第六十六話:彼女が怪物と呼ばれる理由をすぐに理解できますよ♥

 武器に塗れた少女、エリーが怪物ライラを格闘戦で破って以来、アリエル・エリーゼの護衛志願者と名乗る者が王城に押しかけてくるようになった。

 一体何を勘違いしたのだろうか、大量の武器を使って戦うエリーに素手専門の彼女が素手同士の戦いであっさりと敗れたことで、怪物ライラは実は大したことがないという噂が市井に出回り始めた為だ。

 この国は現状女王エリーゼの求心力を中心に建てられている為に、その護衛が不甲斐ないのは許されないという風潮が強く根付いている。


 例え魔王殺しの英雄初代エリーゼだとしても、屈強な護衛は欠かせない。

 ならば今の武に疎い27代目であれば尚更。

 いくら女王が全幅の信頼を置いているとはいえ、得意分野で二連敗するようでは話にならないとの見解だ。


「今までのライラさんの活躍の何を見てたんだろうね、あの人達は」


 いつもの様にアリエルのふわふわとした真っ白な髪の毛を撫でながら元凶となった少女は不満を漏らす。

 自分も戦いたいと言い出さなければこうはならなかったことを分かっているとは言っても、民衆の変わり身に文句を付けずにはいられない。

 もちろん、全員が全員ライラが護衛にふさわしくないと思っているわけではなく、あくまでほんの数%程のものだ。


 大多数はライラの凄まじさを知っている。少なからずその活躍を目にした者もいるし、他国の知識人等がもしかしたら初代エリーゼよりも強いのではと言っていることすら入ってきている。

 かつては単身で誰一人倒し得なかったデーモンロードという化物を、騎士団が足止めしていたとはいえほぼ一人で撃破したのだ。その可能性が高いことも、女王を立てるこの国の気質さえ邪魔をしなければ大半の者は認めている。


 しかしそんなほんの数%の人であっても、この大都市に於いては相当な数になってしまう。

 ただ、それだけのことなのだが。


「この国の独自性のお話ですわ。エリーゼ様をなんとしてでもお守りしないといけませんもの」

「分かってるよ。でもさ、アリエルちゃんを守るのは私もだし」

 余り分かっていない様な口ぶりで、エリーは不満を垂れる。

「それを表明したらよろしいんじゃありませんの?」

「あ、そっか。どう思う? アリエルちゃん」


 オリヴィアの言ったことが冗談であるということを心から感じながらも、大人しく撫でられ続けていたアリエルに取り敢えずはふってみる。

 専属の護衛としてはライラが付いているが、それとは別にアリエルを困らせるようなことをしたら鬼神の一番弟子が許さないとでも言ってしまえば収まるのではないか、と簡単に考えた結果。

 ところがアリエルはにやりと笑って、こう続けた。


「いいやエリー、現状で全く問題はない。今はうるさい連中がいるが直ぐに分かるさ。むしろ喜ぶべきなんだ。世界最強と呼ばれたライラを、その得意分野で破った者が二人もいることに。

 世界はお前やオリヴィアさんという希望を持ったことを喜ぶべきなんだ。みんな直ぐに理解する。

 そんな護衛の話など些細な問題でごちゃごちゃ言っていられるのは、英雄候補達がしっかりと世界の危機を拭ってくれている証明だ。

 ライラ、エリー、すまないが少しだけ我慢していてくれ」


 そんなことを言うとがたっと椅子から立ち上がって、アリエルはそのまま部屋を後にする。

「あ。待ってよ。私が護衛するから!」

 そんなことを言いながら続いて女王を追いかける少女を見て、二人は思わず口元を緩ませた。


「ふふ、とっても女王様、といったお顔でしたわね」

「ま、あれでも女王様になってもう7年程になりますからね。命懸けで守りたいと思える程度にはご立派になられましたよ」


 微笑ましいものを見るようなオリヴィアと、姉の様な顔を見せるライラ。

 これからアリエルが何をするつもりなのかは分からないが、エリーも一緒ならば安心だ。

 そう考えて、二十歳を超えている二人はのんびりとアリエルの部屋で過ごすことにした。

 話題はそう、いつもの様に慕っているレイン様の話だ。


 ――。


「ねえアリエルちゃん、その新聞社潰しちゃったんだけどどうするつもりなの?」


 エリーは先日誰にも言わずにこっそりと潰した、ライラを貶める記事を書いた新聞社を思い浮かべるアリエルに問う。

 全員が泣き喚くまで徹底的に心を読んで心を砕いてしまった為にもう二度と勇者関係の記事は書けないだろうと思われることを説明すると、アリエルは再びにやりと笑う。

 そのにやりがあまり似合っていない所がまたからかいたくなってしまう理由なのだけれどそれは抑えると、心から答えが帰ってくる。


「え、アリエルちゃん私が潰したの知ってたの?」

「当たり前だ。何故か力に『エリーを見逃す』って出たからなんのことかと思ったが、全く、妾もライラもあの程度の中傷など気にせんわ」

「私は気にするのー」

 本当に何も気にしていない様子のアリエルに、エリーは甘えたように返す。

「子どもか!」

「まあ、年齢的には子どもだね。エリー14歳です」

「急に変な喋り方をするんじゃない! まあそれはともかく、奴らの一部に、その時のお前の理不尽な強さに惚れたものがいたらしくてな。そ奴らを利用する」

「ほうほう」


 エリーのペースには相変わらず振り回されてしまうものの、長年友人をやっていると無視して良い時も段々とわかってくる。

 尤も、アリエル的には無視して進行しているつもりだが律儀に突っ込んでいることは気付いていない。

 満足気な顔をしたエリーと、少しやってやったという顔のアリエルは揃って新聞社の残党の下へと向かっていくのだった。


 ――。


 後日、アリエル・エリーゼ監修の歴代の英雄達と現代の英雄候補達の戦績が新興の新聞社によって発表された。

 その中のライラは歴代三位、鬼神レインと聖女サニィに次ぐ戦績で張り出されていた。

 無傷での勝利数が現代英雄候補でトップ。

 その一面にはエリーのコメントがこう記されていた。


「怪物ライラという人物の力は誰よりも簡単に人を殺せてしまう力です。あの武闘会はあくまで鍛錬の一貫として行われたもので、生死を賭けた死合ではありません。

 つまり、本気で殺すつもりであの武闘会を行っていたのならば全く違う結果になったでしょう。

 それは彼女の対魔物での戦績が物語っています。

 彼女が80mのタイタンを目の前で倒すところを見ました。

 国が滅びるレベルの化物です。それを”たったの二発”で彼女は仕留めてしまいました。

 もちろん私やオリヴィア王女も負けるつもりはありませんが、ライラさんは確実に最強の一角です。それでも不満があるのであれば、命懸けで挑んでみてはいかがでしょうか。

 彼女が怪物と呼ばれる理由をすぐに理解できますよ♥」


 それからの三日間、護衛者募集の看板と共にライラが城門の前で待機していたが、誰一人として応募する者は現れなかったという。

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