ひき逃げ事件を解決するのよ!
私は箕輪まどか。中学二年の霊能者だ。
先日、お師匠様である小松崎瑠希弥さんに気の動かし方の手解きを一応親友の綾小路さやかと受けた。
相変わらず疲れる技だ。それを難なくできるようになれば、一人前だという。
「何よ、私は一応親友なの?」
あれ? 空耳が聞こえる。
「あんたね! いい加減にしなさいよ!」
ふと横を見ると、今にも掴みかかりそうな顔で、さやかが私を見ていた。
あれ? ここは一体?
「ふざけているのなら、降りてもらうぞ、かまど」
エロ兄貴の声がした。
そうか。思い出した。
今日は、G県警霊感課の仕事で、自動車事故の現場に向かっているのだ。
私とさやかは後部座席、エロ兄貴は助手席、で、兄貴の恋人の里見まゆ子さんは運転。
霊感課の専用パトカーで移動中だった。
「ごめん、お兄ちゃん」
向かっているのは、G県でも長野県寄り。
こんなところで降ろされたら、帰れないので、素直に謝る。
実は、瑠希弥さんが蘭子お姉さんのところに行ってしまったので、さやかと二人で現場に向かう事になったのだ。
何だか心細い。
「何よ! 言っとくけどね、私の方があんたより霊感強いんだからね」
さやかは相変わらず人の心の声を盗み聞きする。
性格が悪いのは治っていないようだ。
「あんたの心の声は、嫌でも聞こえて来るくらい大きいのよ」
さやかはムッとして言った。
そんなバカ話をしているうちに、パトカーは現場に到着した。
国道が長野まで延びるU峠だ。Gかるたにも登場する有名な峠である。
その峠の急カーブで、死亡事故が発生した。
長野県側から制限速度を遥かにオーバーした車が走って来て、坂の途中で立ち往生していたG県側から走って来ていた車のドライバーを跳ね飛ばしたのだ。
そのドライバーは、後続車に事故を知らせるために三角灯を立てて、車に戻る途中だった。
その衝撃は凄まじかった。
跳ねられたドライバーは道路から飛ばされ、崖下に転落したのだ。
時刻は午前十一時。霧も出ておらず、視界は良好だったので、彼を対向車が気づかなかったとは考えにくい。
しかも、辺りには血痕と車のライトやウインカーの破片が飛び散っていた。
人を撥ねた事を知りながら、走り去った可能性が高い。
悪質なひき逃げだと思われた。
幸いな事に目撃者がいて、被害者の遺体はすでに発見され、収容されている。
問題は逃げたひき逃げ犯の方だ。
「目撃者は被害者の救出を優先したので、加害者の車のナンバーを見ていない。しかも、この先にあるNシステム(自動車ナンバー自動読取装置)を避けるように脇道に逃げてしまったらしいんだ」
兄貴が悔しそうに話す。
「その後、どこのNシステムにもそれらしい車は映っていないの。加害者は車を乗り捨て、移動していると思われるわ」
まゆ子さんが言い添えた。
「それは違いますね」
さやかが誇らしそうに口を挟んだ。
「どういう事だ?」
兄貴は興味深そうにさやかを見たが、まゆ子さんは一瞬ムッとした顔になった。
怖い、まゆ子さん。でも、さやかが言った事は真実よ。
「加害者も怪我をしています。被害者を
さやかは現場から百メートルほど下ったところにあるガードレールの隙間を指差した。
「何だって!?」
兄貴とまゆ子さんは仰天して顔を見合わせ、走り出す。
「さすが、さやかね」
私は感心して言った。するとさやかは、
「あんただってわかってたんでしょ?」
と不機嫌そうに言う。
「いやいや、私がわかったのは、加害者がそれほど遠くに行っていないという事までよ。あんたほど細かくはわからなかったわ」
私は本当の事を言った。さやかはやっぱり私より霊感が鋭いのだ。
それは認めるしかない。
「あら、そうなの?」
さやかは逆に意外そうに私を見た。
兄貴とまゆ子さんは、ガードレールの隙間の向こうの崖下に、車らしきものが転落しているのを発見し、すぐにレスキュー隊と救急隊に連絡をとった。
加害者は命に別状はなかったが、意識が朦朧としていた。
さやかは搬送される加害者の手にちょっとだけ触れ、事件の真相を突き止めた。
加害者は急な眩暈を起こし、アクセルを強く踏み込んでしまった。
そして、被害者を跳ね飛ばした時には、ほとんど意識がなかったのだ。
「何て事だ。悪質なひき逃げじゃなかったのか」
兄貴はさやかの話を聞き、驚愕していた。そして私を見てニヤリとし、
「どうする、まどか? このままだとお前、お払い箱だぞ?」
「ええ!?」
私はドキッとしてしまった。霊感課の仕事はそれほど乗り気な仕事じゃないし、メリットもないけど、お払い箱は寂しい。
「ダメですよ、お兄さん、嘘を吐いては」
さやかが兄貴の顔を覗き込んで言った。兄貴は何故かピクンとした。
「な、何の事かな、綾小路さん?」
妙に狼狽えた様子の兄貴。どうしたのだろう?
「可愛い妹が心配なので、この仕事を辞めさせたいんでしょ? でも、そんな意地悪を言ってはダメですよ」
さやかはニヤリとした。私はその言葉に驚いて兄貴を見た。
兄貴は私の視線を避けるように顔を背けた。
「まあ、そうなの、慶一郎さん?」
まゆ子さんも意外そうに兄貴を見た。兄貴は頭を掻きながら、
「人選ミスったな。綾小路さんとまどかは組ませちゃダメだ」
と言いながら、パトカーへと歩き出す。
「お兄ちゃん……」
私は感動していた。兄貴にも、そして、さやかにも。
「お兄ちゃん、私、続けたいよ、この仕事。だから、お払い箱にしないで」
私は大声で言った。兄貴は背を向けたままで右手を挙げ、応じた。
まゆ子さんは私に微笑み、兄貴を追いかけた。
「さやか、ありがとう。お兄ちゃんの気持ちを教えてくれて」
さやかにお礼を言うと、さやかは照れ臭そうに、
「だって、私達、親友でしょ?」
「そうだね」
私とさやかは微笑み合って手を繋ぎ、パトカーへと歩き出した。
今日はさやかが大活躍で、影の薄いまどかだった。
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