第百十八話:あの人が居るのだから、
スーサリアに住まう二人の英雄は、とても対称的な人物だ。
世界一英雄らしい英雄であるサンダルは日夜人々の見える場所で人知を超える程の鍛錬を積み、人々の希望を背負って戦場へと旅立って行く。
困っている人が居れば笑顔で手を差し伸べ、当然ながら見返りを求めることなどあり得ない。
いつでも隙なく英雄と言えるその立ち居振る舞いに感動する者は多く、ルークを差し置いて理想的な英雄として人々に愛されている。
対して、もう一人の英雄であるナディアは人々に魔女として恐れられている。
正確には畏れられるという方が正しいのかもしれないが、概ね恐怖の感情で間違いは無いだろう。
ナディアは、基本的に人を助けない。
困っている人を見ても平然と無視して通るし、助けてくれと頼まれても、内容によっては平気で拒否出来るのが彼女だ。
そんな彼女が魔女として恐れられる最大の理由が、現在は昔とは少し違う。
彼女が唯一救いの手を差し伸べる事案として有名なものと言えば、不倫浮気二股、そんな男女間の問題に対する対処である。
ナディアはまず、入念に調査を進める。
凡ゆる手段を使ってどちらに被がありどちらが正しいのかを徹底的に調べ上げる。
その手段もそもそもなんでもありという外道さが恐怖を呼んでいるのだが、真に恐れられているのはその先だ。
ナディアは被害者の方がが許すと慈悲を請うても、それを一切聞き入れずに徹底的に被疑者を叩きのめす。
それはもう、男であれば二度と女を抱こうなどと思わないくらい、女であれば男を見るだけで震え上がるくらいに。
その手の巧妙さはまた卓越していて、完全な私刑であるにも関わらずその情報の真実が外に出ることが無い程。
結果として、いつもそこにナディアが関わっているという噂だけが一人歩きし、スーサリアという国の不倫者数は年々減少しているというのだから、魔女の恐ろしさを知らぬ者はこの国には居ないと言って良いだろう。
しかしそんな中でも、男女間トラブルに無縁の人々からすればナディアは奇跡の英雄。
目が覚めてから結婚後は、その心情を鑑みられることも多く、サンダルと真逆のカップルとして、それなりに人気を有していた。
それは、魔王戦以降ナディアが戦っている所を目撃した者が居ないことにも由来している。
魔王から受けたダメージの後遺症から、ナディアの脚は未だにぴくりとも動かない。
いつも車椅子に座り、サンダルや娘のタラリアに押されて移動しているのが、ナディアの日常の移動風景だった。
『ナディアは魔女として恐れられるのと同時に、もう二度と、戦えない英雄である』
それが今の世間の、ナディアに対する印象だった。
車椅子では機動力を確保する為に腕が必要で、移動している間は攻撃することも出来ず、しかも車椅子での移動は足よりも遥かに悪路に弱い。
そんな当然の情報を前提に、人々はナディアを戦えない英雄だと、心の何処かで同情していた。
それが違うと知っているのは、英雄達と娘だけ。
ナディアの脚が動かないのは事実であるけれど、彼女が戦わない理由は戦えないからではなく、もう戦わなくて良いからだと知っているのは、たったそれだけの人々だった。
唯一の例外としてドラゴンの襲撃があった五年前、ナディアはサンダルと並び戦場へと発ち、骨折という怪我を負って帰ってきた。
100mのドラゴンと言えば、かつてオリヴィアやサンダルが単独で仕留めたドラゴンとは桁が違う強さを誇る。
それは全盛期と呼ばれる魔王戦前、80mのドラゴンに当時世界三位と言われたナディアが単独で勝てなかったことからも明らかで、本当に戦えないのであれば、例えサンダルと二人で息を合わせたとしても、帰ってくるのは彼女の遺体だっただろう。
巨大なドラゴンという魔物は、魔王を除けばそれ程に別格な強さを誇っている。
しかし、実際にはナディアは骨折だけで、サンダルは裂傷だけで帰って来た。
当時はまだ何も知らなかった娘のタラリアは大いに泣き二人の怪我を心配していたけれど、この件の本質は、ナディアがたったそれだけの怪我で、無事に帰って来られたという部分にある。
それについて、ナディアは英雄達にこう報告していた。
「オリヴィア程ではないけれど、私も随分と無茶が出来るみたいですね。これならあの人がやられても、私一人でタラリアを守れそうですよ」
後半はともかく、前半の情報はルークが提唱した英雄達の説に、より一層の説得力を持たせる結果となった。
英雄達は、例え勇者の力を失っても、半身不随となってしまっても、ある一定の範囲からはみ出さない相手に対しては、必ず勝つことが出来る。
そんなルールが今の世界には存在している。
何故聖女サニィは急速に力を付け、信仰対象にまでされる程の聖女になったのか。
何故エリーやオリヴィアは、あれほどの少人数で魔王に打ち勝つことが出来たのか。
そして何故、力を失ったオリヴィアやナディアは、未だに現役と言っても良いレベルで戦えるのか。
その理由は、ただその英雄が英雄だったからに他ならないことを、英雄達だけが知っている。
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