第六十八話:戦士達

 この大会は、人々が魔王から勝利を勝ち取ったという証。


 年々数を減らし始めた勇者と変わらない魔物に対して希望を失うなという、人々が手を取り合った証。


 そんな世界の中にある、束の間の平和の証。


 そして、いつだって人は戦うのだという証の大会だ。




 この世界は、実はいつだって人間を中心に回っている。




 人間が文明を築き、人間から勇者が現れ、その敵として魔物が現れ、そして魔法使いが現れ。


 いつだって人間が主役であって、魔物が主役には成りえない。


 魔物はただ生まれ、ただ人の敵である為に生き続ける。


 彼らに人間を滅ぼす意思は無く、ただ本能のままに生き続けているだけ。


 人の敵になる為に生まれたのだから、人の敵であるだけなのだ。


 実は世界がそうであることを知る者は、殆ど居ない。




 何故なら、そうでなくては悪い都合があるからだ。




 例えば、【聖なるマナ】と【邪なる魔素】がまるで違うものだと言いたがってしまう様に、それ・・は人類にとって実に都合の悪い真実である。




 ――。




 大会も四回戦に差し掛かると、流石に残って来るのはそれなりの猛者ばかりとなってくる。英雄達は当然として、三人の注目株が居る。


 毎年英雄を倒せるダークホースは現れないかと期待が募るもののそれは叶わなかったが、今年は少しばかり違った。


 新進気鋭のウアカリ戦士カーリーにグレーズ王妃エリス、そして英雄の娘サラが参加したことで、いつもの英雄のお披露目会とはまた違った盛り上がりを見せ始めている。


 三人は英雄達と同じく、一切の苦戦をすること無くここまで勝ち進んでいた。




 しかし、四回戦では英雄と期待の新人の内、二人が消えることになる。




「エレナさんから見て、カーリーはどうですか?」


「あの子は強いね。狛の村の戦士でも強い方位はあるかも」


「狛の村のですか」




 狛の村と言えば、歴史から抹消されようとしている鬼の住む村の名前。


 体内にマナでは無く魔素を溜め込んだ魔物人間が暮らしており、たった70人程の人口ながらその戦力は一国にも匹敵するという化け物達の村。


 かつて汎用宝剣の製造方法を人々に伝えたとされているにも関わらず、世界の秘密を抱えたまま闇に葬られようとしている部族。




 唯一消えることのない文献である『聖女の魔法書』には、こう記されている。




 ――彼らにとってデーモンを倒すことは軽く運動することと同じ。戦士の国であるウアカリよりも遥かに、平均的な身体能力は高い。


 40m程度のドラゴンなら、一丸となれば誰一人傷つくこと無く倒せてしまう。




 ウアカリを含めどんな国家を以ってしても追い返すことがやっとだった時代に、狛の村の人々は小型とは言えドラゴンを簡単に倒してしまう強さを誇っていた。


 彼らの本当の実力は集団戦にあるが、それは聖女や藍の魔王すらも知らなかった事実で、個人戦でも凄まじいことが分かっている。




 狛の村で暮らす為には、最低でもデーモン三匹を同時に相手に出来なければ厳しい、というものがあったらしい。


 個人で倒せれば一流と言われているデーモンを、三匹同時に相手にするのが最低ラインという戦闘力は、その圧倒的なまでの強さを十分に物語っている。




 現に藍の魔王の母親とされるナシサスという女性は、デーモン一匹をなんとか倒せる程度という弱さ・・だった為に、狛の村で暮らすのは厳しかった。と『魔法書』には記されている。




「なんとなく考えてること分かったよ。狛の村の人達がもしこの大会に参加してたらどうなってたか、だよね?」


「あ、あぁ、そうですね。少し気になります」




 そこまで考え着く前に先回りされてしまった様で驚いていると、エレナはしてやったりという顔で続きを語り始める。


 その顔がサラに似ていて、やはり母娘だと妙な関心を抱きつつ、クラウスはその言葉に耳を傾けた。




「一位はストームハートに変わりないだろうけれど、二位はリシンさんだったかもしれない。今のルー君やサンダルさん、イリスさんは多分リシンさんよりも強いけど、殺し合いに近い形になればどちらが勝つか分からない。


 まあ、リシンさんは狛の村でも特に天才と呼ばれてる人だから、あの子よりも強いと思うけどね」




 カーリーを指差しながら言うエレナの言葉は、やはり狛の村を普通の人の村として扱っている。


 王都の人々とブロンセンや英雄達の間で明確に違うのは、魔王と狛の村が等しく同じだ。


 鬼の村、魔王を産んだ村、滅ぶべくして滅んだ村。


 様々な言われ方をしている狛の村だが、英雄達は殆ど狛の村で統一している。


 稀に鬼の村と呼ぶこともあるが、それは愛称の様に親しみが籠っている。というのも、一つ理由があるのだけれど……。




「まあ、誰がどれだけ強いと言っても全盛期の魔人様が出たら英雄と狛の村人、先生と全員でかかっても勝てないから、魔人様が居ないからこそ成り立つ大会だけれどね。これ」




 エレナは悪びれた様子もなく、英雄レインを魔人様と呼ぶ。出会った頃からずっとそう呼んでいたらしいのだから、最早誰一人それを指摘する人はいない。


 もう三十年も聖女サニィを先生、レインを魔人様と呼んでいるのだから、流石に変えられないだろう。




「英雄レインはそこまでなんですか」


「んー、理屈じゃない、って感じかも。


 魔人様より遥かに強い人が居たとしても、多分最後に立ってるのは魔人様。そんな人存在しないから分からないんだけどね。


 陽のマナを失って魔王になってしまったから、私達はなんとか勝てたのよ。狛の勇者レインが相手だったなら、私達は簡単に全滅してたはず。それこそ魔王を何体も用意しないと勝てないんじゃない?」




 平然とそんなことを言うエレナ。


 そのレインの強さの基準に驚いていると、エレナはふと空を見上げながら首を傾げた。




「結局、なんの話だったっけ?」


「……あ、カーリーの話でしたね。英雄サンダル対ウアカリの二位カーリー。どっちが勝つでしょうか」


「それはもちろんサンダルさんだと思うわ。だって一位のイリスさんよりサンダルさんの方が強いもの」




 相変わらず元も子もないことを言いながら、エレナは現れた英雄と新人の方に目をやるのだった。

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