第百五十二話:一つ質問がある

 たまきは現在南極点まで戻って来ていた。

 サニィの持つ杖が刺さっていた場所。そこに再び杖を突き刺すと、狐の姿へと戻る。

「死ぬ前に、レイン様の遺体を埋葬したい」

 そんな一言が、たまきにとっては予想外にも通った結果だ。

 レインの遺体はたまきによって修復され、完全な形で眠っている。

 たまきはその側に丸まって寄り添うと、そのまま瞳を閉じた。


 ――。


 あの時、エレナは三体の遺体を作り出した。

 一つはたまき。結界の中で死闘を行った末に、無事討伐成功した凶悪な魔王の眷属。

 一つはオリヴィア。魔王に腹部を貫かれ、結界の中で死闘を繰り広げる内、その治療が遂に間に合わなかった悲劇の王女。

 そして一つはレイン。アリエル曰く、大々的に処刑的な処分をしなければ、既に漏れ出ているだろう噂に、ケリをつけられないと言う話の大罪人。


 たまきとレインの複製遺体は、そのまま近くの討伐軍加盟国に持ちかえられると、磔の上に火刑に処された。

 魔王がレインだという噂が流れてしまった以上、キッチリと処分する場面を見せなければ、親しかった魔王討伐軍が魔王を匿っているなどと言う噂が立ちかねない。

 無意味な火種を作らない為にも、それは必要なことだった。


 幸いなことに、エレナはネガティブな幻術のエキスパートだ。遺体を作り出すことなど造作もない。

 それを見破れる人物は一人として居なかった。焼けるシーンの、その臭いまでもが正確に再現される程に、その複製は洗練されていた。


 それはともかくとして、たまきはレインの埋葬の為に解放されることとなった。

 解放と言っても、二人の見張りを付けている。

 戦闘中に吐血をして以来、たまきの魅了の魔法は大きく失われた。意識して使えば使えるものの、自然と溢れ出していた無意識の魔法は影を潜め、誰もが無事に接することが出来るようになっていた。

たまきの言は嘘ではない。

 魅了の効かないエリーはそう断言し、イリスも邪悪な感じを受けないと認めると、誰がたまきの見張りに付くべきかを話し合う。

 もちろん、レインが最後の魔王と言うことがそもそも間違いで、たまきが魔王化する可能性がある為に直ぐに殺さなければならないという意見も出ていた。


 それを、アリエルが自らの力で、たまきが経験で否定する。


 魔王は最短でも一年程の期間を空けなければ生み出すことが出来ない。

 気に入らないレインを殺すことに全力を注いでいた世界の意思は、レインを殺したいが為にサニィを魔王にした。それは失敗に終わったものの、その後に魔王を作り出せていない。

 いくらレインとはいえ、魔王の連戦は厳しいはずだ。しかしそれを行うことは出来なかった。


「呪いに罹っていて死ななかったからでは?」

 ルークが問う。

「いいえ、最近知ったのだけれど、レイン様の呪いはサニィを魔王から戻した時に解けていたみたいだわ」


 本当はサニィも、と言おうとしたがそれを堪える。すると、エリーが眉間に皺を寄せ、悲しそうな顔をする。


「つまり、魔王をたくさん作って師匠を殺すことは出来なかったってことね」


 泣きたいのだろう、それを堪え、エリーは気丈に言葉を振り絞った。

 その理由を分かる者は、たまきしか居ない。


「ええ。だから、私が死ぬまでに魔王になることは無いわ」

「それなら、私が見張りをしよう」


 そう宣言したのは、サンダルだった。

 意思の硬い表情で言う。

 女誑しだのなんだの言われているが、その表情は真剣だ。

 エリーから見れば、名乗り出た理由は明白だった。


「一人はサンダルさんで良いと思う」


 そう推すと、サンダルは安堵の表情を浮かべる。

 女関連ですんなりと認められたのが、レインと出会う前以来。そんな情けない理由で。

 苦笑するエリーに、サンダルも渋い顔をする。

 次いで、ルークが挙手をする。


「じゃあ、もう一人は僕かな。南極に行くとなると魔法使いは必須だ。寒いからね」


 そう宣言すると、エレナを向き直る。


「エレナ、少し結婚は遅れちゃうけど良いかい?」

「大丈夫。私はオリヴィアさんをちゃんと殺さないといけないから。待ってるね」


 そんな様子に、流石の一同も苦笑を隠し得ない。


「なんだか、全然羨ましくないですわね……」


 殺す宣言をされたオリヴィアがそう呟いたことで、話はまとまった。


 犠牲となったレインとライラの前では、無駄に悲しみを見せるよりも明るく在りたい。

 そう考えた面々の明るさはなんとも的外れだ。

 それが同時に、大切な人を失ったという悲しみを明確に表していた。


 ――。


「たまきさん、一つ質問がある」

「何かしら?」


 丸まったたまきに、サンダルは問う。

 どうしても、気になっていたことがあった。


「なんで魔女様、えーと、聖女様に瓜二つな彼女を生かしておいてくれたんだ?」


 エリーがサンダルを推した理由は、これだった。ナディアを生かしてくれたことへの感謝の意図。


「ああ、彼女はね、私だったの」

「どう言うことだ?」

「決して報われることの無い恋心を抱いて、それでも諦められない哀れな人。どうしても、彼女を私に重ねてしまった。

 サニィと世界を滅ぼしに行くと宣言したレイン様が、瀕死の彼女の体を掴んで、引きずって歩こうとした時に、どうしようもなく同情してしまったの」

「……」

「私は魔物だけれど、少し違えばその場所には私が居た。サニィに負けてしまった以上、それでも諦められない馬鹿な女な以上、彼女は私。そう思ったの」

「……そうか」

「そして、そんなレイン様を見ていられなかった。魔王って、世界の意思に逆らえないから。それがレイン様の望んで居ないことだってくらい、サニィと一緒に居て幸せそうだった彼を見てれば分かる」

「じゃあなんで私達に抵抗したんだ? いや、それは言ったことか……」

「ええ、私が死ぬまで一緒に居たかっただけ。レイン様の仲間はここに居るんだって、言いたかっただけ。わがままでごめんなさいね」

「……。女性のわがままくらい、許してやるのが男だと言いたいところだけどな……」

「ええ、分かってる。もう悔いは無いわ」


 淡々と語るたまきに、表情をころころと変えるサンダル。


 それをルークは静かに見守っていた。なんとなく、想像が付くことがある。

 全く、史上最強のカップルはめちゃくちゃだと思う。一体いつからそれを考えていたのか、もしくは考えていなかったのか知らないけれど、「僕とエレナもそんな風になれると良いなぁ」などと呟いてしまう程度には、ルークにとってそれは理想的なものの様に感じた。


「さ、一思いにやって、あ、一つ忘れてたわ。ルーク君?」

「はい」

「サニィの杖、いる?」

「それは先生のもの。レインさんの墓標にも相応しいと思ってる」

「そう。じゃあ、サニィのタンバリンは?」

「は? タンバリン?」

「なんか、鞄に入ってたの。タンバリン」

「…………もらっておく」


 鞄から、タンバリンを受け取る。

 なんだこれ、と思いながらも、想像通りならこれは先生が自分に残した遺品だと納得する。


 それをルークが鞄にしまうと同時、サンダルが腰のショートソードを抜く。

 レインから情けで渡された、今までたったの一度も抜いていなかったショートソード。

 レインからの武器ならば、たまきも後悔は無いだろうと、そう思って、それでとどめを刺してやろうと考えていた。

 どっちにしろ、もう斧は壊れている。


 そう思って、そのショートソードを構える。


「あら、良い名前ね。それにとても綺麗」


 それを見て、そう漏らすたまき。

 どういうことかと思って、剣を眺める。名前など、この剣に付けた覚えはない。

 そうして剣の腹を眺めていると、それが目に入ってきた。


「あの野郎……」


 そこには、思わずそう漏らさずにはいられない銘が彫ってあった。

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