第四十八話:本物の愛を持つのは何もクーリアさんだけじゃありません

「ただいま、イリス」

「あ、お姉ちゃん。大丈夫?」


 ウアカリの生家に帰るなり、妹のイリスがそう言って駆け寄る。

 今ではクーリアを超えウアカリナンバー2となっても、その華奢で小柄な体つきは変わらない。


「ああ、エリーに諭されてな。ちょっとナディアに決闘を申し込むことにした」

「……、そっか。ウアカリだもんね。拳で語れ、ん、応援するね」

「ありがとう。ところで……」


 立ち話も程々に、後ろのマルスを指す。

 ここウアカリは男を見つければ皆で捕まえて楽しむのだが、流石にクーリアがマルスを完全に射止めたと知られている為、それ程騒がれることもない。

 過去に一度だけ別格な者が居て国全体が狂乱状態になったが、マルスよりも強い者が国の半分以上を占めるこの国では彼はそこまで強い興味を惹かれはしない。


「やあ、すまないね、イリス君」

「あ、いらっしゃいマルス様」


 多くのウアカリ住人は恋に溺れたクーリアを悪くは思っていない。

 ここでは強いことがすなわち正義、つまり、今でもナンバー3の実力者である彼女を批判などそもそも出来はしない。

 そして、ナンバー2のイリスは少し特殊な力の為、ウアカリよりもむしろ他国の一般的な恋愛感覚を持っている。純粋に姉の幸せを願っている為に抵抗はない。

 そのまま、リビングに二人を迎え入れる。


「イリス、アタシは少し思い違いをしていた気がする」

「いきなりどうしたの?」


 お茶の用意を終え、二人の向かいに座ったイリスにクーリアは告げる。


「アタシは恋が成就して、どうにも力の成長が止まってしまったことを理解した」

「うん。でも、それは仕方ないよ」

「アタシも何処かでそう思ってた。でも、それが間違いだった」

「どういうこと?」

「エリーは、アタシよりも身体能力が低いにも関わらず、アタシよりも遥かに強くなってた」

「ああ、なるほど」


 エリーの戦い方をイリスも思い出す。

 確実に勝てると思いながら、何度も何度も逆転されて苦戦を繰り返し、最近では全く勝てなくなったことを。

 単純な身体能力では、彼女はそれ程ではない。複数の武器を軽く背負って動き回る持ち前の怪力はあるものの。

 もちろんそれ以外もディエゴ程低いわけではないが、オリヴィア、クーリア、そしてライラといった別格の身体能力を持つ勇者と比べれば一歩劣ると言わざるを得ない。

 それでも、彼女は最高の四人と呼ばれるオリヴィア、ライラ、ナディア、ディエゴに匹敵する力を発揮する。


「つまりだ。アタシが弱い理由は戦いが下手だからだ」

「お姉ちゃんの戦いが下手……」


 イリスは考える。確かに自分の身体能力はクーリアよりも低いが、ウアカリとしての力を持たない自分は、代わりの力を使えばその身体能力を軽く乗り越える戦闘能力を発揮できる。

 しかしそう考えると、確かに身体能力だけならクーリアの方が今でもかなり上だ。

 ナンバー1のナディアにも負けてはいない。


「……でも、レインさんもお姉ちゃんには何も言ってなかったけど、下手なのかな」

「レインが居た時には他の子達に欠点がそれだけ多かったのさ。現に、今のアタシは英雄候補で一番弱いと言わざるを得ない」

「……そっか、あれから4年も経つわけだもんね」


 過去にレインは全ての英雄候補を強くする為の修行をしている。そんな中、クーリアを問題なしとしたレインは、その時だったからに他ならない。

 今後の成長を見込んでこそ、その戦い方で問題なしとしたわけだ。


「そうだ。だからアタシは戦いを工夫する。その為にもナディアとの決闘は必須なのさ」

「あはは、ナディアさんから学ぶお姉ちゃんは想像付かないな」


 イリスはナディアの戦い方を思い出す。

 戦士の国ウアカリにあって、異色の戦士。

 一言で表せば卑怯者。

 勝つ為ならなんでもする貪欲な双剣使い。

 しかしその卑怯さを否定出来る程に強い戦士が、この国には最早一人もいない。

 例え策を弄して正面から戦っても勝てる者が居ないのが今のナディアという戦士だ。


 そしてその顔は、聖女サニィに瓜二つ。


「もちろん、ナディアを真似するわけじゃない。それは戦士クーリアのすることではない」

「ってことは」

そんな久しぶりの姉の勇ましい表情に、イリスも目を輝かせる。

「そうだ。ナディアに一泡吹かせるまで決闘を挑み続けてやる。その間が勉強だ」

「ははは、それはお姉ちゃんらしい」


 そうして、二人は笑い合った。

 いつの間にかマルスがいるのすら忘れて。マルスの戦闘能力は、どうやっても伸びない。

 ディエゴに劣る身体能力、ディエゴに劣る才能、そして死なないからと自らが囮になりたがってしまう実直さ。

 だからこそ、こういう時には何も口に出さないのがマルス流だ。

 クーリアの努力を認めるからこそ何も言わない優しさが、クーリアの惚れたそれなのだろう。


 ナディアは、そう認める。


「ま、そういう事なら決闘しますよ。毎日でも毎時間でも、いつでも受け付けます。本物の愛を持つのは何もクーリアさんだけじゃありません。勝つのはいつだって私ですから」


 いつの間にかリビングに居たナディアはそう宣言をして、ちょうどお茶を飲んでいたマルスはお茶を吐き出すのだった。

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