第六章:鬼神の友人と英雄候補達
第六十八話:エリーさんがお母様に会いたくて仕方ないってぐずり始めたもので
グレーズ王国の南部には、ブロンセンという港町がある。
それほど規模の大きな町ではないものの、その町に住む人々は皆穏やかで心が広い。
かつて行く場所に困っていたエリーとその母親であるアリスを、ここの人々は自然と受け入れ働き口まで確保してくれた。
町を守護する兵達も穏やかで、幼いエリーを快く訓練に迎え入れると、どんどん強くなっていく彼女と共に切磋琢磨するという関係性に至る。
流石に王女オリヴィアが訪れた時には皆驚いていたものの、外部に漏らさないで欲しいという言葉は誰しもが律儀に守り、外部の者が来た時には皆で隠し通すといった義理堅い人々の暮らす場所。
そんな、のんびりとした空気が流れる港町だ。
「ただいまー」
「おお、おかえりエリーちゃんにオリヴィアちゃん」
「ただいま戻りましたわ。今日も御苦労様です」
まるで家にでも帰るように門番に二人は挨拶を交わす。
お忍びで修行に来ていたオリヴィアを外部には王女だと悟らせない様にする延長線上、この町の人々は大抵オリヴィアをちゃん付けで呼んでいる。今となっては彼女が王女だと隠す必要は無いのだが、二人が旅に出る直前に様呼びをした兵士がすごく悲しそうな顔をされたとのことで、親しく呼ぶことを続けている。
「近くこの辺りになんか強い魔物が出るみたいだから警戒しててね。私達出るから」
「了解。漣にいるかい?」
エリーの助言に、門番は素直に答える。
二人の強さは、この町のすべての兵が知っている。
そんな二人が強い魔物というのならば、デーモンどころの話ではない。
ここの兵士はエリー達との訓練、そして鬼神レインのアドバイスによって現在グレーズ王国に於いて、『狛の村』『騎士団』そして『魔法師団』に次ぐ戦力だ。
それでも尚エリーが警告する意味を、門番はしっかりと理解していた。
その為真面目な顔で答えていると、オリヴィアが茶化し始める。
「ええ、エリーさんがお母様に会いたくて仕方ないってぐずり始めたもので」
「ぎりぎりぐずってはないけどね」
相変わらずオリヴィアの茶化しはエリーには効かないのもいつものこと、門番は二人の様子に安心する。
「ははは、なんにせよ親子仲が良いに越したことはないさ。今日はアリスちゃんも休みだって聞いたから思いっきり甘えてきな」
「はーい」
二人で旅をしてきても何一つ変わらない二人の関係と、どれだけ強くなってもやはりこの町に戻ってきてくれる可愛らしさを見て、門番は笑顔で二人の背中を見送った。
――。
「ただいまー」
ブロンセンの一角、かつては閑静な場所にあった宿屋『漣』の裏口で、エリーとオリヴィアは元気に言う。
かつては静かだったこの平屋建ての宿屋は、今では多くの人々で賑わっている。
聖女サニィが贔屓にしていた宿屋として有名になったここは、現在は聖地の一つとして人気の宿屋だ。
元々は魔王討伐軍の前進、魔王討伐隊の本拠地でもあり、グレーズ王国で唯一フグ料理が食べられる場所。
「あ、おかえりなさーい!」
奥から淡い金髪の小柄な少女がとたとたと駆けてくる。
身長は140cm程で、ワインレッドの瞳を見る限り、殆どの人はすぐにエリーの姉妹だと理解するだろう。
エリーよりも小柄ながらしっかりしている感じから、姉だろうと予想する人が大半だと思われる。
とはいえ年の差はあまりないように見える。
この人物がこの宿屋の看板娘アリス、三十路を過ぎたエリーの母親だ。
「相変わらず若すぎるねお母さん」
そんなことを言いながら、親が怪我をしないように柔らかく抱きつくエリー。
「あはは、もしかして若さを保つ勇者なのかしらね、私」
それを受け止めながら、冗談で返す。
「ふふ、有り得るかもしれませんわね。勇者でも身体能力は常人と変わらない人もいますもの」
そして久しぶりの親子の再開に、自然と混ざるオリヴィア。
抱きついては行かないものの、微笑ましいものを見るように二人を見守る。
かつては魔王の呪いに罹り落ち込んでいたアリスも、今ではエリーの母親らしく元気に満ちている。
そんな様子がオリヴィアにとってはとても誇らしいことだった。
アリスを元気にしたのは元を辿ればオリヴィアにとって最愛の二人だ。
魔王の呪いが解かれた直後は二人がいなくなった悲しみを抱えていたアリスとエリーも、それぞれがそれぞれに支えあった結果、今ではすっかりとかつてが嘘の様に元気を取り戻している。
そんな二人の、呪いが解けた直後の事件からエリーを救えたことが、間接的にそれでアリスをも救えたことが、オリヴィアの誇りだった。
だからこそ久しぶりの母娘の再会にも、オリヴィアは遠慮なく立ち会う。
「ほら、オリヴィアちゃんもハグしよ」
母娘二人で抱き合った後は必ずこうなるから。
「はい。ただいま、アリスさん」
そう言いながらハグを交わした頃、奥からもう一人の女性が現れた。
「あらおかえりなさい二人とも。今日はご馳走ね」
初老の人の良さそうな女性、この宿の女将だ。
アリスをこの宿で雇い、母娘を養ってきた二人の第二の母親とも呼べる女性。
オリヴィアの最初の訪問にこそ驚いていたものの、誰にでも分け隔てなく接するエリーの二番目に尊敬する人物。
師匠であるレインが直接命を救ってくれた恩人でさえなければ確実に一番だった、とても優しい、目標にすらしている女性が、この女将である。
「二人とも、部屋はそのままにしてあるからのんびり休みなさい。疲れてるでしょう?」
そう言う女将に導かれて、二人は部屋へと向かう。
「ほら、アリスも今日はもう良いから休みなさい。うち出身の英雄の凱旋を誰も称えないでどうするの」
そんなことを言って、アリスの背も押す女将を、エリーはやはり尊敬している。
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