第百十四話:それはきっと悪魔の囁きの様な、

「以前は先代魔王の小娘、等と思ってはいたけれど、流石にヴァンパイアプリンセス。世界に振りまいた呪いは、私では作ること敵わなかった魔法。まあ、その仕組みを解いたサニィは人間の域を超えてるのかもしれないわね」


 南の小屋の中、一匹の狐はいつもの様に魔法書を読み解いている。

 呪いに使われた考え方は、生きているだけで本能的に魅了を振りまいてしまう女狐には無い発想だ。


 5年後、必ず死ぬ代わりにそれまでは決して死なない。

 それはつまり、ヴァンパイアの力、再生の力の一部を相手に分け与え、それが解ける際に少しだけ毒を残して心臓を止めていくという呪いだ。5年というリミットを予め魔法の中に組み込んでおき、その間には死への恐怖が増すというおまけ付き。

 その副作用としてなのか何故なのかは今だ理解できないものの、罹ってしまった者は幸福になってしまうことが、より死への恐怖を増幅させる作用を持つ。

 そんな悪意の塊の様な発想。


 それを、呪文を通して効果を増幅し、更には自身の体を触媒にして世界に振りまいたものが、魔王の呪い。


「ふう、私は一年で足りるかしら。半年まで削らないと無理かしら」


 狐は今日も考えている。

 やろうとしていることをこなす為には、聖女サニィの力が欲しい。

 世界の意思の言葉を聞く等という、魔物には先天的に備わっているどうでも良い力ではなく、マナを感じ語りかける力。魔物の自分には、どれだけ努力しようと勇者の力が備わることはない。

 それでも、どうしてもその力を手に入れたかった。


 そんな女狐は、今日も聞こえるあの声に、耳を傾ける。


 そう。それはきっと悪魔の囁きの様な、そんな甘さに満ちた囁きだ。


 ――。


 エリーとオリヴィアは、漣に戻って来ていた。

 戻ると直ぐにアリスが出迎え、「今日はふぐ料理ね」等と張り切っている。

 そんなアリスの様子を見ると、流石にオリヴィアのことを漏らしたことをひとこと言ってやろうと思っていたエリーもどうしようもなく、苦笑いを始めていた。


「ふふ、負けず嫌いのエリーさんもお母様には勝てませんのね」


 そんな風に笑うオリヴィアもまた、アリスにひとこと言うつもりは無いようで、「ふぐ料理楽しみですわ」と部屋に戻っていった。


「ねえお母さん、昨日海豚亭に行って来たよ」


 厨房で忙しなく働いている母を手伝いながら、エリーはそう切り出した。


「あら、みんな元気にしてた? 大将の娘のまりちゃんなんか今はもうたまちゃんと一緒に看板娘として大人気じゃない?」


 慣れた手つきで料理をしながら、アリスは懐かしげに言う。その手つきは流石は自分の母親と言う程に洗練されている。それはともかく、あの店員の名前は「まり」と言うのかとそんなことを思いながらも、本題はそこではない。


「まりさんは私とオリ姉にびっくりしてたよ。それはそうと、たまちゃん居なかったよ。少し前に辞めちゃったみたい」


 本題は、そこだ。

 オリヴィアと二人で質問責めにすれば、仲良くしていたと言う母はもしかしたらたまきを庇うかもしれない。

 彼女が魔物だと説明すれば、流石に信じられるだろうが母を辛い目に合わせることになる。かつて盗賊に村を滅ぼされかけたアリスにとって、友人というのは貴重な存在だ。

 それが例え魔物であっても、不用意に悲しませることは避けたいこと。


「まりちゃんはちょっと上がっちゃうところもあるからね。……そっか、たまちゃん辞めちゃったのね。余りにも男の人が寄ってきちゃうものだから、大変だったと思うけど」

 そう、少し寂しそうに言うアリス。

「なんかやりたいことがあるって言ってたみたいだよ」

「そっか。そう言えばやりたいことあるって言ってたわ。やっと目処がついたのね」

 エリーに言われて、思い出したことがあるらしい。

 それが何かはアリス自身にもわかってない様だったが、何かを思い出そうとしている様子は伺える。

「へえ、お仕事辞めてまでやりたかったことがあったんだねぇ」

「なんかね、サニィさんの魔法書を見て希望が出てきたんだって」


 そうして母娘の会話風を装って、情報を聞き出していく。

 心を読めるエリーには最も有利な分野ながら、普段はあまりやりたがらないこと。

 それでも、気になることが出てきた以上は、続けなければならなかった。


「魔法書を見て?」

「うん、あの子レイン様大好きっていつも言ってたから、二人の旅に沿ったルートで旅でもしてるのかもね」

「ああ、なるほどー。地図も書いてあるし、花の川もあるしね」

「そうね。危険もいっぱいだけど、たまちゃんは魔法も少し使えるって言ってたから魔法書で成長出来るって思ったのかも」

「そっか。魔法使いなら勉強すれば旅も出来るかもね。でも、魔王を倒してからにしてもらわないと困るけどね……」

「その辺りはたまちゃんなら賢いから大丈夫だと思うわ。ほら、これからふぐを捌くから、話はまた後でね」


 そうして、いつの間にか手を止めてしまっていたエリーを追い出すようにして、アリスは50cm程のふぐを取り出した。

 気になることは相変わらず解決を見せる様子はないものの、再び気になる情報を入手することが出来た。

 エリーは、オリヴィアの部屋へと向かう。


 ……。


「オリ姉、気になることが少し。たまきは魔法書を見て何かやることを思いついたって話。それが辞めるきっかけになったみたい。それと、お母さんにもいつも師匠が大好きとか言ってたみたい。あとは……、少し魔法が使えるって言ってたみたいだけど、これはそんなに関係ないかな」


 それを聞いて、オリヴィアから返って来た答えはシンプルだった。


「ええ、一先ずそれらの情報をまとめて本部に送っておきましょう。もしかしたら要注意かもしれないと」


 先ほどまでの事情聴取で緊張の中に居たエリーは、オリヴィアに会って緊張が解けたのだろう、急に下らないことが気になってしまった。


「あれ、またわたくしのライバルガーとか言わないの?」

「たまきがレイン様を慕っているということなど知ってますもの……」


 そうしても最後まで集中を維持できないエリーに呆れつつ、オリヴィアもまた思うのだった。


【たまきが今回の魔王復活に関わらないと言う保証が、急に無くなってしまいましたわね】

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