第12話

 食後の後片付けを終え歩人が部屋に戻ると、レスティナとクロエは本棚からそれぞれ本を取り出し読んでいたが、当然歩人には疑問が浮かぶ。


「本、読めるの?」


「残念ながら、まだこちらの文字は習得中ですので全ては読めませんが、それでも前後の流れから内容は推察出来ますので」


 歩人は自身の質問の仕方がぞんざいな気がして、クロエに申し訳ない気分になったものの、彼女は気にする様子も見せず答えてくれるが、同時に歩人にとって気になる言葉が出てきていた。


「習得中?」


「はい、わたくし達は昨日この世界に来たばかりですが、こうして異なる世界の方と話が出来る事や、知らない文字を覚える事は可能なのですよ」


「それって、魔術と関係が?」


 歩人の問いに、クロエは首を横に振る。


「わたくし達が生まれ持っている能力というのが、妥当かと思われますが」


 クロエの言葉に、今度は歩人が首を傾げた。


「そうですね。確かに魔術は便利なものではありますが、わたくし達の世界で魔力を持つ人間は4割いるかどうか? と言ったところでしょうか」


「一応言っておくが、私に魔力はないぞ」


 レスティナがクロエの言葉に続くが、見ると彼女は相変わらず本に視線を向けて、そこに書かれている文字を目で追っており、クロエの言う所の魔術は関係なく生まれ持っている能力という部分を裏付けているように思える。


「そっちの世界の人達って、凄いんですね」


 歩人の言葉に対し、意外にもクロエは首を横に振るが、その顔には笑顔を浮かべており、強く否定している訳ではなさそうであった。


「我々からしたら、こちらの世界の方々の方が凄いですよ」


「でも、こちらには魔術もなければ、知らない言語を理解する能力なんてないですし」


 その言葉に、少しだけクロエは考える素振りを見せる。 


「恐らく、それは世界の違い、と言いましょうか」


「世界の違い?」


「わたくし達の世界は、まさにこういう感じです」


 そう言うと、クロエは自らが読んでいた世界史の事典を開いて歩人に見せるが、そのページは中世ヨーロッパの物であった。


「今こちらの世界で普通にある車や建物は、わたくし達の世界には存在しません」


「そうなんだ」


「ですが、先程から言っている様に、わたくし達の世界には、この世界で廃れた魔術や、知らない言葉や文字を理解できる能力が備わっております」


 クロエはそこで静かに息を吐くが、気が付けば歩人は、クロエの話に引き込まれている事に気付き、思わず息を呑む。


「これは推測ですが、こちらの世界では物質に関する力が勝り、わたくし達の世界では精神に関する力が勝ったという結果ではないでしょうか」


「正直、僕には難しい話だけど、とても興味深いです」


「それは恐縮です。よく魔術師は理屈っぽいと、呆れられるものでして」


 一方のレスティナは、相変わらず1人で何かの事典を興味深げに眺めており、気になった歩人はその事典を覗き込むと、彼女が読んでいたのは交通に関する事典で、飛行機を紹介するページを熱心に眺めていた。


「歩人、これは何だ?」


 歩人の視線に気付いたレスティナは、そこに載っている旅客機の写真を指差す。


「それは飛行機だよ」


「飛行機?」


「空を飛ぶ乗り物だよ」


「何と、ドラゴンの様なものか」


「ド、ドラゴン?」


 レスティナの驚きようと彼女から発せられた言葉に、歩人も目を丸くする。


「わたくし達の世界では、非常に強い力を持つ存在です」


「こっちにも、そういう伝説とかはあるみたいだけど」


「そうなのですか?」


 今度はクロエが歩人の言葉に驚きの表情を見せた。


「でも、あくまでも架空の存在かな」


「わたくし達の世界では、人とは相容れない存在とされておりますので、滅多の事では姿を見せないのですよ」


「私は、一度だけ見た」


 レスティナは2人に向き直ると、眼を輝かせながら2人を見る。


「そ、そうなんだ」


「ああ、幼い頃草原で遊んでいた時、遠くの山が突然動いたと想ったら、それがドラゴンだったのだ。あの時は本当に驚いた」


 興奮気味に身振り手振りを交えて説明するレスティナの様子に、歩人もクロエも微笑ましく思っていた。


「姫様はドラゴンがお好きですから」


「一度で良いから、あの背に乗ってみたいものだ」


「そんな事が出来るの?」


「高位の魔術師なら、その様な事も出来たという話ですが」


「じゃあ、クロエさんは?」


「残念ながら、いまだ実現はしておりません。と言いますか、わたくしはまだ遭遇したこともありません」


「そ、そうなんですか」


 思った以上にクロエが落ち込んでいるような素振りを見せた事に、歩人も心配になるが、クロエもすぐに笑顔に戻り歩人を安心させる。


「それにしても、こっちにも空を飛べるものが存在しているのか」


「結構、多くの人を乗せて運ぶんだ」


 歩人の言葉に、レスティナは眉をひそめた。


「にわかには信じられんな」


 その言葉を聞いた歩人は、それならと言わんばかりにパソコンを立ち上げると、クロエは不思議そうにパソコンを覗き込む。


「これは何ですか?」


「パソコンと言いますが、詳しく説明するのは難しいです。ただ、色々出来る便利な機械です」


 そう言いながら、歩人は動画サイトを開き飛行機の動画を検索すると、結果として表示された適当な動画を選んで再生した。


「こ、これは一体?」


 選んだのは色んな種類の飛行機が、離陸や着陸を行っている動画だが、2人は食い入るように見ている。


「本当に飛んでいますね」


「ああ、これは信じるしかない」


 その時、小さいながら明らかにお腹が鳴る音が聞こえ、歩人が気付くと音の主であるレスティナが顔を赤らめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る