第四十六話:戦ってはいけない英雄

「まあ、サラには私から良い感じに言っておくから安心してね」


 ふふふと笑いながら、エレナはどうしたものかと狼狽えるクラウスに言う。

 エレナの立場は基本的にサラの恋路を応援する位置ではあるものの、二人の関係性そのものを楽しんでいる様だ。

 クラウスははっきり言って、サラに苦手意識を持っていた。

 エレナが見せるミステリアスな雰囲気とルークの持つ聡明さのちょうど中間、と言えば何やら途轍もない人物に見えてくるが、今は気づいているサラの感情にも、昔は苦労させられたものだった。

 子どもの頃は、何を考えているのか全く分からなかった。

 女の子の方が早熟だと言うが、それは年が同じクラウスとサラの間でも同じだった様で、サラは何かにつけてクラウスを連れ回してはわがままを言っていた印象だった。

 しかも子どもの頃は流石二人の英雄の娘なだけあって、サラは圧倒的に強かった。

 文句を言えば無理やりと言っても良い雰囲気で連れ回され、その頃から随分と苦手意識を持ってしまったことを覚えている。


 それからしばらく経って、まあ、色々とあったわけだけれど、15歳を過ぎた頃に初めてクラウスがサラに勝った時の号泣具合と言ったらそれはもう、クラウスが勝ったのが悪かったのだと勘違いしてしまう程で……。

 ともかく、その後はしばらく気まずい雰囲気が漂っていたものだった。


 それからどんな心境の変化があったのか、少し素直になったのが今のサラだ。


 素直になっただけに、普通に嫉妬の表情を見せることがあるのが可愛い所で、面倒な所。

 そんな微妙な感情と、幼少から刷り込まれた微かな苦手意識が、エレナが一体どんなことを言ってサラを焚きつけてくるのだろうという不安を煽ってくる。


 嫌いじゃない。嫌いじゃないが、微妙に苦手。

 その母であるエレナは更に上で、どんなやりとりをしても全く勝てる気配が無い。

 それにむしろ、初対面では勇者に恐怖心を与えてしまうクラウスは、英雄の娘にして恐怖心を抱かないサラという存在は非常に優良物件だとも言えてしまう。


 だから、一先ずはこう答えるしかないのだった。


「お願いします。なるべく、穏便な方向で……」


 きっと最終的には応えるのだとは思う。

 しかしこの間の村娘に好き勝手されかけたことなんかを考えてみても、それはやはり、もう少し後のことらしい。

 もしかしたらこの旅の本当の目的は、母と叔母さん以外の女性に慣れろということなのかもしれないな、等と適当な解釈をしつつ、話を切り替えることにした。


「ところで、サラはここに居るんですか?」

「うん、居るよ。でもここでクラウス君に会っちゃったら修行の意味が無いから、サラからは見えない様に幻術かけさせてね」

「うっ……。了解しました……」


 着実に包囲網は狭められていると思いながらも、サラの努力に水を差したくないのはクラウスも同じだった。


「さら、って?」


 そんな時、今までエレナに抱かれ気持ちよさそうにしていたマナが尋ねてくる。


「ああ、サラはおさッ――」


 答えようとした声が、急に途切れる。

 その理由は、一つしか有り得ない。

 エレナは相変わらず微笑んでいて、クラウスを見て軽くウインクすると、言う。


「サラはね、私の娘だよ。いつかマナちゃんのママになるかもね」


 やっぱり、この母娘は苦手だ。

 そんなことを思っても、最早遅かった。

 マナは嫌がるどころか目を輝かせて叫ぶ。


「ほんと!?」

「うんうん。あとはサラの頑張りと、クラウス君の覚悟次第だよー」


 そんなことを言われて、苦手だとは思いつつもそれほど嫌な感じがしない辺り、やはりこの英雄には絶対勝てないのかもしれない。と思う。

 エレナは精神支配のスペシャリストだ。

 これが精神に影響を与える魔法で思わされていることならば本当に勝てないと諦めるしか無いし、もしも何もしてないのなら、完全に感情を把握されている。

 どちらにせよ困りはするが嫌ではない。そんな感覚ならば、わざわざ否定することも出来ない。


 クラウスははははといつかのルークと同じ様な乾いた笑いを浮かべると、マナを受け取って宿を取るために別れることにした。

 マナに会えないのなら、今は逃げるに限る。

 相も変わらず英雄の壁は高いな、等と妙な感心を抱きつつも、手早く宿を取ると部屋へと逃げ込んだ。


 ――。


「あ、ルー君おかえり。サラはマナ酔い?」


 エレナが山の入口に入ると、ルークが強力な魔法を維持しながらサラを背負って下山してきていた。

 使っている魔法は重力と斥力を無駄に複雑にコントロールした挙句、何も変化を与えないという魔法。

 消費するマナだけが膨大で、周囲への影響は与えない。

 それに身体強化だけを行って、サラのマナ酔いを全て打ち消しながら平然と下山するという、ルークにしか出来ないだろう技術。


「うん、もしもトラウマになっちゃったら頼むねエレナ」

「そこは多分私達の子なんだから大丈夫だよ。ルー君も昔同じことになってたわけだし、私は言うに及ばずかな」


 サラが倒れるまで魔法を一切使わせず、意識が亡くなってからしか助けない。

 かなりギリギリの賭けではあるものの、魔法使いを強くするためには死へ隣接することは必要だ。

 それでも確実に助かることが分かっている以上は甘いと言う者もいるのかもしれないが、それでも人によっては何も出来ず死の直前まで行くことそのものがトラウマに繋がる可能性も高い。

 そこは、血に賭けるしか無かった。

 生死に無頓着なエレナと、かつて一人で霊峰に突撃して死にかけたルークの娘ならば、乗り越えられるだろうと。

 どちらにせよ、クラウスと共にある為にはサラの精神修行は必須のものだった。


 サラが強くなることそのものには、本当はまるで意味が無いのだけれど。

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