第百十七話:くらうすのけん

「ねえねえさら、くらうすのことおしえて?」




 ふとマナがそんなことを尋ねたのは、ちょうど近くに強大な魔物が寄ってきたのに気付いたサラの指示を受けて、クラウスが討伐に行った時のことだった。


 剣を始めてから、マナはクラウスに素振りをせがむ様になっていた。


 二人が出会ってしばらくはいつもの様にやっていた素振りも、サラと合流してからはそれほど回数は多くない。


 そんなマナの様子に、向上心があって偉いぞと笑みをこぼしながら、クラウスは何度もマナに形を見せていた。




「良いけど突然どうしたの?」




 クラウスが居なくなった隙を見計らって出された質問にサラは少しだけ驚くけれど、どちらかと言えば好奇心が勝って逆に尋ね返す。


 すると、マナは目を輝かせて答えた。




「くらうすのけんはきれーなの。ブリジットちゃんのままとか、さんだるとかかーりーとかいりすもよかったけど、くらうすのけんがいちばんきれー。なんでかな、とおもった」




 そんな純粋な言葉に、サラは思わず苦笑いしてしまう。


 確かに、クラウスの素振りはほぼ完璧だ。


 足腰腕から剣先まで、全くと言って良いレベルでロス無く完全に力が伝わっているのが素人目で見ても分かる剣筋。


 実際に魔物相手に残虐とも言える様子で暴れているクラウスさえ目にしたことが無ければ、そんな感想を抱いても仕方がない。


 しかしそれには理由があることを、サラは誰よりも知っていた。




「あはは、クラウスが一番綺麗かー。それは確かに分からなくもないねー。確かにあの素振りは世界でもトップクラスだ。でも残念。実は世界で一番綺麗な剣は、クラウスのママなんだよ。クラウスの剣が綺麗なのは、そんなママを見て育ったからなのさ」




 そう答えれば、マナはその灰色の瞳を更に輝かせた。


 世界一強い一般人。


 グレーズ王国軍の中ではそんなことを囁かれているクラウスの母オリーブは、かつて英雄オリヴィアだったということは既に聞いている。


 その勇者の力は必中で、単独でドラゴンを討伐した世界で四人目の人物にして、魔王にとどめを刺した元王女。


 基本戦法は世界一の瞬発力を活かした一撃必殺だが、長期戦になろうともその剣は疲れを知らず、いつまでも美しく舞い続ける。


 オリヴィアは、そんな風に言われていた勇者だった。


 マナがママの話をせがめばクラウスは嬉しそうに話す。そんな中で、クラウスの主観が多分に混ざった情報が、マナの中にも深く刻み込まれていた。




「くらうすのままのけん! いいなー! まなもみてみたい」




 一般人には絶対に不可能だとされている、オーガの単独討伐には飽き足らず、単独で倒せれば魔法使いどころか勇者ですら一流と呼ばれるデーモンを、単独で討伐成功したその剣を想像してみれば、確かに美しく無いわけがない。


 デーモンだろうがオーガだろうがまともに見たことは無いマナでも、不可能を可能にするクラウスの母が、大会に出ていた英雄達より綺麗な剣を振るうクラウスよりも、更に綺麗なことは容易に想像できた。




「それに、クラウスは綺麗なのは素振りだけで実際の戦いは結構めちゃくちゃなんだよ?」


「そうなの?」


「そうそう。効率さえ良ければなんでもするからねあいつ。それは師匠のエリーさん の影響かな」




 いつも見ていて飽きれる、とサラは言う。


 時には平気で魔物を蹴ったり殴ったりするだけに飽き足らず、魔物自身を武器の様に振り回しながら、時には素振り通りの綺麗な剣を振るう。


 その歪なギャップはクラウスだけの剣と言えばそうなのかもしれないけれど、とても英雄に憧れている青年の所業とは思えない。


 あの自由過ぎる英雄エリーでさえ、ある意味突き詰めた効率の良さが一種の美しさに繋がっていると言うのに。




 クラウスは母オリヴィアから受け継いだ必中に近い力と、エリー直伝の効率的な戦いを両方受け継いでいる。


 初代を分けた様な二代目の、両方を受け継いだ形。


 しかしそれは、残念ながら初代とは程遠い戦い方だった。


 いつでも一歩間違えば死んでしまう様な危うい輝きを持った初代とは真逆の、死ぬ訳が無いとでも言いたげな傲慢な剣。




「それで付いた二つ名が悪鬼だからね。そんなだから、魔物と戦ってるところをマナには見せられないのよねー。マナが実践のクラウスを参考にし出したら、私はマナのママでいられなくなるかもしれないくらい」


「ええ!? それはやだ!!」


「うんうん。なら良い子だから、マナは綺麗な剣を学ぼうね」




 途端に絶望に打ちひしがれた様な様子になるマナをよしよしと撫でながら、半分本心でサラはそんな風に言い聞かせた。




「くらうすのたたかいは見ない」




 そう決意を新たにしたマナを見て、サラは少しだけほっと息を吐くのだった。




 もしもクラウスの戦いをどうしても見たいと言い出したのなら、マナは再び魔物を目撃してしまう。


 それを再び美味しそうだと言ってしまえば、ぐんぐんと力を増しているクラウスに悪影響を及ぼすことは確実だ。




 もしもクラウスが自分の内に潜む凶暴性に振り回されても、父が居るから安心だ、とは言われているけれど……。


 なるべくその時は来ないで欲しいと願うサラは、魔法を利用してなるべくオリヴィアに近い素振りを披露して見せた。




 ……。




「お、良い形になってきたねマナ。サラが教えてくれたのか?」


「うん! えりーもかーりーもかっこいいけど、まなはくらうすのままになるから!」


「……ん?」




 いつも通りマナの前に出る前にサラの魔法でびしょ濡れになって帰って来たクラウスは、マナの突然の決意表明に、はてと首を傾げるしか無いのだった。


 もちろんその隣には母が三人に増え更に複雑化する家庭環境を想像して笑い転げる幼馴染がいたのだけれど。

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