♭1(下) 最後に一つだけ

「じゃあどうしてあんたは人を殺すのをやめたんだ?」

 僕はそう尋ねた。だけど死神は、

「すまないな。それを話すと時間がなくなってしまう。だから教えることはできない」

 そう言った。

「どういうこと?」

 僕がそう言うと、死神はすぐに言った。

「今、死のうとしている人間がいる。そいつのところに行かなければならんのだ」

 さっきまで動かなかった体に、段々と力が戻ってくる。僕は少しずつ起き上がりながら言った。

「だったらしょうがないか」

「ああ、すまないな」

 死神はそう言って、玄関の方へと向かって歩き出した。

「なあ、最後に一つだけ、いいか?」

「何だ」

 ドアの前に立ったところで、死神は振り向いて短くそう言った。僕は尋ねた。

「どうしてあんたは、あんたの体は骨なんだ?」

「この体か?」

 死神は言った。

「たくさんの死に向き合ってきて、心も体も磨り減ったからだ」

 そして僕に背を向けた。その背中に向けて、また僕は言った。

「あんた、見た目の割には優しい心を持っているんだな」

 死神はこちらを振り向かずに、ただ一言、

「『見た目の割には』は余計だ」

 そう言って出て行った。後に残ったのは、玄関の方からの雨音。僕はゆっくりと立ち上がって、締め切っていたカーテンを引っ張る。窓の向こうには、昨日から続く雨が見える。

「雨、早く止まないかな」

 僕は独り、そう呟いた。

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死神さん 雨月 秋 @Rhyth0606

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