バレンタインデーイヴは大騒ぎなのよ!
私は箕輪まどか。中学生にして、霊能者。
そんな特殊能力を持つ私も、恋する乙女。
今日はバレンタインデー前日。
私の絶対彼氏の江原耕司君のために手作りチョコを作るのだ。
お父さんには、コンビニの百円チョコでいいとして。
え? 可哀想? そんな事ないでしょ、全然。
同級生の女子で、父親にチョコ上げる子、ほとんどいないんだから。
取り敢えず、江原ッチにチョコの好みを聞こうと思い、メールした。
するとすぐに江原ッチから電話。
もう、そんなに私の声が聞きたいの?
「まどかりん、ウチに来てよ。瑠希弥さんが大変なんだ」
「え?」
瑠希弥さんが大変? 私は仰天し、
「すぐ行く!」
と返事をして携帯を切り、家を飛び出して自転車に飛び乗った。
こんな事もあろうかと、今日はジーパンなのだ。
パンチラはないので、ご心配なく。
「瑠希弥さん!」
私は江原ッチの邸に着くと、自転車から飛び降りるようにして、玄関へと走った。
「ああ、まどかさん、ごめんなさい、呼んでしまって」
すると奥から、チョコ塗れの瑠希弥さんが現れた。
「え?」
私は呆然としてしまった。
落ち着いてから話を聞いたら、瑠希弥さんが手作りチョコを作っているらしい。
そして、それを知った江原ッチが、私も一緒に作ると二度美味しいと考えたらしいのだ。
「江原耕司君、後でお話があります」
私は冷めた目で江原ッチに言った。
「ひいい、まどかりん、怒らないでえ」
江原ッチは涙ぐんで土下座した。
「お世話になっている皆さんにチョコをお渡ししたいんです。手伝って下さい、まどかさん」
瑠希弥さんに笑顔で言われると、何も言えない。
「はい」
同意するしかない私は、苦笑いして応じた。瑠希弥さんは先にキッチンに行った。
「そう言えば、冬子さんは?」
私は気になって尋ねた。すると江原ッチが、
「冬子さんはオヤジと出かけたよ」
「え?」
思わずいけない想像をしてしまう私だったが、そんな事はあり得ない。
「オヤジのお師匠様に当たる人のところに行ったんだ。冬子さんには、妙な霊がついているらしくて」
「そうなんだ」
冬子さん、いろいろ事情があるのね。
「その霊を祓えば、冬子さんも力を失う代わりに、普通の生活ができるらしいよ」
心なしか寂しそうな江原ッチ。こいつ、そこなしの女好きだな。
エロ兄貴といい勝負だ。
「そう言えば、お母さんは?」
「ああ、お袋も、占い師の会合で出かけてるんだ」
江原ッチの言葉に、私はビクッとした。
「って事は、さっきまで江原ッチは、瑠希弥さんと二人きり?」
私が鬼の形相で尋ねると、江原ッチは涙目で、
「妹の靖子もいるけど、今日はそれどころじゃなかったんだよ」
「どういう事?」
毎年、江原ッチは、バレンタインデー近くになると、同級生や下級生、果ては女子高生に至るまで、あらゆる人達につきまとわれるのだそうだ。
妹の靖子ちゃんも、お兄さん宛の手紙やプレゼントを頼まれて、迷惑しているらしい。
うーむ。私のエロ兄貴の中学時代と同じだ。
しかも、江原ッチは霊能力があるため、生霊までまとわりついて来るようだ。
「今年は、まどかりんの存在を知って、近づくのを止めた人達がたくさんいて、少なくなってはいるんだけどね」
何か、嫌だな、それ。私が怖がられているみたいで。
「そのせいなのか、逆に生霊が去年より多いんだよ」
「ふーん」
私はその言葉を信じていない。
何故なら、今近寄り始めている生霊の皆さんは、瑠希弥さんに敵意剥き出しだからだ。
「そういう事? 私は瑠希弥さんの弾除けなのね?」
白い目で江原ッチを見る。
「ち、違うんだよ、まどかりん! 誤解だよお」
また涙ぐむ江原ッチ。まあ、いいか。
「じゃあ、生霊の皆さんに嫉妬させればいいのね」
「へ?」
私の言葉に、江原ッチはキョトンとした。
「あ」
今日はまだイヴだけど、特別。
私は江原ッチにキスした。
ほっぺじゃないわよ。唇によ!
きゃああ!
途端に生霊の皆さんが、私に壮絶な敵意を向けて来た。
ザワザワとたくさん集まり始めている。
何だか、凄い人数なんですけど?
これももしかして、「瑠希弥さん効果」なの?
「ごめんなさいね、皆さん。でも、迷惑だから、お帰り下さいね!」
摩利支天の真言を唱える。
「オンマリシエイソワカ」
バシンという音がして、生霊の皆さんが弾け飛ぶ。
辺りは一瞬にして、鎮まった。
「任務完了」
私は微笑んで江原ッチを見た。
すると江原ッチは鼻血を垂らしていた。
「江原ッチ?」
私は微動だにしない江原ッチに声をかけた。
「まどかりん!」
いきなり我に返った江原ッチに抱きしめられた。
「わわ!」
今度は私が動けなくなる。
「大好きだよ、まどかりん。やっぱりまどかりんが最高だ」
耳元で囁かれ、私は失神しそうになった。
しばらくして、靖子ちゃんも加わって、チョコ作りを開始。
瑠希弥さんの腕前は、一流のパティシエもびっくりだ。
私と靖子ちゃんは、自分のチョコの出来が恥ずかしくなってしまった。
「うわあ!」
キッチンのテーブルに着き、私と瑠希弥さんと靖子ちゃんからチョコをもらった江原ッチは、感動していた。
「いただきます」
私は見逃さなかった。
江原ッチが、一瞬、瑠希弥さんのチョコに手を伸ばしかけて、慌てて私のチョコを手に取ったのを。
「えへへ、間違えちゃった」
見え透いた嘘を吐き、頭を掻く江原ッチを、それでもやっぱり好きだと思う。
私と靖子ちゃんは、瑠希弥さんのチョコを頂いた。
うまい! 美味過ぎる! 鎧塚さんもビックリだ。
「美味しい、瑠希弥さん!」
私と靖子ちゃんは、口を揃えて絶賛した。
「ありがとう」
瑠希弥さんは本当に嬉しそうに微笑んだ。
親友の近藤明菜を誘ってみたが、明菜の奴、彼氏の美輪幸治君とどこかにイヴデートに出かけてるみたいで、
「今は行けない」
と言われた。追及したいところだが、それは野暮なのでやめにした。
そして江原ッチは、チョコの食べ過ぎなのか、本日二度目の鼻血。
「お兄ちゃん、汚い!」
靖子ちゃんが軽蔑する。瑠希弥さんが慌ててティッシュを取りに走る。
「何想像してるのよ?」
私はポケットからハンカチを取り出し、鼻血を拭った。
「ああ、まどかお姉さん、勿体ない!」
靖子ちゃんが驚いた。瑠希弥さんはボックスティッシュを持ったまま、微笑んでいる。
「ありがとう、まどかりん」
江原ッチは恥ずかしそうに言った。
「どういたしまして」
私も照れ臭くなって言った。
今日は幸せな気分のまどかだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます