第八十七話:イリスさん、これって……
――我々の村を、拒魔の村と名付ける。
いつか生まれるこの世界を変える者の為に、我々は存在する。
その者さえ生むことが出来るのならば、我々の役割も終わりと言って良いだろう。
冊子の冒頭には、こう書かれていた。
「イリスさん、これって……」
冊子を開き、その最初の文を読んだオリヴィアは、イリスにそれを見せる。
死が眼前に迫り、村へと向かっていた最中には焦りを見せていたイリスも、今となっては随分と落ち着きを取り戻している。
それはもちろんリシンの生き様が理由。そして他の村人達も、同じくだ。
被害者は、最大にして最低限。どんな凄惨な場面が繰り広げられたのかは分からないが、魔物として村を出てしまったのがリシンだけだという時点で、戦士としては十二分に尊敬に値する。
それで落ち着きを取り戻すのだから、イリスにもきっちりとウアカリの血が流れている。
かつてはウアカリの紛い物だと自分を卑下したこともあったが、これだけで十分だ。
そんな風に心の中で自嘲気味に笑いながら、イリスはその冊子を受け取った。
「これは……この予言の者は、レインさん? いや、でもそれだと違和感が……」
イリスは、言葉の本質を読み抜く力を持っている。
しかしそれは万能というわけではなく、上位の存在の言葉を借りている様な、そんな感覚を利用した力。
自身の発したレインというこの村の英雄の名前に、何故か違和感を覚える。
「レイン様ではないのですか?」
「分からない。でも、役割の終わりは今回の件のことを指してると考えて間違いないみたい」
オリヴィアの問いに、イリスはそう答える。
そして、ぼんやりとその中身を読み取っていく。語りかけてくる意識そのままに、口をただ動くままに任せて。
「狛の村、魔を拒む者達の村は遥か昔、世界の意思によってつくられた。それは決して魔物を生み出す悪意だけではなく、…………男女の関係の様な。……この世界は、いま変革に向かっている最中。最後の魔王を滅ぼした先に、この世界を変える者が生まれる……」
そこまで呟いて、「やっぱり意味がよく分からない」そう続けた。
「私も両方を聞いてたけど、全然分からなかったな。イリス姉が言ったそのまま。頭混乱しそうだよ」
イリスの心も、ぼんやりと同じことを受け取っていただけ。
そしてその言葉は、今度こそ予言の者が狛の村唯一の例外、鬼神レインではなかったと物語っている。
イリスの言葉で分かることは、魔王を倒せという当然の話と、やはり次の魔王が最後の魔王であるというだけ。世界を変えるの意味も判然としなければ、その者はまだ生まれていないのだという。
しばしそう思案していると、腕を組んで右の拳を顎に当てて黙っていたオリヴィアが呟く。
「いつか生まれる拒魔の勇者は、彼の黒剣で全てを取り戻すだろう。……この村の宝剣、この【月光】にはそんな言い伝えがあったそうですけれど、それで何か感じることはありますかしら」
手を崩し、右の腰に差したその鞘を撫で付けながら、視線をイリスに向ける。
この村の秘密は魔物化してしまう人々と同時に、既に聖女によって明らかにされたもう一つの秘密がある。
この村では勇者は生まれない。魔物の素となる【陰のマナ】と呼ばれるものと、勇者の素となる【陽のマナ】は完全に混ざりきれば消滅してしまう。
つまり、魔物の素が詰まった体組織で構成された狛の村の人々は魔物同様の特殊な身体能力を有する代わりに、勇者の超常の力を持つことは本来有り得ないのだ。
そんな中で生まれた唯一の例外が、鬼神レイン。
その身体には、両方のマナが混在していた。
そして、オリヴィアは聞いている。
『いつか生まれる拒魔の勇者は、彼の黒剣で全てを取り戻すだろう。』
この村に伝わっていたそんなこの予言は、まだ達成されていない。
だからこそ、その予言は今回の件、つまり世界を変える者と関係しているのではないかと考えたのだった。
しかし、イリスから返って来たその答えは芳しくない。
「それは、今はレインを継ぐ二人の剣……。ごめんね、分からない」
「いえ、わたくし達がこの剣に認められているというだけでも収穫ですわ。もう少し調べてみますわ」
そう言ってオリヴィアは内部を進む。リシンの性格から考えて、恐らくこれ以上のヒントは無いだろう。
しかし、一応の確認として。
メモには、村に関する書物の所蔵場所も記してあった為、そこに向かう。
「うん、私とオリ姉じゃ全く何も分からないから助かるよ」
エリーも同じくそう言うと、オリヴィアに続く。
教養のあるオリヴィアはともかく、エリーはオリヴィアに教わってはいたもののそれほど頭を使うことは得意ではない。
戦闘ではより複雑な戦い方をするのは自分よりもエリーなのにと、オリヴィアが頭を抱える程度には、勉強が苦手だった。
そんな二人を見送って、イリスはその冊子を読み進める。
そこには、イリスしか読み解けないこの村の構造が記してあった。
――。
狛の村の人々は死の山で生活する限り、5年に一度の魔抜きをしなければ魔物化する。
5年に一度生まれるデーモンロードは、つまり彼らが人を維持する為の破壊衝動の捌け口が実態を持った物。
彼らが居なくなったこの山の陰のマナは徐々に薄れていき、通常の山と何も変わらなくなるだろう。
彼らがここに住み続けていた理由は、簡単に言えば、その存在そのものが人々にとっては悪影響を与えてしまう為に働く本能。
だからこそ、彼らはいかなる国にも明確に属することが出来ず、最後の最後まで助けを叫ばなかった。
鬼が住む山とは、何一つ比喩ではなく……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます