第百十五話:頑張る子
「ねえくらうすー」
いつもの様に元気がある時には歩きたがるマナは、今日に限っては甘える様にクラウスの袖を掴むと呼びかけて来た。
サラと合流してからは基本的にサラに甘えることが多かった為に珍しい行動だ。
ママを探していたという言葉通り、母親役を買って出たサラに懐くのは嬉しいけれど、少しばかりの寂しさを感じていた所での言葉にどうにも言えない喜びが込み上げて来る。
「ん、どうした?」
そんな感動を悟られない様に答えると、マナは更にくいくいと袖を引っ張りながら言った。
「まなもけんをおしえてほしいの」
今までも勇者になりたいとか魔法使いになりたいと言ったことはあったものの、具体的に剣を教えて欲しいと言ってきたことは初めてだ。
最近はよく五歳から剣の修行を続けていた英雄エリーの話をしていたからだろうか、子どもは影響されやすく色々なことに興味を持つんだという実感が湧いて来る。
それは何処となく、クラウスの父性と英雄レインへの憧れを刺激した。
サラの方を見てみると、「良いんじゃない?」とでも言いたげに少し首を捻る。
それは確認しただけで、クラウスの答えはもう決まっている。
「もちろん良いよ。剣を持てる様になるのは一人前になってからだけど良いかい?」
剣というものはあくまで武器だ。
魔物を相手にするには必須のものであっても、人に向ければ簡単に傷付け殺してしまうし、逆に殺されてしまうかもしれない。
レインがエリーに一つのものを守れる様になれと言った様に、武力を持つにはそれ相応の覚悟が必要となる。
ましてやまだ見た目には四歳の子ども。
舌足らずな言動も含めて、まずは精神修行から入らなければならないことは明白。
しかしそんなクラウスの言葉に、マナは嬉しそうに頷いた。
「うん。だいじょーぶ。まな、ちゃんとわかってるよ。まずはさらをまもれるようになるの!」
そう意気込めば、マナは一瞬で宙に浮く。
背後から飛びついたサラが、マナを素早く抱き上げたのだった。
「おおー、可愛い我が娘ー! 私を守ってくれるのね!」
英雄エリーの話をした影響だろうか、そんな風に元気に言われてしまえば、サラの方がマナの味方についてしまうのも当然かもしれない。
何にせよ、理由はともあれ覚悟は既に出来ているらしい。
自分も同じ様な話を聞きながら剣の修行に身を入れたのだから、流石にそう言われれば納得せざるを得なかった。
「良い覚悟だ。でもサラはエリーのママと違ってめちゃくちゃ強いから守るのは大変だぞ?」
サラに抱かれ、足をぶらんぶらんとさせながら頬擦りされて揉みくちゃにされているマナの頭に手を置きながら言えば、答えは再び笑顔で返ってきた。
「それはくらうすとまもるからだいじょーぶ!」
その言葉はつまり、父がいるのだから母は父娘で守りたいということ。
英雄エリーの様に唯一の肉親に必死になるわけではなく、普通に幸せな家庭の形だ。
そんな元気な返事に、思わず吹き出してしまうクラウスとサラは、幼い娘に一本取られたと笑い合う。
英雄エリーに憧れるマナは、レインに憧れるクラウスを立てながら自分のしたいことまで果たそうとしているのだ。
それが考えて言った言葉なのか違うのかすら分からないけれど、マナは最早立派な『クラウスとサラの子ども』なのかもしれない。
そんな風に、クラウスはサラと顔を見合わせて微笑み合った。
――。
マナに剣の才能があるかどうかは、まだこの幼さでは全く分からない。
身長は大体100cm。体力的にも体格的にも筋力的にも、マナは人間の力を持たない一般的な四歳児と大差が無い。
少なくとも、まだまだ1kg程ある剣の半分の重さの木剣ですら少し重そうに持っている。
どちらにせよ、いくら才能があったとしても、そんな一般人と変わらない状況のマナが剣で魔物を倒すのは不可能だろう。
クラウスの見立てでは、そうだった。
しかしそれはサラにとっては少しだけ違う様だった。
「ふんふん、頑張って私を守れる様になるんだよ、マナ」
スーサリアに行く道中、修行を開始してからサラはいつもそんな風に嬉しそうな顔をしながらマナを見守っている。
それはどうにも母性が目覚めたというだけでは無くて、別の意味がある様にクラウスには思えてならなかった。
「サラ、君の見立てだとマナは勇者なのか?」
そんなサラから返って来た言葉は少し予想外で、クラウスにとっては身が引き締まる意外なものだった。
「あの子、私の魔法を見て真似してみようと思ったけど無理だったって落ち込んでたからね。魔法が使える気さえしないってさ。
だから例え強くなれなくても、なんか頑張ってるのを見てるだけで応援したくなっちゃうの」
その視線の先には、不恰好ながらマナ用に作ってあげた木剣を頑張って型通りに振れる様に頑張っているマナの姿があった。
ブリジット姫と共に、スーサリアのタラリアとマナが歳の離れた生涯の友人になるのは、この時には既に決まっていたのかもしれない。
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