美の女神のようだ。


 私は明菜と頷き合い、明鈴に近づいた。


「やめろ、私には愛など必要ない! この世の全てを従えるのが我が願い! 祖父と父の願いなのだ! そして、それを叶えるのが私の役目だ!」


 明鈴がまた抵抗をしている。彼女の身体か微量の負の気が出ているが、もうすでにそれは私達が発している慈愛の気に溶かされ、全く力を持っていなかった。


「明鈴さん、もういいんですよ。もう貴女は休んでいいんです。お祖父さんやお父さんの願いを聞く必要はないんです」


 江原ッチが優しい笑顔で明鈴に語りかけ、彼女を後ろから抱きしめる。


「そうだよ。もう楽になろうぜ」


 美輪君が前から明鈴を抱きしめた。明菜がピクッとしたのがわかったが、靖子ちゃんが感応力でそれを素早くカバーした。


「やめろ、私は……」


 明鈴は江原ッチと美輪君を振り解こうとしたが、もう彼女にはそんな力は残されていなかった。


 明鈴は実際の年齢に相応しい容貌へと変わりつつあった。


 顔には皺ができ、張りのあった肌も輝きを失っていく。


「明鈴、人は老いるのが本来の姿。それを恐れるのは恥ずかしい事ではないわ。老いは衰えとは違うの。それを受け入れて、生き直して。まだ貴女は戻れるのよ」


 菜摘さんは明鈴の手を包み込むように握った。


「あああ……」


 明鈴は崩れ落ちるように地面にしゃがみ込んでしまった。江原ッチと美輪君がそれを支え、ゆっくりと座らせた。


 明鈴は眠っていた。その顔は穏やかで、とてもあの悪魔のような負の気を呼び出したのと同じ女性とは思えないほど弱々しかった。


「皆さん、ありがとうございました。母は祖父や曽祖父と同じにならずにすみました」


 明蘭さんは涙を流しながら頭を下げた。それを見て、私と明菜と靖子ちゃんはもらい泣きしてしまった。


 菜摘さんは明蘭さんを抱きしめ、


「明蘭さん、お礼を言うのは私達の方です。貴女が力を貸してくれなければ、明鈴を救う事はできませんでした」


「菜摘先生……」


 明蘭さんは菜摘さんに抱きつき、泣いた。それを見て、江原ッチと美輪君と坂野義男君が抱き合って泣き、靖子ちゃんはリッキーと抱き合って泣いた。


 私も明菜と抱き合って声が枯れるくらい泣いた。菜摘さんも泣いていたと思う。


 復活の会との戦いもこれでようやく終わるのか。


 ホッとしたまどかだったが、実はそうではなかったのだった。

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