人生は長さだけではないのよ!
私は箕輪まどか。中学生の霊能者だ。
先日、エロ兄貴の恋人の里見まゆ子さんが、この世で一番兄貴の事を好きでいてくれているのを知り、嬉しかった。
兄貴もまゆ子さんの思いに気づいて、今では他所の女性にうつつを抜かすなどという事はなくなった。
と思う。多分。恐らく。きっと。
自信がない。
今日は日曜日。
私は親友の近藤明菜、そしてクラスメートで、もしかして将来義理の弟になるかも知れないというおぞましい事実に気づいた力丸卓司君と共に、同級生の女の子のお見舞いに、G県最大の総合病院である、G大付属病院に来ている。
その子の名前は、岡本まり子さん。
以前から入退院を繰り返していて、ほとんど学校に来ていない。
今回私達がお見舞いに来たのは、彼女のお母さんから電話をもらったから。
多分、今年の桜は見られないだろうという話だ。
その話を聞き、私は言葉を返せなかった。
中学生で、人生が終わってしまうなんて……。
人の死は、その人の人生の長さに関係なく、悲しくて辛い事だけど、それにしてもやるせない。
何故お母さんが私に連絡をくれたのかというと、まり子さんが私に密かに憧れていたからなのだそうだ。
嘘じゃないわよ! こんな事で嘘を吐くほど、私も冷酷な女じゃないわ。
「箕輪さんは、奇麗で、頭も良くて、明るくて、自分にないものをたくさん持っているから、憧れているのだそうです」
お母さんの感情が、受話器を通して伝わって来る。
本当は泣き出してしまいそうなのを必死に堪えているのがわかり、私は声を出さずに涙した。
誉められているのに嬉しいという感情が湧いてこないほど、打ちのめされた。
私は今まで、どれほどの人生を生きて来たのだろう?
多分、自分に死が訪れるなんて全く意識しないまま、ボンヤリ生きて来たような気がする。
「是非、あの子に会って下さい。ご迷惑でしょうが」
「とんでもないです」
私は涙を拭いながら答えた。
そして、翌日、私は明菜に話をし、一緒に行く事にした。
「私もその子とほとんど話した事ないな」
普段クールな明菜が、目を潤ませて呟く。
「どうしたんだ、近藤? 食い過ぎで腹が痛いのか?」
食べる事以外の思考回路が欠如しているリッキーが、また明菜の感情を逆なでする。
「うるさい、デ○!」
一応自粛した。
こうして、リッキーも一緒に行く事になった。
「病院にコロッケ持って行かないでよね」
まさかとは思ったが、取り敢えず釘を刺しておく。するとリッキーは目を丸くして、
「え? ダメなの?」
やっぱり……。こいつは……。
そして今、私達三人は、まり子さんがいる病室の前にいる。
「あら、いらっしゃい」
お母さんが笑顔で迎えてくれた。
「こんにちは」
私達は病室に入った。個室だ。
まり子さんは、大きなベッドの中で、以前学校で見た時より小さくなった印象で、横になっていた。
ベッドの頭の方が起こしてあり、まり子さんは痩せこけた顔で私達を見て、力なく微笑む。
「箕輪さん……。来てくれて、ありがとう……」
私はお見舞いの花束をお母さんに渡した。
「花瓶に活けるね」
お母さんは嬉しそうに言い、部屋の端にある洗面台で花瓶に水を入れ、花を挿している。
私は微笑んで、再びまり子さんを見た。
その時、背筋が寒くなった。
まり子さんの背後に蠢く黒い影。
確か、霊界の案内人だ。
こんなタイミングで現れるなんて……。
私が呼び寄せたんじゃないよね? 怖くなって来た。
「どうしたの、まどか?」
明菜に声をかけられて、私は我に返った。
「いっぱい食べないと、元気になれないぞ、岡本」
リッキーが言う言葉は、入院患者には酷な言葉。しかし、彼なりの思いやりと優しさなのだから、責められない。
「うん」
まり子さんは微かに頷き、微笑む。
「ほら、まり子、奇麗よ、お花」
お母さんが花瓶を持って来た。
「ここがいいかしらね」
お母さんは花瓶をまり子さんの脇にあるワゴンの上に置いた。
「奇麗……。ありがとう」
まり子さんは私達を見て、また微笑む。
また、ギクッとした。
黒い影が濃くなって来ている。
近いのだ。霊界に戻る時が……。
足が震える。
「あれ、寒いのか、箕輪?」
リッキーが私の異変に気づいたらしく、そう言った。
「そんな訳ないでしょ」
私は必死になって震えを止め、リッキーを見た。
「ねえ、お母さん」
まり子さんが不意に言う。
「何、まり子?」
お母さんは努めて冷静に尋ねる。
「箕輪さんと二人きりでお話がしたいの」
「え?」
私とお母さんは同時に驚いた。
「そんな、まり子、他の皆さんに失礼よ」
意味がわからないお母さんはオロオロしている。
私には、どうしてまり子さんがそんな事を言い出したのかわかった。
そして、何故私に憧れていると言ったのかも。
「私達は別に構いませんよ、お母さん」
明菜が言ってくれた。彼女には霊感はないが、場の空気を読む天才だ。
「え? どうして……」
リッキーはポカンとしたまま、明菜に連れ出された。
「お母さんも、お願い」
まり子さんは真剣な表情で告げる。お母さんは泣き出しそうな顔で、
「わかった」
とだけ言うと、病室を出た。
「箕輪さん」
お母さんが部屋を出ると同時に、まり子さんが私を呼んだ。
「何?」
私は平静を装いながら尋ねる。
「見えてるんでしょ、私の後ろにいる何かが」
「……」
やっぱり。彼女、霊感があるんだ。だから、私を呼んだ。
「お察しの通り、私、霊感があるの。でも、貴女ほどではなくて、何かいるなって、感じられる程度なの」
「そうなんだ」
切な過ぎる。
「ねえ、箕輪さん、私の後ろにいる人に訊いてくれる? 私をいつ連れて行くのかって」
「まり子さん……」
あまりにストレートなお願いに、私はビックリした。
それは私にもわからない。
そういう場に立ち会った事がないから。
それでも、私はまり子さんの背後に蠢く黒い影を見る。
何かわからないかと思い、意識を集中した。
しかし、思った通り、霊界の案内人は、何も答えてくれない。
「ごめん、岡本さん。わからない」
まり子さんを見て答える。嘘は吐いていない。わからないのは事実だから。
「そう。残念だわ」
「ごめんね、力になれなくて」
涙を堪えて言った。するとまり子さんは微笑んで、
「そんな事ないよ。来てくれて嬉しかった」
「岡本さん」
私はまり子さんに近づき、その細くなった手を握った。
「お母さんを呼んで。話があるの」
「うん」
岡本さんから手を放すと、岡本さんは、
「ありがとう、箕輪さん」
「う、うん」
もう涙が止められない。でも、泣きながらお母さんを呼びに行ったら、変に思われる。
私は気持ちを落ち着かせ、涙を拭って、病室を出た。
「箕輪さん?」
突然出て来た私に、お母さんはドキッとしたようだ。
「まり子さんが、お母さんと話があるそうです」
「そ、そうですか」
お母さんはその言葉だけで動揺している。
「まり子」
お母さんは私達に会釈すると、病室に消えた。
「行きましょう」
私は廊下を歩き出す。
「え、まどか、いいの、このまま帰っちゃって?」
明菜が追いかけて来る。
「何だ、腹減ったのか?」
リッキーが場違いなボケをかましても、私は突っ込まなかった。
だって、振り向いたり、話したりしたら、多分涙が止まらなくなるから。
霊感なんて、ない方がいい。
久しぶりにそう思った。
今日は終始真面目なまどかだった。
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