G県警が占拠されたのよ!

 私は箕輪まどか。中学二年の霊能者だ。


 先日、空き地に放置されていたスーツケースに入れられていた女性の遺体は、例の復活の会の仕掛けた罠だった。


 その女性は復活人ふっかつびとで、一度亡くなった方の遺体を復活の会の術者の霊体が乗っ取り、操るというものだ。


 映画のゾンビを思い描いてもらうとわかり易いが、ちょっと違うのは、遺体が甦ったのではないというところ。


 ゾンビは頭を潰せば動かなくなってそれでおしまいだけど、復活人はそれはできない。


 霊体は復活の会の術者だけど、ご遺体は無関係の方のものだからだ。


 しかも、例えご遺体を破壊したところで、霊体はそこから抜け出し、新たに別の遺体に乗り移る事ができる。


 だから、対策としては、霊体を不動金縛りの術などで動けなくし、私の彼の江原耕司君のお父さんである雅功さんのお師匠様のところに送って浄化してもらうしかない。


 あのサヨカ会以上に面倒な相手なのだ。


 


 放課後、私は椿直美先生の指示で教室に残った。


「何だ、箕輪、居残りか? 可哀想に」


 力丸ミートの御曹司の力丸卓司君がコロッケを食べながら言った。


「そうなのよ、リッキー。一緒に残って」


 私は目をウルウルさせて言ってみた。


 本当の事を話すと、リッキーにも牧野徹君のように危害が及ぶかも知れないからだ。


「一年前なら、喜んで残ったけど、俺、今は靖子ちゃんと付き合っているから。ごめんな、箕輪。お前の愛には応えられない」


 リッキーは恋愛ドラマの見過ぎのような臭い台詞を吐いて教室を出て行った。


 何だかもの凄く悔しい。


 江原ッチの妹さんの靖子ちゃんも残ると言ったのだが、椿先生が許可しなかった。


 彼女も江原家の一員だから、霊能力は高いのだけど、実戦経験が乏しいからだ。


「貴女は力丸君を守ってね、靖子さん」


 椿先生は、靖子ちゃんの思いを傷つけないようにそう言い添えた。


 さすが、教職者だ。私も先生になろうかな?


 え? お前が先生になったら日本も終わりだ、ですって? うるさいわね!


 心配しなくてもならないから!


「お待たせ、まどか」


 そこへ江原ッチと共に親友の綾小路さやかが現れた。


「ちょっと、さやか、どうして手をつないでるのよ!」


 すかさず突っ込む私。


「だって、江原君が繋ぎたいって……」


 さやかは恥ずかしそうに身をくねらせて江原ッチを見上げる。


「な、何言い出すんだよ、さやかさん!」


 江原ッチはギクッとしてさやかの手を振り解く。


 さやかは愉快そうに笑っている。遊ばれてるわ、江原ッチ。


 そういうところが、また可愛いんだけどね。


 あ。


「さやかのことを『さやかさん』て呼んでいたのはどういう事ですか、江原耕司君?」


 ふと思い出したので、背後に立って言ってみた。


「ああ、それは私がお願いしたの。綾小路さんて、言いづらいみたいだったから」


 さやかが言った。


「ふーん」


 私は疑いの目を江原ッチに向ける。


「ねえ、耕司君、嫉妬深いまどかなんて忘れて、私と付き合わない?」


 さやかがまたとんでもない事を言い出す。しかも、耕司君なんて名前で呼んだりして!


 あんたの彼は私の元彼の牧野君でしょ! また同じ事をするつもりなの!?


「え、あ、いや……」


 江原ッチ、どうしてそこで動揺するの!? そこはきっぱり、


「無理だよ」


って言うところでしょ! 全く。さやかが大笑いしてるじゃないの。


 所詮、江原ッチは巨乳好き。さやかの方が胸が大きいから、考えちゃうんだよなあ。


「ごめんなさいね、待たせてしまって」


 そこへ椿先生が入って来た。


 途端に江原ッチの顔が椿先生に向けられ、デレッとする。


 バカめ! 


 私達は適当に椅子に座り、話を始めた。


「復活人の出現がここ最近多くなって来ています。復活の会が何かを企んでいると思われます」


 椿先生は私達を見渡して言った。江原ッチはコメツキバッタのように頷いている。


 比喩表現が古いとか言わないでよね。


 ところで、比喩って何?


 その時、場の雰囲気を壊すような着メロが鳴った。


 誰よ、こんなスチャラカな着メロを入れてるのは!?


 私だ……。項垂れて、携帯を取り出す。もう画面を見るまでもなく、相手が誰なのかわかっている。


 予想通り、バカ兄貴からだ。


「何よ、お兄ちゃん! 今は大事な会議ちゅ……」


 私の抗議を遮るように兄貴が叫んだ。


「大変なんだよ、まどか! 霊安室に安置されていた遺体が動き出して、県警がパニックなんだ」


「ええ!?」


 私は仰天して椿先生を見た。


「すぐに向かいましょう」


 椿先生が教室を飛び出した。


「県警なら、俺んちの方が近いから、オヤジに連絡します」


 江原ッチが携帯を取り出しながら廊下を走る。


「待ってよ!」


 私とさやかも教室を飛び出して、二人を追いかけた。




 私達が県警本部に到着した時は、すでに県警庁舎はたくさんの機動隊で囲まれていた。


「お兄ちゃん」


 呆然として庁舎を見上げている兄貴を見つけて声をかけた。


「まどか、まゆりんが中に……」


 兄貴は泣きそうだ。まゆりんて、兄貴の婚約者の里見まゆ子さん?


「それに本部長と刑事部長と警備部長が人質だ」


 見た事がないような真顔で、鑑識課最古参の宮川さんが言った。


 とてもロリコン伯爵には見えない。


「彼らは何か要求しているのですか?」


 椿先生が尋ねた。


「人質と引き換えに、今まで捕まえた復活の会のメンバーの解放を求めているようです」


 兄貴は悔しそうに椿先生に答えた。


「なるほど」


 そこへ江原ッチと江原ッチのお父さんの雅功さんが来た。


「さて、どうしますか、椿さん?」


 雅功さんが言った。椿先生は雅功さんを見て、


「先生、何故か酷く出し抜かれた感覚があるのですが、どうですか?」


と妙な事を言った。


 私はさやかと顔を見合わせた。出し抜かれた?


「なるほど、そういう事ですか。どうして出かけようとした時に南が気になったのか、今わかりましたよ」


 雅功さんはもっと意味がわからない事を言い出した。


「箕輪さん、敵の真の目的はM市のR町にある宝石店です。今そこが襲撃されていますよ、復活人の強盗団に」


 椿先生が兄貴に言った。


「何ですって!?」


 兄貴と宮川さんは仰天していた。


 私も何となくだが、そんな感覚はあった。え? 見栄を張るな? う、嘘じゃないわよ!


 兄貴の連絡で、R町付近を巡回していたパトカーが急行したが、宝石店は襲撃された後だった。


「してやられたか……」


 雅功さんは悔しそうに庁舎を見上げた。


「あ」


 空を見ていると、何体かの霊体が逃げて行くのが見えた。


 遺体は元の状態に戻ったようだ。私達は、完全に遊ばれてしまったのだった。


「復活人の中に、神田原明徹がいるという念の入れようだったからね」


 雅功さんはがっかりしている私達を慰めるように言った。


「いずれにしても、連中はどちらにもシフトできるように動いていたのだろう。もし私達が宝石店の襲撃に気づいて動いたら、こちらを攻めるという風にね」


「二段構えって事か」


 江原ッチも悔しそうだが、何故か視線は考え込んでいる椿先生に注がれている。


「江原耕司君」


 私は背後に立って言った。


「ひい!」


 江原ッチは飛び上がって驚いた。


 それにしても、復活の会、許せない。


 しかも犯行の手口が巧妙で、証拠がないから逮捕ができない。


 どうすればいいのだろうか?


 


 ない知恵と胸で考えるまどかだった。


 って、何言わせるのよ!

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