第百二十六話:僅かな才

 翌日、クラウスは窓の外から子どもの声聞こえてくることに気づく。見てみると、昨晩鍛錬をした庭でマナとタラリアが並んで木剣を振っていた。


 昨日は鍛錬中に魔物が出たと報告を受け、サンダルと出撃して以来二人とは会って居なかったけれど、どうやら本当に仲良くなっていたらしい。




 マナは人見知りながらも人を惹きつける魅力があるようで、今回もそれが上手く働いたのだろうか。


 そんなことを考えながら、しばし二人の鍛錬風景を眺める。




 マナは相変わらずだ。


 相変わらず、一般的な五歳児と殆ど変わらない。


 軽い木剣もそれなりに重そうにしているし、振っているというよりも振わされていると言った方が良さそうな雰囲気。


 大人に比べたら筋力も足りないし、勇者と比べて膂力があるわけもないそれは、可愛いの一言だろう。


 敢えてそれを評価するとするなら、「がんばってるね」と言うほか無い。




 そんなマナに比べて、タラリアの素振りは見事だった。


 両親が英雄だからその血の影響なのか、教えてもらったこともあるのかはクラウスには分からなかったけれど、こと素振りの美しさに関しては英雄イリスにすら引けを取らないだろう可憐さを持っていた。




「英雄の間に生まれた子ながら、一般人か。なんか勿体ない気がするな……」




 思わず一人呟く。


 母オリヴィアの様に、徹底的な努力の末に手に入れた完璧な形とはまるで違う、天性の才能の証拠である柔らかさが、タラリアの剣にはある様だった。




「リアちゃん凄いでしょ。勇者も魔法使いも居ない世界なら、きっと世界に名を残す剣士になれたんだろうなって、私も思ったもん」




 ふと、背後から声がする。


 呟きを聞かれていたのだろう、ベッドにはサラが目をこすりながらそんなことを呟く。


 この世界では、たった一人の例外を除けば勇者や魔法使い以外には戦闘の余地が存在しない。


 それは例えどれだけ努力をしようが、どんな才能を持っていようが、一般人は剣で斬られるだけで死んでしまうから。


 魔物達は皆、最低でも剣を持った大人よりも強いと言って過言ではない。


 しばしば村や町を滅ぼすオーガで、ヒグマと同程度の怪物。それが徒党を組んでやってくる。


 更にはそれよりも遥かに上も存在する。


 一般人の力では全力で剣を突き入れた所で擦り傷すら付かず、何千何万人と徒党を組もうが僅か一撃で全滅させられてしまう化け物。




 ただ一般人と言うだけで、それらを相手にする権利は失われてしまう。


 戦う機会が無ければ、実益が無ければ、それはいくら美しかろうが芸の域を出ない。




 つまりどれだけの才能があろうが、ただ一般人と言うだけで注目を受けることなど無いのが現状だった。




「ははは、勇者も魔法使いも居ない世界か。ついでに魔物も居ない世界があれば、リアちゃんは英雄だったのかな」




 サラに向けていた視線を庭へと戻しながら言う。


 英雄といい華やかな言葉は、今のタラリアには良く似合う言葉の様に思えた。


 少なくとも、クラウスにはそれはお遊戯には見えない。


 同じく一般人である母も、形のレベルとしては近いものなのだから。




 ……ただ、その母は魔物を倒せるというだけで。




 そんなクラウスの感想に対して、サラはしかし少しだけ眉を寄せた。




「リアちゃんは一般人だってことにちょっとコンプレックスがあるみたいだから、気を付けてね」




 いくら一般人としては才能があっても、勇者である、魔法使いであるということはそれとは比較にならない才能だ。


 それは生まれつき、どうあがいても覆せない差。




 昨夜はタラリアが鍛錬に参加していなかったことを考えれば、その理由はすぐに想像が付く。




「了解。両親が英雄っていうのが大変だってことは、サラを見てれば分かるからね」




 現在存命とされている英雄と呼ばれる人物は、世界に十人も存在しない。


 一般的にはあまり英雄扱いされていないアリエル・エリーゼと、所在不明のエリーを含めても九人。


 その誰しもが、尋常ではない注目を集めている。




 そんな人達に子どもが出来れば、注目は世界中から集まるのが当然だ。




 しかしサラは、きょとんとして言った。




「私は生まれた時から才能あったしあんまり大変じゃないけど?」




 聖女の神器に選ばれた英雄の娘。


 今やサラはそんな風に認知されている。


 その実力はグレーズ王妃エリスを下したことで十分に認知されているし、本気の際に使う魔法が蔦が中心であることからも大きな喝采を浴びていた。


 確かにしばらくは厳しい修行を続けたとはいえ、ただ才能だけで十五年間もクラウスより強かったのだから、その言葉に裏は無いのだろう。




 ただ、今回の焦点はそこではない。




「……いや、僕は違う意味で注目されがちだからさ。両親が英雄ってことで注目を浴びるサラを見てると、あの場に僕が投げ出されたらって思うことがあるのさ」




 何もなくとも、故郷ブロンセンを一歩出れば畏怖の視線を向けられるのがクラウスだ。


 それは慣れ次第でどうとでもなる程度のものではあるけれど、最初の一瞬だけは明らかに視線が違う。


 そんなクラウスが大勢に注目される環境に投げ出されるとしたら、その視線は確実に良くないものを運んで来てしまう。




「あー、それをリアちゃんと重ねちゃうってことね」




 その様に、一般人であるタラリアは、世間からがっかりとした目を向けられたのかもしれない。




「ああ、コンプレックスってことは、そういうことだよね」




 大陸が違うこともあって、会ったことがないこともあって、グレーズではそこまでニュースにはなっていなかったけれど。


 サラは頷く。




「……うん、そうだね」




 そして、こう続けた。




「でも、今までずっと振ってなかった剣をまた振り始めたってことは、マナやクラウスに会って何か心境に変化があったのかもね。それはきっと、良いことだよ…………」




 そのまま何か言いたげにしていたけれど、サラはそこで言葉を終えた。

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