第四十七話:いつものやりとり

「ねえオリ姉、せっかくだからクラウスが旅をすること、利用しようと思うんだけど良い?」


 クラウスが旅に出てからは、少しでも時間が空く度エリーは漣に来る様になっていた。

 今日もやはりクラウスが出かけて寂しいらしく、部屋でだらっとしている元王女の所にノックも無しに入ると、そんなことを言う。


「どういうこと?」


 最早それはいつものことなので何も気にした様子も無く尋ねる。


「ほら、世界って滅びに向かってるじゃない。片割れが予想通りに出現してくれたことで一先ずは落ち着くだろうけど、問題の先送りと言えば先送り」

「ええ、そうね」

「だから、いっそのことこの世界は滅びに向かうべきなのかどうなのか、考えてみるのも良いと思うのよ」


 英雄と一部の国家上層部にだけに伝わる言葉を交えながら、物騒なことを言うエリーに対して、オリーブ元王女は少し悲しげな顔をする。


「……やっぱりあなたは、相変わらず救われていないのね」


 世界に救う価値はあるのか。

 エリーは魔王戦後、しばしばそんなことを考えている。

 魔王レインの死後、世界は反レインを掲げる様になってしまった。

 敢えて死に、それを助長する行動に出たオリーブにその考えを否定する権利は無い。

 もちろんそう考えているのはオリーブだけで、エリーはオリーブが救う価値はあると否定してくれるのなら納得するつもりでいた。

 しかし、オリーブはそれを出来なかった。

 そしてエリーもまた、そうした政策を助長してしまったオリーブ自身が同程度に傷ついていることを知っているので、否定してくれとは言えない。

 二人の間には、そんなどうしようもない気遣い合いの関係が出来上がっていた。


「……うーん、救われてると言えば救われてるんだけど、問題は次々に出てくる。私は相変わらず大切なお母さんやオリ姉、アリエルちゃんを守るつもりだけど、やっぱりどうしようもない人間はどうしようもないんだよ……。どうしても国の中心に居ると、それが凄く分かっちゃうよね」


 心を読めてしまうエリーは、心優しい者しか居ないと言っても過言ではないブロンセンを出て、大都市に移っている。その為、どうしても嫌な心まで読み取ってしまう。それが多少なりとも影響しているのだろう、そんなことを言う。


「……それは、否定しきれないわね」


 オリーブもまた、かつて王家に居た人間として全員が全員善人ではないことを知っている。

 それこそ、死んでも治らないレベルの腐った人間と接したこともあれば、舐め回すようないやらしい視線をその身に浴びたことも数え切れない。


「それでも国を守る為に頑張れるオリ姉やアーツやアリエルちゃんは本当に凄いよ。でも私には無理みたい」


 政治を行う者は凄い。

 大都市で生活をするようになったエリーの素直な感想がそれだった。

 人には向き不向きがあると言うが、エリーにとっては世界で5人しか成し得て居ないドラゴン単独討伐よりも、人々の悪意にも触れながら政治をする方が遥かに難しい。

 それこそ、単独で魔王を相手にするよりも大変だとすら思っている。

 そしてやっぱり、エリーに政治は不可能だ。

 世界はどちらかと言えば汚いものである。

 どれだけ前向きに見ても、それが限界だった。


 尤も、エリーにとっての世界の全て、漣とアリエルちゃん周辺だけに限れば、それはもう大好きなのだけれど。


「だから、あの子を利用してみると?」


 オリーブは特に感情を込めずに尋ねる。

 それは実際、考えないでもないことだった。

 結局のところ、片割れさえ手に入れていればそれ以上世界を旅させる必要は無いのだけれど、あえて何も言わずに旅を続けさせたのは、少なからず今のエリーが考えていることと同じ意図があるから。


「うん。クラウスには苦しい思いをさせることになるかもしれない。何も知らないまま、ずっと片割れを守ってくれるなら、それだけで。っていうオリ姉の考えも分かるんだ」


 クラウスには、知ってはならないとされたことがある。

 その為に、三人の英雄が厳重にかけた封がある。


「私もエリーさんの考えが分かるだけに、迷うところね……。でも、今までずっと私のわがままを通してきた形なのだから、…………うーん」


 実際に旅を続けさせる理由はエリーと同じなのだから、感情さえ抜きにすればその考えには賛成出来る。

 しかし、やはり感情面でオリーブはそれを素直に受け入れられないでいた。

 世界に最愛の人物をわざと敵認定させてしまった辛さから、その贖罪の様にその人の息子を過剰に愛してしまっているのが今のオリーブだ。


「なら、まずはサラに話してみるのはどう? 結局最後にクラウスを支えるのはあの子になると思う。あの子は受け止めきれないなら、クラウスは何も知らないままに過ごして貰っても良いと思う。でも、サラがそれでもクラウスを支えると言うのなら」


 エリーの見立てでは、なんだかんだ言ってもクラウスとサラは相性が良い。

 しかしその名前を聞いて、なんだかオリーブは淋しげな顔をした。


「……我が子の春を素直に喜べない私は母親失格なのかしら」

「それは、うん」


 自分の息子のことを好いている女の子が居るのなら、しかも明らかに信用に足る人物であるのなら、素直に喜べよ。と考えるのがエリー。

 それとは全く違う感情面だけで、どうしても喜べないのがオリーブだった。


「うんって……、……まあ、クラウスにも知る権利はあるものね。私としてもサラが支えてくれるのなら安心だけれど、ちょっと嫉妬しちゃうわね」


 それでも、分かってはいる。自分は母で、サラは幼馴染だ。


「代理出産とは言えちょっとキモいんだよねえ……」


 やはり、エリーの素直な感想はそれだった。


「だって、日に日に似てくるんですもの。両方ともに! わたくしの敬愛する両方ともに!」

「それは分からなくもないけどさ、あんた母だよ?」

「血は繋がってませんわ」

「血で繋がってるから」


 胎児に与える栄養はへその緒の血管を通して送られる。

 なんとなく話が脱線していくのを感じながらも、やはりクラウスに世界中を旅をさせるのは賛成だと考えて、その後のことを本当の英雄に任せることにするのは、もしかしたら最初から決まっていることだったのかもしれない。


「どっちにしろ、オリ姉が産んでなかったとしても年の差を考えないと不幸だよ」

「はぐっ……」


 その一言でノックアウトされたオリーブを置いて、エリーはアリエルが手伝っているキッチンへと向かうのだった。

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