県議選の裏舞台は壮絶なのよ!

 私は箕輪まどか。中学生の霊能者だ。


 同級生の力丸卓司君のお姉さんであるあずささんからの連絡で、私達はある県議選候補者の家に向かっている。


 あずささんは私のエロ兄貴と同級生で、過去に付き合いかけた仲だ。


 だから、兄貴の婚約者にしてG県警刑事部霊感課の課長補佐でもある里見まゆ子さんは気が気ではないのだ。


 一応、あずささんは県議選候補者の朽木泰蔵氏の息子さんといい感じなのだ。


 だから、兄貴は只の空回りだし、まゆ子さんも気を揉む必要はない。


 


 などと妄想しているうちに、パトカーは朽木家に到着した。


 おお。県会議員て儲かるみたい。


 大豪邸だ。ウチの十倍くらいの大きさがある。


「それは違うわよ、まどか」


 先に着いていた霊感親友の綾小路さやかが小声で言った。


 また人の心の声を聞いたらしい。


「あんたの心の声、聞きたくなくても聞こえるのよ」


 さやかはうんざりした顔で言う。


「朽木氏は県内最大手のパチンコメーカーのオーナーなのよ。だからなの」


「そうなんですか」


 早速私はお題目を唱えた。もちろん笑顔全開で。


「バッカみたい」


 さやかは更に呆れたようだ。サッサと朽木家に入って行ってしまった。


「間に合ったみたいね」


 そこにクラス担任で、私とさやかのお師匠様でもある椿直美先生がやって来た。


「まどかりん!」


 椿先生の車から、何故か私の彼氏の江原耕司君が降りて来た。


 どういう事!? 思わず詰め寄る。


「江原耕司君、事情を後でゆっくりお尋ねしますね」


「ひいい!」


 江原ッチは顔を引きつらせた。


「誤解だよお、まどかりん。俺、チャリンコで向かってたんだよ。途中で椿先生に会って、そこから乗せてもらったんだよお」


 江原ッチの証言を裏付けるように椿先生の車の後ろに江原ッチの自転車が括り付けられていた。


「まどかさん、嫉妬心は能力を低下させるわよ」


 椿先生が微笑んで言う。ドキッとしてしまった。


「そうなんですか」


 そこですかさず本日二度目のお題目を唱え、気持ちを落ち着かせた。


「ごめんね、江原ッチ」


 私は江原ッチの右手をギュッと握り締めて謝った。


「あはは、いいいんだよお、まどかりん」


 江原ッチは嬉しそうだ。


 


 私達は朽木家の応接間に通されて、朽木氏と被害を受けている幸四郎さんを待った。


「久しぶりだな、箕輪」


 そこに幸四郎さんのお兄さんの孝太郎さんが現れた。エロ兄貴とは小中と同級生だ。


 江原ッチほどではないが、イケメンだ。


 孝太郎さんは椿先生とまゆ子さんに白い歯を見せて微笑んだ。


 純情な椿先生は顔を赤くして俯いてしまった。


 まゆ子さんは兄貴に悪いと思ったのか、微笑み返す余裕を見せた。


 この人も兄貴と同じ世界の住人なのだろうか?


 だとすると、あずささんが危ないかも。


「そうか、ここは君の実家だったのか」


 兄貴は孝太郎さんと話をし始めた。スケベ同士、気が合うのかも知れない。


「あずさから連絡があって来たんだろ?」


 孝太郎さんは触れてはいけない事を口にしてしまった。


「え? あずさ?」


 兄貴はそういう類いの話には敏感だ。本当は霊能者ではないかと思うくらいの反応をする。


 兄貴の反応に椿先生と話をしていたまゆ子さんが反応した。


 どういうカップルなんだろう? ニュータイプとでも言うかって感じだ。


「そう、あずさ。中学の時同級生だっただろ? お前らあの頃付き合ってたんだっけ?」


 孝太郎さんは全く悪気なく言っているので仕方ないのだ。


「あはは、そんな事はないよ、何言ってるんだよ、朽木君」


 兄貴はまゆ子さんの闘気を感じたのか、顔を引きつらせて応じた。


「お待たせしました」


 そこへ朽木氏と幸四郎さんが現れ、兄貴と孝太郎さんの会話は終了した。


 まゆ子さんの闘気祭も終了だ。


 朽木氏は大富豪に似つかわしい大きなお腹と大きな口、厚ぼったい唇の人だ。


 ついでに頭頂部は寂しい。


 どうしてこの人に孝太郎さんのようなイケメンな息子さんがいるのか不思議だ。


 将来孝太郎さんもお父さんに似てしまうのだろうか? 何だか怖い。


 私達は大きなソファに座り、朽木氏と幸四郎さんの話を聞く事になった。


 幸四郎さんは、孝太郎さんと違って大人しい雰囲気の人だ。


 神経質そうな顔なのは、十日も続いている妙な夢のせいだろう。


 実際の幸四郎さんは温厚で優しい人だ。気でわかる。


「まどかりん」


 隣に座っている江原ッチが、私が幸四郎さんを見ているのを誤解したのか、


「そんなにイケメンでもないよ、あの人」


 嫉妬しているらしい。何だか嬉しくなってしまう。


 だから何も言わない事にした。


「わかりました」


 朽木氏と幸四郎さんが話をしようとしたのを遮り、椿先生が言った。


「え?」


 朽木氏と幸四郎さんだけでなく、孝太郎さん、兄貴、まゆ子さんまでもが驚いて椿先生を見た。


 さすが椿先生だわ。朽木氏と幸四郎さんに会っただけで全部わかっちゃったのね。


「幸四郎さんの夢に現れて呪いの言葉を吐いている者の正体がわかりました。そして、それを誰がさせているのかもわかりました」


 椿先生は唖然としている朽木氏達を順番に見ながら説明する。


「同じ選挙区に立候補している荒船善次郎氏。その人が依頼主です」


 椿先生の言葉に朽木氏と孝太郎さんがギョッとして顔を見合わせた。


「心当たりがあるのですか?」


 兄貴が朽木氏に尋ねた。朽木氏は苦々しそうな顔で、


「前回落選した時からずっと嫌がらせをされています。只、何も証拠がないのでどうする事もできませんが」


「そうなんですか」


 兄貴がお題目を唱えた。何だか悔しい。


「その嫌がらせに貴方が屈しなかったので、今回の行動に出たようです」


 椿先生が口を挟んだ。朽木氏は額にジットリと汗を滲ませ、


「そんな……」


 朽木氏は幸四郎さんを見た。幸四郎さんは震えていた。


 あまりにも根深い恨みを感じたのだろうか?


からめ手から攻めるのはかなり有効な手段ですからね」


 椿先生は幸四郎さんを見て言う。幸四郎さんは泣き出しそうだ。


「どうすればいいのかね?」


 朽木氏はすがるような目で椿先生を見た。


「これを身に着けて寝てください。そうすれば、もうその夢を見なくなります」


 椿先生が不安でいっぱいの幸四郎さんに微笑んで渡したのは、強力な魔除けだった。


 あれなら大概の呪いは跳ね返せる。場合によっては呪った相手にその呪いが返る事すらある。


「はい」


 幸四郎さんは椿先生の笑顔に顔を赤らめて嬉しそうにそれを受け取った。


 あの小松崎瑠希弥さんと同じで、椿先生も無意識のうちに男をとりこにしてるのね。


 あやかりたいなあ。


「あんたには無理」


 また私の心の声を聞いていたさやかがボソッと言った。


「わかってるわよ、サーヤ」


 私は笑顔全開で応じた。さやかは、


「そのサーヤってやめてって言ったでしょ!」


と恥ずかしそうに抗議して来た。ホントは嬉しいくせに。


 あれ? 更に赤くなったという事は図星か? ムフフ。


「念のためにお邸の周囲に結界も張ります。それで完璧です」


 椿先生が言った。朽木氏と幸四郎さんはホッとした顔をした。


 


 私達は朽木家を出て、県警本部に戻った。


「一件落着ね」


 まゆ子さんが言った。すると椿先生が、


「そうだといいのですが」


「え?」


 その言葉には、私やさやか、江原ッチもビックリした。


 椿先生の魔除けと結界でもう事件解決のはずなのに。


「どういう事ですか、先生?」


 さやかが尋ねた。すると先生は苦笑いして、


「私の考え過ぎかも知れないから。ごめんなさい、変な事を言ってしまって」


と言い繕った。少なくとも、私や江原ッチやさやかにはそう聞こえた。


 


 兄貴とまゆ子さんは提出書類があるので、霊感課に残った。


 私と江原ッチとさやかは椿先生の車に乗せてもらい、県警本部を出た。


「先生、本当に考え過ぎなんですか? 違いますよね」


 助手席のさやかが尋ねた。私と江原ッチも後部座席からジッと先生を見る。


「あなた達には隠せないわね」


 椿先生は諦めたように微笑み、理由を説明してくれた。


「依頼主は対立候補で、そこまでは問題はないのだけど、依頼を受けたのが復活の会なのよ」


「ええ!?」


 その名前に私達、特にさやかは衝撃を受けていた。


「幸四郎君への呪いは多分魔除けで排除できるでしょうけど、それで終わるとは思えないのよ」


 椿先生があの場で全部話さなかったわけがわかった。


 復活の会の名前が出れば、幸四郎さんは受験どころではなくなってしまうだろうから。


 解決したと思った事件がまだ続くとわかり、気が重くなったまどか達だった。


 


 しかも、復活の会の報復は私達の意表を突くものだったのだ。

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