第六十四話:本当に妾達は主従がなってないな
「お疲れライラ。エリーにオリヴィアさんもありがとう」
女王の私室、いつもはアリエル自身が座る席にライラを座らせて言う。
無傷ではあるものの、ライラの力はかなりの集中力を必要とする。少しでもタイミングがズレればいつかのように軸足を折ってしまうか、そのまま潰されてしまう。
彼女の力は常時発動しているわけでもなければ、長時間継続できるわけでもない。
更には自身を犠牲にして女王を助ける立場でありながら、その戦闘方法は自分が無傷であることが前提となる。そんな精神的な矛盾を克服する為にアリエルを利用しなければならないことも、また彼女にとっては少なからず負担となっている。
そのため毎戦闘終える度に、アリエルはライラをこうしていたわっていた。
もしもの時の為には精神的な繋がりなど少ないほうが良い。
互いにそれは分かってはいるものの、アリエルにとってはライラが命懸けで頑張っているという現実から目を背けることなど出来ないし、ライラもまた、本気で恋心を抱いてしまったレインの死を乗り越えるためか、アリエルにべったりだ。
「アリエルちゃん、普段はともかく他国の王女様の前でこれはどうなんですか?」
アリエルの席に座って動く気もないままに、ライラはとりあえずそんなことを言う。
そんなライラの肩を揉み始めながら、アリエルもまた同じ様に。
「本当に妾達は主従がなってないな。ちゃん付けはやめてって言ってるのに」
「あ、そこ気持ちいいです。将来は私の専属マッサージ師になって下さい」
「話も聞かないしー」
そんな様子で楽しそうに話し始める。
「よし、私がそんなアリエルちゃんをマッサージしてあげようかな」
「わたくし達は気にしなくて大丈夫ですわ。うちのお父様なんかやんちゃして騎士団長にお前なんて言われてますもの」
エリーは相変わらず何も気にせずそれに入り込み、オリヴィアもまたそれを見て笑う。
エリーにマッサージをされ始めくすぐったそうに悶え始めるアリエルが遂にライラから手を離すと、そこにオリヴィアが入り込んでライラを揉む。
「ほら、どうです? わたくしの必中はツボ押しも自在ですわ」
「あ、それヤバいです。もっと……ん」
「ライラさん、後で久しぶりに組手をしません?」
気持ち良さそうに声を漏らすライラに、オリヴィアはそう問いかける。
先程の戦闘で、オリヴィアには一目見て分かることがあった。
ライラがたったの2発で倒したあの巨人は、以前砂漠で倒したドラゴンよりも遥かに強い。グレーズで倒したデーモンロードよりも遥かに強い。
とはいえ能力の特性上ライラが優位なのは確実だ。
彼女は能力の通じない強力な魔法を使う敵を苦手としている。例えば同じサイズのドラゴンを倒そうとすれば、苦戦どころか勝つことが出来ないだろう。
しかしそれと同格の魔物を相手に初撃で腕を砕き、魔法を使う為の思考の余地を無くさせ、次の一手で確実に仕留めてみせた。
ある限定的な状況下でならば、ライラは自分よりも遥かに強いとオリヴィアは改めて納得した。
だからこそ、素手同士の組手を彼女とすることで、新しい道が開ける可能性がある。
「もちろん、オリヴィア様に通用するかは分かりませんけど良いですよ」
ライラもまた、オリヴィアの強さを認めている。
通用するかは分からないという言葉は謙虚でも自身の裏返しでもなんでもなく、純粋にそう思ってのこと。
ライラの知る限り最速の剣技、最速の踏み込み、そしてディエゴにも匹敵する圧倒的な練度を持つオリヴィアの技術を体験することは、純粋にレベルアップに繋がることになる。
何より、ライラ自身の目指したレインから最強を義務付けられた存在がオリヴィアだ。
もしかしたら一番弟子であるエリーよりも更に選ばれた存在であるかもしれないと、誰しもが考える。
問題なのは、本人が自分には英雄性がない、『格上に勝つことが出来ない』と勘違いしていることだろう。
そこをなんとか正してやりたい。
『怪物』は、そこまで考えて。
「オリヴィア様、せっかくなら闘技場でやりましょう」
そう提案した。
ここからの展開は、彼女の様に心が読めなくとも分かる。
英雄レインの正統後継者には、好奇心旺盛な方が居る。
どんな技術だろうと瞬く間に吸収し、自分の技として使いこなしている英雄性の塊。
誰しもが彼女に負けない様にと努力をし、それでも勝てないかもしれないと思わせる、最強の男の一番弟子。
「私もやる!! 総当たりで手配してアリエルちゃん!」
「あの、ちょっとライラさんエリーさん」
「よし、うちのライラは怪物じゃなくてもっと綺麗だって所を民衆に見せてやらないとな。任せろ」
「あの、エリーゼ様……」
皆の前ではちょっと、等と言うオリヴィアの言葉はそのままかき消されて、無手格闘大会の開催は決定された。
もちろん、後にアリエルからメディアも呼ぶから士気も上がる等と言われて納得するまでオリヴィアは小声で講義を続けていた。
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