第百三話:人から人を救う
世界には、三つの規格外の宝剣がある。
一つは最も新しい奇跡である【不壊の月光】
史上最強の英雄レインの愛剣で、決して壊れることの無い不滅の剣。
その本質は決して元の姿を忘れないこと。
その力の影響は周囲にも及び、魔物であったはずの狛の村の人々は人であったことを思い出し、これで斬られた者はかつての姿を取り戻す。
そして何よりも、実はレインが生まれた理由はこの剣の存在があった為。
一つは偶然ではなく意図的に作られた【破魔のショートソード】
これが生まれた時から世界に蔓延る全ての魔物は弱体化し、魔王すらもたったの三振りで軽々斬り伏せる対魔の最終兵器。
役割を終えて壊れさえしなければ、今の時代でも魔物に怯えることなど無かっただろう。
そして、最初の一つ。
まだ人間同士で戦争をしていた時代、偶然生み出された一振り。
世界には勇者も魔法使いも魔物もおらず、超常現象は当時の科学で説明がつかないものをそう呼んでいた。
そんな時代に生まれてしまった剣がある。
何故そんなものが生まれてしまったのかと言えば、「この世界には奇跡が存在する余地があったから」としか説明出来ない程の、偶然の産物。
完成してから僅かな期間で盗まれたとされ、今までどこにあったのか一切誰も知らなかった宝剣。
遥か昔から文献にはその存在が記されていたものの、その力を知る者は最早誰も存在せず、何故最上位極宝剣と指定されていたのかも判然としなかった始まりの宝剣。
エリーやルークが世界中を探して、文献から真実を読み解く勇者を見つけられなかったら、今も尚誰一人その力を知ることが無かっただろう最古の奇跡。
それはかつて【マナの剣】と呼ばれていた。
――……。
「勇者を食べるってどんな力なんですか……」
突然意味不明なことを口走り始めたマヤに、クラウスは思わず苦笑する。
それを聞いていたサラが一瞬目を見開いて驚きを顕にしたことも、ちょうどクラウスの視線がマヤの方に向いていた為気付くことなく。
まだ封は健在なのだと内心ほっとしているサラを尻目に、二人の会話は続く。
「いやー、クラウス様の威圧感ってなんか食べちゃうぞー! って感じじゃないですか」
「そんなことを思ったこと一度も無いんですが……」
「あはははは、でも意外でした。クラウス様はてっきり自分の力を使いこなしてるからこそそこまでお強いのかと」
「僕はたまたま勇者として身体能力が高い方なのですが、後は全て技術なんですよ」
「へえー。私も時雨流とか習ってみたかったです!」
チラッとサラの方を見つつマヤが言えば、サラは露骨にイラっとした表情を見せる。
流石は体力自慢の勇者、仲が良くなって直ぐにここまで元気を発揮されては、疲れているサラはたまらないだろう。
「えーと、多少の技術ならミラの村で時間がある時に教えますから。今は少し落ち着いてください」
言いながら周囲を見渡せば、慣れない野宿であまり疲れが取れず、それでも元気なマヤを恨めしげに見ている視線が多かった。
何より、村人達にとってはそれどころの騒ぎでは無い。
惨状を目の当たりにしたミラの村がどんな状態になるのか気が気ではないはずだ。
「ご、ごめんなさい。私、寝たら体力回復しちゃって……」
平謝りするマヤに、「寝かせたの間違いだったかしら……」と一言サラが呟けば、マヤは目に見えてしゅんとなってしまう。
「まあ元気は村の復興で使いなさい。今は、ね」
少なくとも、同じく拉致されたという境遇の中でも元気な者は、いつか必ず役に立つはず。
それは今では無いにしても、復興している内のいつかには。
その時の為に元気をとっておけと、サラはそう慰めた。
頷くマヤとサラの間には何やら主従関係の様なものが出来ている様に見えたのは、クラウスの気のせいではないだろう。
……。
朝歩き始めてから4時間程、ようやく元々村だった森に辿りついた。
かなりの長距離、皆は盗賊村の勇者に小さくされて箱詰めされて連れ去られたらしい。
改めて歩いて帰るのはやはり大変だったようだが、それでも心配だった故郷だ。
全員が全員殆ど気合で歩ききって、豹変した故郷を仰ぎ見た。
村を守る為と説明はされていても、いざ見るとやはりショックは大きい様だ。
「ごめんね。私にはこれしか出来ないから。亡くなった人達は一旦木の根元に保存の魔法をかけて隠しておいたのだけど、どうする?」
村に決められた埋葬方法があるのなら、とサラは尋ねると、一度ボドワンと相談すると言う。
予想通り外に助けを求めに行った他の男性は村に帰ってきておらず、唯一の男となった彼と相談するらしい。
「さらくらうすー! おかえりなさい!」
ボドワンを寝かせてある家の扉を開けると、奥からどたどたとした足音と共に、子どもが駆けてくる。
少し前に魔法が解けたのだろうか、走りながら飛びついてきたマナをクラウスが受け止めると、その後ろからはあくびをしながらボドワンが歩いて来て。
「んん……気づいたら随分と寝てしまっていたみたいだが……、おお!」
クラウスとサラの背後にいる女性陣を認めると急激に目を見開いて駆け寄ってくる。
多くの人々が殺された中、しっかりと生きて帰ってきた女性陣に対して、流石にこの時ばかりは喜びを隠せない様だった。
それからしばし再開を喜んだ後、皆を集めて事の経緯を説明する。
この地で殺されてしまった人の埋葬と、この村の現状、そして、現在は森となっている村の修繕をどうするのかを話し合った。
一緒に助けたマヤとソシエの旅の一先ずの目的地がこの村だったということもあって、二人もしばらくはここでクラウスとサラに恩を返すつもりで復興を手伝うと言う。
図らずも盗賊に手も足も出なかったことで世界を巡る旅は一旦中止にして、次の目的地を強兵揃う港町ブロンセンにして修行することに決まったらしいのだけれど、それは一先ず修行目的ならばと許容することにして。
……。
「なら、遺体の確認だけ代表者でして貰える? 確認が取れたらそのままこの村を守る守護のイメージとして、魔法葬という形を取らせてもらうね。
この村に出来た森に彼らの意思を守護とすることで、邪悪な魔物も盗賊も、寄り付けない様に出来ると思う」
サラの魔法は、極々一部に限っては万能だ。
それは実質的にサラ本人の力と言っても良いのか分からないものの、現在では聖女の力を扱えるサラだけの魔法。
聖女の様に半永久的に木々をこの村の守護者代わりとして変質させ、そこに村人達の意思だったであろう村の平和の願いを込める。
つまり、森はこのまま残されることになり、その栄養として人々の遺体は木々の根元に埋められ埋葬されることになった。
それは森を残すことでこの惨劇を忘れない様にするという意思と、犠牲になった人々がこの先守ってくれるという死者に対する弔いと畏敬の念が込められていた。
その話が決着するまで、それ程の時間はかからなかった。
皆の意思は最初から殆ど決まっていて、家の中で寝かされていた二人が完全な無事で起きてきたことから固まったらしかった。
人々は、話が決着した後は皆泥の様に眠っていた。
それはずっと気を張り詰めていたサラも同じで、やっと終わったと安心したのか、部屋の壁に寄りかかったまま寝てしまった。
クラウスはそんなサラをボドワンが用意してくれた布団に寝かせて、「お疲れ様」と一言。
「マナ、今回は多くの人が犠牲になってしまった。世界の驚異はまだ、魔物だけってわけにはいかないみたいだ」
そう呟くクラウスに、マナは「なんで同じひとなのにころし合っちゃうのかな……」と呟き返した。
その後、二日間の間にもう二人だけ、助けは見つからなかったと疲労困憊のまま帰ってきた者が居たが、彼らもまた、出迎えた女性陣を見て疲れも忘れて喜びを顕にしたのだった。
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