第六十九話:でも残念、私はあなたが好きではありません
「えーと、ナディア、さん」
男はなんと呼べば良いのか困った様に、言葉を区切って後ろの女の名前を口にする。
「なんでしょう」
それに何の感情も持たない声で男の後ろを歩く女、ナディアは答える。
「君はなんで私に付いてくるんだ?」
「それはあなたが逃げるからですよ」
南の大陸東部のとある平原、サンダルと名乗った無精髭の好青年は、ナディアに出会って以来ずっと付きまとわれていた。
引き離そうとしても気付けば近くにおり、引き離すことが出来ない。全力を出せば撒くのは簡単だろうとは思うものの、そこまでやる程のことでもない。
というわけで、少しばかり困っていた。
「私は女性に追いかけられるのは慣れてるけれど、流石に君ほどに追いかけてくる相手は初めてだよ」
そろそろ出会ってから一月が経過する。
移動した距離は軽くこの大陸を5周以上。元々女性受けの良い顔立ちと英雄の子孫という血筋、そして勇者としては上位に位置する強さも相まって、追っかけの女性を数多く相手にして来た。
それでも尚、ナディアの様に物理的に引き離さない女など存在しなかった。
「まるで私があなたを好きみたいな言い方はやめて下さいよ。私より弱い癖に」
「そう勘違いされたくなかったら付いてくるのをやめてくれないか……」
サンダルの言葉に憤りを見せるナディアと、そのナディアの言葉に少なからずショックの顔色を見せるサンダル。
かつて聖女にプロポーズした経験のあるサンダルとしては、流石に同じ顔で堂々と罵られるのは堪えるものがある。
「あの魔女と同じ顔だからってそうやってショックを受けるのも情けないですよ。元々女性の味方を謳っていたと聞いていたのですが些細な違いも見抜けないんですか?」
「くっ、君は言いたい放題だな……」
サンダルはレインに出会う以前、全ての美しい女性の味方を謳っていた。
美しいと付いている時点で高が知れているとレインには言われたものだが、それでも一卵性双生児位ならば確実に見抜く程度には女性を見ているはずだった。
しかし、目の前のナディアは色と体格が違うにも関わらず、どうしても聖女と全く同じに見えてしまう。
見分けるのは簡単なのに見抜くことが出来ない。そんな奇妙な感覚にも、サンダルは困惑していた。
「それで、私に付いてきて何が目的なんだ?」
少しばかり疲れた顔を隠せず、サンダルは問う。
「修行の一環です。まずあなたを倒して、あなたがこれから倒す強敵も全て私が先に倒せば少しはレインさんに近付けるのではないかと」
返ってきたのは、そんなトンチンカンな答えだ。
「そうか……、君はやっぱり聖女様とは全然違うな……」
「もちろんです。でも、だからこそもし一度でもあなたに負けることがあれば、あの魔女が大好きなあなたと結婚してあげようかと」
そんな風に、まるで聖女サニィの様に微笑むナディアに、思わず鼓動が跳ねる。
しかし、流石に歴戦の勇者はそれを宥め。
「……話がさっぱり見えないんだが」
そう言って溜息を吐いてみせた。
「ま、私なりの決意表明みたいなものです。私はレインさんにしか興味がないのであなたと結婚したくない。でも、あなたはあの魔女と勘違いする程の私と結ばれたいはずです。つまり、私は負けられないというわけです」
まるで聖女の様に、ナディアはガッツポーズを決める。
違うと思おうとする程に、その節々に聖女を感じてしまう異常さに改めて戦慄を感じる。
しかし、今の本題はそこではない。
「本気で言ってるのだとすれば私は全ての戦いに本気で負けなければならなくなるが……」
聖女といくら似ているからと言っても、赤の他人だ。感情はそれを惑わそうとしてくるものの、理性では彼女は聖女ではないと確実に言える。
「あら、私と結婚したくないんですか?」
「……それは互いを知ってからだろう。君は聖女様とは違う」
「脈はあると。でも残念、私はあなたが好きではありません。少なくとも、あの魔女と勘違いして良いのはレインさんだけです。レインさんなら勘違いを利用してこう……」
一般論を口にしたつもりだったが、ナディアは止まらない。よく分かってしまう生々しいジェスチャーを交えながら興奮し始める彼女は、確実に聖女とは違う。
そんな冷めた気分と、相変わらず聖女を思わせる顔、表情に節々に散りばめられた動きの一致に、サンダルはやはり嘆息してこう呟いた。
「君と話してると頭がおかしくなりそうだ……」
――。
ウアカリの力は、男の強さを測ることだ。
言い換えれば、強さが絶対のこのウアカリに於いて、その力は自身に見合う男を探し出す力でもあるということ。
そしてその力は自身の肉体にも現れる。
ウアカリの女性は皆スタイル良く、抜群に美人である。
つまり、ウアカリ史上最もその力の強いナディアは、歴史上最強であるレインの好みに100%則した造形をしているというわけだ。
誰しもが理性では分かっていても聖女と一瞬混同してしまうのは、その力の影響。
だからこそ、本物の聖女を少ししか知らない人々は皆、勝つ為にはなんでもする残虐なナディアを見て、『聖女』の真逆である『魔女』
彼女をそう呼び始めたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます